竹下景子

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たけした けいこ
竹下 景子
竹下 景子
本名 関口 景子
(せきぐち けいこ)
別名 三択の女王
生年月日 1953年9月15日(60歳)
出生地 日本の旗 日本愛知県名古屋市東区
血液型 A型
職業 女優
ジャンル テレビドラマ、舞台
活動期間 1973年 - 現在
配偶者 関口照生
主な作品
1973年『けんかえれじい』
2005年純情きらり』など多数
受賞
2000年「アジアTV祭」 主演女優賞
備考
1976年 - 1992年クイズダービー』4枠レギュラー解答者

竹下 景子(たけした けいこ、1953年9月15日 - )は、日本女優。本名、関口 景子(せきぐち けいこ)。内閣府災害被害を軽減する国民運動サポーター」。父は弁護士の竹下重人。夫は写真家関口照生

経歴[編集]

出生から学生時代まで[編集]

愛知県名古屋市東区生まれ[1]。父親の重人名古屋国税局から国税庁に転勤となったため[2]、4歳から一年間東京都中野区板橋区[2]、5歳から10歳までは東京都東村山市で育った[1][3]。2009年「東村山市しあわせ大使」に就任した[4]

小学校4年の時、父が国税庁を辞め弁護士になるための勉強を始めたため、公務員住宅には住めなくなり、名古屋に戻り、以後高校卒業まで同市緑区で育った[1][2]。母は名古屋市東区の出身[2]

東村山市立南台小学校から転校、南山中学校・高等学校女子部東京女子大学文理学部社会学科卒業。中学校高校で演劇部に所属。

芸能界へ[編集]

高校1年生の時、ラジオの深夜番組『ミッドナイト東海』のイベントに一般リスナーとして参加した際、パーソナリティを務めていた俳優の天野鎮雄NHKの『中学生群像』(『中学生日記』の前身)を紹介され、ドラマデビューを果たす。その後、高校在学中にドラマロケで名古屋を訪れていた夏木陽介にスカウトされ、大学進学で上京すると、当時夏木が在籍していた三船プロに所属して本格的に女優として活動を始める。1972年、NHKの「明智探偵事務所」に出演、1973年、NHK『波の塔』で本格デビュー、以後多くのテレビドラマにレギュラー、ゲスト出演する。1975年、黒木和雄監督の『祭りの準備』に新人で主演した江藤潤の恋人役として出演、ヌードを披露する。1976年10月から「クイズダービー」のレギュラー回答者として出演。1977年『女の河』『天の花と実』などに出演。同年、政治家・荒船清十郎が雑誌の企画で対談し、「息子の嫁さんにしたい」と言ったことから、「お嫁さんにしたい女優No.1」と言われ、人気が沸騰する。

1978年には大河ドラマ『黄金の日日』に準レギュラーとして二役で出演、春には初のレコード「結婚してもいいですか」を出す。また映画『犬笛』で、輪姦されて雪の中に埋められる役を演じて話題となる(輪姦シーンはなく、雪の中も下着姿)。

映画スターに育てようと、名乗りをあげたのは三船プロの親筋にあたる東宝。用意されたのは、アイドル用のプログラムピクチャーではなく、監督岡本喜八と脚本倉本聡の両鬼才初顔合わせに仲代達矢以下のオールスターを並べたSF大作『ブルークリスマス』の主演だった。同時に同じ勝野洋とのコンビで日本テレビから『姿三四郎』も東宝製作で放映された。映画の方は世界同時大虐殺で終わるショッキングな政治SFであり、まったくの不入りに終わった。作品評価も当時は芳しくなかったことから映画女優・竹下景子の歩みは頓挫する。

1979年以降は、こうした非日常路線は軌道修正される。岡本監督『英霊たちの応援歌』への連続出演などを経て、松竹山田洋次監督のもとで、ようやく身近な世界で優しく可憐な持ち味を発揮。『男はつらいよ』シリーズに唯一人、別々の役で三度マドンナ起用される。また『ブルークリスマス』の脚本を書いた倉本聡の『北の国から』へも起用された。岡本、山田、倉本といった巨匠に連続指名を受けたことで、女優業はひとつの軌道に乗った形となる。また、『黄金の日日』の脚本家、市川森一との協業も続く。

『祭りの準備』でヌードになったが、「天の花と実」では拒否。だが、その後も清純なイメージを失わなかった。

1984年4月21日、銀行のポスター製作で知り合った15歳年上の写真家関口照生と結婚、2男をもうけた。

熱烈な中日ドラゴンズファンとしても知られ、2005年ナゴヤドームでの横浜ベイスターズとの開幕戦では始球式を務めた。

2009年1月17日神戸市で行われた、阪神大震災の追悼イベントに来賓として招かれて出席し、を朗読するなどしていたが、その最中に、開催場所の『神戸情報文化ビル』で、不審火と見られる火災が発生し、来場者と共にビル外へ避難する騒動に巻き込まれた。

2011年1月26日、2年の任期で京都国立博物館の初代文化大使に就任した。

名古屋(愛知県)出身の芸能人として[編集]

1990年代頃まで、名古屋(愛知県)出身の芸能人は出身地をあまり表に出さずに活動する人が多かったが、その中で竹下は名古屋出身であることを早い時期から公言していた。レギュラー解答者時代の『クイズダービー』では、大橋巨泉から名古屋ネタをよく振られたり、『クイズダービー』以外のバラエティー番組に出演する際にも、度々流暢な名古屋弁でのトークを披露したりするなど、竹下のパーソナリティの1つとして広く認知されてきた。

また、2005年に開催された日本国際博覧会(愛・地球博)では、長久手日本館の総館長を務めた。今でも名古屋出身芸能人の代表格とされている。

『クイズダービー』の出演[編集]

竹下は女子大生時代の頃から、『クイズダービー』の3代目4枠レギュラー解答者として出演、その後約16年間務め、3枠のはらたいらに次ぐ正解率だった(厳密に言えば2位は、はらの前の3枠レギュラーだった黒鉄ヒロシの6割6分2厘)。特に三択問題での正解率がはら以上に高かったため、巨泉からは「三択の女王」と呼ばれた。なお、竹下が二人の子息の出産時の1986年3・4月に宮崎美子(6代目2枠レギュラー)と市毛良枝が、1988年10月に原日出子がそれぞれ竹下の産休代役として4枠の席に座っている。

受賞[編集]

主な出演[編集]

テレビドラマ[編集]

バラエティ・情報・歌番組[編集]

教養番組[編集]

テレビアニメ[編集]

映画[編集]

ラジオ[編集]

舞台[編集]

「浅野川慕情」中村勘九郎中日劇場 小幡欣治作
「鑓の権三」三越劇場(原作・近松門左衛門、脚本:石川耕士 演出:田中林輔)
樋口一葉」名鉄ホール(脚本:大藪郁子 演出:石井ふく子)
「月の光の中のフランキーとジョニー」THEATRE1010(作:テレンス・マクナリー 演出:西川信廣)
「男を金にする女」名鉄ホール(脚本:宮川一郎 演出:石井ふく子)
たそがれ清兵衛」三越劇場ほか(原作・藤沢周平、脚本・演出:石川耕士)
海と日傘」あうるすぽっと(作:松田正隆 演出:高瀬久男
  • 2008年「ジョルジュ」杉並公会堂小ホール(作:斎藤憐 演出:佐藤信)
「御いのち」御園座(作:橋田壽賀子 演出:石井ふく子)
  • 2009年「川を越えて、森を抜けて」本多劇場 他(作:ジョウ・ディピエトロ 演出:高瀬久男)
「逝った男の残したものは」紀伊國屋ホール 他(作・演出:水谷龍二
「花丸銀平」南座(作:ジェームス三木 演出:齋藤雅文)
11月「3分間の女の一生」座・高円寺1 12月地方公演(作・演出:坂手洋二)
10月「あとは野となれ山となれ」本多劇場(作:水谷龍二、演出:高瀬久男)
  • 2012年「欺瞞と戯言」本多劇場 他(作・演出:中津留章仁

CM[編集]

音声ガイド[編集]

  • 展覧会「法隆寺-祈りとかたち」(2014年4月26日 - 6月22日、東京藝術大学大学美術館)

音楽[編集]

シングル[編集]

  • 結婚してもいいですか/私のひざで眠りなさい(1978年、デビュー曲)
  • 愛そして告白/たまには一人で(1979年)
  • 私の中の女たち/ベッドサイドの子守唄(1980年)
  • モーニング・コール/Two for two(1982年)
  • 浅野川慕情(中村勘九郎とデュエット)(1983年)
  • ケイスケ/サヨウナラに乾杯!(1984年)

アルバム[編集]

  • 二人だけの季節(1978年)
  • 私の中の女たち(1980年)
  • WHAT EVER HAPPENED TO KEIKO?(1982年)

※ 全てポリドールよりリリース

書籍[編集]

  • 『フォト&エッセイ集 水中花』関口照生写真(1978年、ペップ出版
  • 『ハロー・プラス・ワン』関口照生写真(1987年、小学館)のち集英社文庫 
  • 『ファミリーへ、ウエルカム』関口照生写真(1990年、小学館)のち集英社文庫 

脚注[編集]

外部リンク[編集]