彼岸花 (映画)

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彼岸花
Equinox flower
有馬稲子、山本富士子、久我美子(左から)
監督 小津安二郎
脚本 野田高梧
小津安二郎
原作 里見弴
製作 山内静夫
出演者 佐分利信
有馬稲子
山本富士子
久我美子
田中絹代
佐田啓二
高橋貞二
笠智衆
音楽 斎藤高順
撮影 厚田雄春
編集 浜村義康
配給 松竹
公開 日本の旗 1958年9月7日
上映時間 118分
製作国 日本の旗 日本
言語 日本語
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彼岸花』(ひがんばな)は、小津安二郎監督による1958年製作・公開の日本映画である。小津の監督作品としては初のカラー映画松竹大船撮影所製作、松竹配給。日本では同年9月7日に公開された。

解説[編集]

太平洋戦争後、鎌倉に暮らし、作家の里見弴と親しくしていた小津が、里見の原作をもとに野田高梧と共同でシナリオ化した作品であり、2年後の『秋日和』もこの方式で作られることになる。松竹の監督だった小津がライバル会社大映のスター女優・山本富士子を招いて撮った作品であり、そのお返しとして翌年、小津は大映で『浮草』を監督することになる。山本以外にも有馬稲子久我美子という当時の人気女優たちが競演して小津初のカラー作品を華やかなものにしている。

初めてのカラーとなった本作を製作するにあたり、小津は西ドイツ(現ドイツ)のアグフア(現在のアグフア・ゲバルト)社のカラーフィルムを選んだ。当時の映画用カラーフィルムは実質的な選択肢として、アメリカのコダック、西ドイツのアグフア、日本の富士フイルムの3つがあったが、その中で小津がアグフアを選んだ理由は赤の発色の良さであり、かねてから小津のためのカラーフィルム選定をしていたカメラマンの厚田雄春がドイツ映画『枯葉英語版』(監督ヴォルフガング・シュタウテ英語版1957年)を見てアグフアカラー英語版の色の良さを気に入り、小津も同感して決めた[1]。作品中でも小道具としてさりげなく赤いやかんが用いられている。また、料亭の場面などで使われた器や茶碗、装飾品類はすべて本物の書画骨董であり、総額は2,000万円にも上った[1]

佐分利信中村伸郎北竜二が演じる旧友三人組は『秋日和』でも形を変えて再登場することになる。

あらすじ[編集]

大手企業の常務である平山渉(佐分利信)は、旧友の河合(中村伸郎)の娘の結婚式に、同期仲間の三上(笠智衆)が現れないことを不審に思っていた。実は三上は自分の娘・文子(久我美子)が家を出て男と暮らしていることに悩んでおり、いたたまれずに欠席したのだった。三上の頼みで平山は銀座のバーで働いているという文子の様子を見に行くことになる。

その一方で平山は長女・節子(有馬稲子)の良縁に思いをめぐらしていたが、突然会社に現れた谷口(佐田啓二)から節子と付き合っていること、結婚を認めてほしい旨を伝えられて閉口する。さらに平山の馴染みの京都の旅館の女将・佐々木初(浪花千栄子)も娘・幸子(山本富士子)に良い縁談をと奔走していたが、幸子には一向にその気がなかった。

平山は三上の娘・文子には理解を示す一方で、自分の娘・節子の結婚には反対する。平山の妻・清子(田中絹代)や次女・久子(桑野みゆき)も間に入って上手く取りなそうとするが、平山はますます頑なになる。そこへ節子の友人でもある幸子が現れ、平山に自分の縁談について相談する。が、それは節子の結婚のための芝居だった。結局、平山は娘と谷口の結婚を認めて彼女らのいる広島に向かうのだった。

配役[編集]

スタッフ[編集]

  • 監督:小津安二郎
  • 脚本:野田高梧、小津安二郎
  • 原作:里見弴
  • 製作:山内静夫
  • 撮影:厚田雄春
  • 美術:浜田辰雄
  • 編集:浜村義康
  • 録音:妹尾芳三郎
  • 照明:青松明
  • 色彩技術:老川元薫
  • 監督助手:山本浩三
  • 撮影助手:川又昂
  • 音楽:斎藤高順

作品データ[編集]

受賞[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 厚田雄春蓮實重彦『小津安二郎物語』、筑摩書房、p.260

外部リンク[編集]