陣内孝則

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じんない たかのり
陣内 孝則
本名 陣内 孝則
生年月日 1958年8月12日(56歳)
出生地 日本の旗 日本福岡県大川市
身長 176 cm
血液型 B型
職業 俳優歌手タレント映画監督
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1980年 -
活動内容 1980年 - 1982年:音楽活動
1982年:俳優デビュー
事務所 ジェイ・オフィス
公式サイト 【j-office】陣内孝則 立花裕大 所属事務所 公式サイト
主な作品
映画
ちょうちん』(1987年)
さらば愛しのやくざ』(1990年)
ドラマ
ライスカレー』(1986年)
愛しあってるかい!』(1989年)

陣内 孝則(じんない たかのり、1958年8月12日 - )は、日本俳優歌手タレント映画監督。本名同じ。愛称はボス福岡県大川市出身。ジェイ・オフィス所属(2013年12月よりオスカープロモーションと業務提携)。

来歴[編集]

佐賀大学教育学部附属中学校を経て、西南学院高等学校卒業。中学校時代は、のちに佐賀県知事(2003年初当選)となる古川康と同級生であった。

プロデューサーの上野義美に博多でスカウトされ、ザ・ロッカーズのボーカルとしてデビュー、デビュー当時はセクシャルバイオレットNo.1がヒットし日本各地をコンサートでまわっていた桑名正博の前座としても活動していた。

ロッカーズ解散後、役者に転向。上京のきっかけは、『ザ・ベストテン』で同郷の先輩である大川栄策がタンスを担いで出演したのを見て、「俺も何かせんといかん」と決意したことである。父親に「そんなもので食っていけるのか?」と言われ「俺は夢を食って生きていく」と言っていた。

「音楽で食っていけるんなら音楽を続けていたかったが、そういうわけにも行かなかったので俳優をやっている」と発言している。ロッカーズ時代にルースターズ大江慎也池畑潤二らも出演した映画『爆裂都市 BURST CITY』(1982年)が俳優としてのデビュー作であり、それ以降は音楽活動はほとんど行なっていない[1]

以降、1980年代後半にはトレンディドラマなどで活躍。コメディドラマ『愛しあってるかい!』のような明るい主役から、ミステリードラマ『眠れる森』のような犯罪者役、さらには『名探偵 明智小五郎』シリーズの名探偵役まで、幅広い役柄を演じている。

1990年代後半以降は、タレントや司会者などバラエティー番組の出演も多くなっている。

人物[編集]

三上博史柳葉敏郎からはボスと呼ばれている。いつのまにかそれが一般的に広まりボスの愛称が定着する。ドラマなどではコミカルな役から重厚な役まで様々な役を演じるが、CMなどで見せるように実際はひょうきんな性格であり、テレビのバラエティ番組にも積極的に出演し、お笑い芸人並にしゃべるチャンスを窺っている。

妻は、資生堂キャンペーンアイドルグループのシャワーの元メンバーであり、現在ファッション雑誌のモデルなどで活動している、陣内恵理子(旧芸名は、秋山絵梨子)である。

笑っていいとも!』の「テレフォンショッキング」には、20回出演しており、これは、21回出演している和田アキ子に次いで歴代2位の記録(浅野ゆう子と同率)である。(2013年5月現在)

2006年の誕生会には50人の芸能人が集まり、司会は今田耕司くずが歌ったり、山口智充がネタを披露した。松本人志は花を贈った(2006年11月30日『ダウンタウンDX』にて本人談)。

荒井由実(当時)の「卒業写真」が嫌い。これは喫茶店で高校生のとき付き合っていた彼女が、東京の大学へ進学するため付き合うのをお仕舞いにしようと言われ、陣内が必死に説得し、彼女が納得しようとしたその時「卒業写真」が流れ、彼女が「卒業写真」の歌詞と自分の今の状態と投影してしまい、結局陣内はその彼女と別れてしまったのが原因(2007年4月1日放送の『行列のできる法律相談所』より)。なお、陣内の『行列の出来る法律相談所』の初出演はこの放送だったが、陣内の本人の話では「1度目は島田紳助の一身上の都合で出演キャンセル、2度目は紳助の高熱でダウンでやっと番組に出られるようになった」とコメントしている。

競馬には非常に強い関心があり、競馬関連のブログを展開している他、日本中央競馬会に登録の馬主として、自身も競走馬を所有している。自分の所有馬が勝利したレースで他の馬の馬券を買ってしまったこともあった。

その陣内の所有馬キクジロウ(名前の由来は自身が主演したテレビ朝日系テレビドラマ『菊次郎とさき』で演じたビートたけしの父:北野菊次郎から)が、2008年5月4日の第2回東京競馬第4日の第3競走の3歳未勝利戦(ダート1600m)で初勝利を挙げた。
表彰式では『菊次郎とさき』で着用したハッピを着て愛馬の口取りを行った。

また当日京都競馬場で開催された第137回天皇賞に優勝したアドマイヤジュピタの母:ジェイズジュエリーも所有馬であったため、陣内に取っては嬉しい一日となった。

なお、陣内貴美子とは遠戚であることが、関西テレビの単発番組『陣内家』で共演を果たした際に判明した(また、このとき共演した陣内智則とは遠縁でも何でもないが、兄の名前が「隆則」と字は違えど同音異字であることが判明)。

ジャッキー・チェン主演『五福星』(1984年)の主題歌を担当し、その公開イベントが1984年8月に日本武道館で行われ、ジャッキーや渡辺徹と同じステージに立ち、主題歌を熱唱した。

1995年フジテレビ系で放送された「古畑任三郎・笑うカンガルー」で共演した俳優としての大先輩田村正和とは共演を機に確執が生まれたとされており、たびたび週刊誌で取りただされた。詳しくは古畑任三郎を参照。

作品[編集]

シングル[編集]

  • 陣内の自動車ショー歌/(b/w)D.D ROCK'N' ROLL(1982年10月21日)※ソロデビュー作品
  • ハートブレイクCrossin'/サヨナラを言わないでくれ(1984年)フジテレビアニメふたり鷹』主題歌
  • SUPER SUPERSTAR(1984年)ジャッキー・チェン主演『五福星』主題歌
  • 現在人 (Imagine)(1987年)
  • 涙のモーターウェイ(1988年)
  • 辛口(1988年)
  • ワイルド・ジャンボ・ロック(2002年)*小西康陽プロデュース

アルバム[編集]

  • 旋風児(1982年11月)
  • ALL THROUGH THE NIGHT(1984年)
  • Rendez-Vous(1985年)
  • BALLAD OF T.J.(1986年)
  • Kir(1987年)
  • 陣内孝則ベスト(1987年)
  • 陣内孝則BEST HITS 16 "PRESENTS"(1988年)
  • 旋風児(1995年)※CD選書による再発売CD

参加作品[編集]

提供作品[編集]

出演[編集]

※主演は太字

テレビドラマ[編集]

映画[編集]

映画監督[編集]

舞台[編集]

ドキュメンタリー[編集]

情報・バラエティー[編集]

紀行・旅番組[編集]

CM[編集]

MV[編集]

ゲーム[編集]

脚注・出典[編集]

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  1. ^ 2005年の「HAKATA BEAT CLUB」に参加している。(Maru 『博多とロック:12人のミュージシャンに見るロックな生き方』、2006年、50頁。ISBN 4902108380
  2. ^ 「スーパーヒーロージェネレーション」,強敵が集結するEXステージの情報を公開。仮面ライダーバースやスサノオなどの参戦も判明”. 4Gamer.com (2014年8月22日). 2014年8月23日閲覧。

外部リンク[編集]