中村勘三郎 (18代目)

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じゅうはちだいめ なかむら かんざぶろう
十八代目 中村 勘三郎
Nakamura Kanzaburo XVIII.jpg
屋号 中村屋
定紋 角切銀杏 Sumikiri Ichō inverted.jpg
生年月日 1955年5月30日(56歳)
本名 波野哲明
襲名歴 1. 五代目中村勘九郎
2. 十八代目中村勘三郎
出身地 東京都
十七代目中村勘三郎
波野久枝六代目尾上菊五郎の娘)
兄弟 波乃久里子
中村好江七代目中村芝翫の娘)
六代目中村勘九郎
二代目中村七之助
当たり役
春興鏡獅子』の獅子の精
梅雨小袖昔八丈(髪結新三)』の髪結新三
鰯売恋曳網』の猿源氏
隅田川続俤』の法界坊
襲名披露興行中の歌舞伎座正面

十八代目 中村 勘三郎(じゅうはちだいめ なかむら かんざぶろう、1955年昭和30年)5月30日 - )は、歌舞伎役者、俳優。本名は波野 哲明(なみの のりあき)。屋号中村屋定紋角切銀杏、替紋は丸に舞鶴。歌舞伎名跡中村勘三郎」の当代。ファーンウッド所属。

前名の五代目 中村勘九郎(ごだいめ なかむら かんくろう)としても知られる。愛称に本名からきた「のりちゃん」がある。

暁星高等学校卒業、國學院大學文学部日本文学科中退[要出典][1]

目次

[編集] 人物

江戸の世話狂言から上方狂言、時代物、新歌舞伎から新作と、どんな役でもこなす。コクーン歌舞伎(主に古典歌舞伎を再構成・新演出で上演)や平成中村座を立ち上げた。野田秀樹串田和美など、現代劇の劇作家、演出家らと組んでの歌舞伎上演など、野心的な試みにも取り組んでいる。その取り組みは日本だけには止まらず、海外にまで広がっている。

現代劇にも積極的に出演し、特に実姉・波乃久里子藤山直美柄本明らと組んで出演した『浅草パラダイス』は長期にわたる人気演目となった。2006年には同じ顔合わせで『ヨイショ!の神様』にも出演している。

六代目中村勘九郎二代目中村七之助は息子で、九代目中村福助三代目中村橋之助は好江夫人の弟であり、義弟にあたる。

また同世代の歌舞伎役者とも交流が広く、自著で挙げた主な人物としては十代目坂東三津五郎坂東彌十郎などがおり、勘三郎の舞台に脇で出ることが多い。

[編集] 年譜

  • 1955年5月30日、東京都に生まれる。十七代目中村勘三郎の長男。姉は女優の波乃久里子
  • 1959年4月、歌舞伎座昔噺桃太郎』の桃太郎で五代目中村勘九郎を襲名して初舞台。
  • 2001年8月、野田秀樹脚本・演出による新作歌舞伎『野田版 研辰の討たれ』を歌舞伎座で上演。大評判となり、第1回朝日舞台芸術賞グランプリを受賞、勘九郎個人も舞台芸術賞(コクーン歌舞伎公演、平成中村座公演等の成果と併せて)を受賞。
  • 2004年
    • 7月、ニューヨーク市リンカーンセンター内に、平成中村座を設営して『夏祭浪花鑑』を上演。演出に串田和美を迎え、幕切れでは花道から続々と出てくる目明かしの代わりにニューヨーク市警の警官たちを舞台奥からパトカーで登場させ、団七・徳兵衛にピストルの銃口を一斉に向けて「フリーズ!」とやって観客を驚かせた。ニューヨークタイムズ紙は「(当時上映中の)大作映画よりはるかに刺激的で面白い」と絶賛した。
    • 12月、歌舞伎座上演の渡辺えり子脚本・演出による『苦労納御礼・今昔桃太郎』(くろうの かいあり かんしゃ かんしゃ・いまはむかし ももたろう)の桃太郎で五代目勘九郎としての舞台納め。初舞台作品を洒落のめした舞踊劇。
  • 2005年3月3日、歌舞伎座『鬼一法眼三略巻』「一條大蔵譚」の一條大蔵卿長成、『近江源氏先陣館』「盛綱陣屋」の佐々木盛綱ほかで十八代目中村勘三郎を襲名。以後5月まで3ヵ月間にわたる襲名興行は当代市川團十郎以来の事。
  • 2006年、前年の定期公演主体の襲名披露を終え、この年は巡業公演で各地を襲名披露に訪れる。愛媛県の内子座、岐阜県の数箇所など、昔ながらの芝居小屋を活用。名古屋では、名古屋平成中村座も開設。歳末に京都南座顔見世興行で一連の襲名興行を打上げる。
  • 2007年7月、平成中村座ニューヨーク公演。今回はリンカーンセンターのエイヴリー・フィッシャー・ホールの内装を芝居小屋風にして上演。演出は再び串田和美で、『隅田川続俤』(法界坊)を科白の一部を英語で廻したり、花道は設けずに通路のそこかしこを駆使した工夫を凝らした演出が好評だった。

[編集] 受賞歴

[編集] エピソード

  • 子役時代からヤンチャぶりは知られ、出演した映画から「ベビーギャング」と呼ばれたこともある。
  • 非常に多趣味で知られる。特にメジャーリーグ通であり、アリゾナ・ダイヤモンドバックスファンとしても知られる。また、マイボールを持っているほどのボウリング好きである[2]。歌舞伎以外のジャンルにも精通しており、行動派としても知られる。
  • 幼い頃は『頓馬天狗』の大村崑が大好きで、その事は当時の「明星」に紹介された。後に舞台で共演を果たしている。
  • 藤山直美との付き合いは、歌舞伎公演がほぼ松竹の独占的状況で行われている関係で、双方の親の代から誼を通じていたことによる(父親の項を参照)。歌舞伎以外の人脈も、そこから派生して広がり、現在は勘三郎自身が開拓したものも少なくない。交友は幅広く、宮藤官九郎明石家さんま佐藤浩市立川談志笑福亭鶴瓶と非常に仲が良い。
  • フジテレビ系列「しのぶ・えり子のふ・ふ・ふ」(MC大竹しのぶ渡辺えり子)に出演。若い頃、ミュージカルで共演した大竹しのぶを「大好きになっちゃって」と、懐古話として出来る、オープンでありながら他人のプライドやプライバシーを侵害しない、紳士的な一面も見せる(当時、大竹しのぶも薄々勘九郎の自分への想いに気付いていた模様)。大竹は「(渡辺も含め)こうやって昔の話が出来る友達って、素敵ですよね。…青春でしたよね。」と語り、笑っていた。
  • 明石家さんまによると、女優の穂花のファンであるとのことである。
  • ファミリーコンピュータ版『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』を予約するほどのゲーム好きであった。この当時、芸能人で入手が厳しい発売日に購入していた為に、ワイドショーにゲスト出演したほどで、「このソフトは子供専用ではなく、自分専用」と述べた。
  • 2007年5月21日、東京国税局から2005年までの3年間で約7000万円の申告漏れを指摘されたと報じられた。このうち約2000万円は、架空の人件費を計上するなどの悪質な所得隠しとして、重加算税を含め約3000万円の追徴課税となった。[3]報道当初は「7000万円もの申告漏れの事実はなく、隠蔽行為も行っていない」と主張、滞在していた米国から帰国した際にはレポーターに対し怒りを表していたが、5月28日一転して申告漏れを認め会見で謝罪した。しかし謝罪したものの非は自分ではなく会計担当者にあると主張し、「(担当者は)2歳のころからお世話になっている人だったが、怒りを感じる。辞めてもらう」と発言している。同時に、長男・勘太郎、二男・七之助、後援会「若鶴会」の代表も、総額で約1億3000万円の所得隠しを指摘された。[4]
  • 2009年10月28日に執り行われた長男:二代目勘太郎(現六代目勘九郎)前田愛の結婚式並びに披露宴の際には、長男夫婦の晴れ姿を見て嬉しさの余りに酒を飲みすぎてしまい、予定していた記者会見をキャンセルした[5]

[編集] 主な出演作

[編集] 歌舞伎

  • 『連獅子』の狂言師後に親獅子の精
  • 春興鏡獅子』の獅子の精
  • 『梅雨小袖昔八丈』(つゆこそで むかし はちじょう、通称:髪結新三/かみゆいしんざ)の髪結新三
  • 東海道四谷怪談』の伊右衛門女房お岩、小仏小平、佐藤与茂七
  • 『夏祭浪花鑑』(なつまつり なにわかがみ)の團七九郎兵衛
  • 『隅田川続俤-法界坊』の聖天町法界防
  • 平家女護嶋・俊寛』(へいけ にょうごが しま・しゅんかん)俊寛僧都
  • 仮名手本忠臣蔵』の塩冶判官
  • 野田版研辰の討たれ』の守山辰次
  • 野田版鼠小僧』の棺桶屋三太(さんた)

[編集] その他の演劇

[編集] 映画

[編集] テレビドラマ

[編集] CM

[編集] 著書

[編集] 写真集

[編集] 脚注

  1. ^ 波野哲明在籍時に國學院大學には日本文学科は存在しない。当時、文学科の日本文学専攻は3年次より開始されていた
  2. ^ 2007年12月18日のはなまるマーケットに出演した息子・七之助の証言
  3. ^ 中村勘三郎さんが謝罪会見 「申告漏れは事実」”. asahi.com (2007年5月27日). 2007年5月27日閲覧。
  4. ^ 中村勘三郎さん所得隠し、3年で2000万円 国税指摘”. asahi.com (2007年5月27日). 2007年5月27日閲覧。
  5. ^ 勘三郎、息子の披露宴で泥酔 産経新聞 2009年10月28日閲覧

[編集] 外部リンク


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