ブルーリボン賞 (映画)

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ブルーリボン賞
受賞対象 作品、監督、俳優
主催 東京映画記者会
日本の旗 日本
初回 1950年
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ブルーリボン賞(ブルーリボンしょう)は、1950年に創設された日本映画賞である。

現在の主催は、東京のスポーツ7紙(スポーツ報知デイリースポーツサンケイスポーツ東京中日スポーツ東京スポーツスポーツニッポン日刊スポーツ)の映画担当記者で構成された「東京映画記者会」。加盟各社の合資と映画会社からの賛助金によって運営され、作品賞・個人賞計8部門の賞を毎年1月に発表、2月に授賞式が行われる[1][2]

目次

沿革[編集]

1950年、読売新聞朝日新聞毎日新聞の映画担当記者を中心として、1年間の映画界を総括する記者同士のおさらいの成果を、賞として世に問うとして「東京映画記者会賞」の名で始まった。1951年3月22日、東京・中央区にあった東京劇場で第1回授賞式が行われた。第4回から7回までは、銀座・並木座が授賞式会場となった。[1]

1961年に、大手新聞社6社(読売新聞・朝日新聞・毎日新聞・産経新聞東京新聞日本経済新聞)および共同通信社が主催の連盟を脱退。

1967年より、政界の「黒い霧事件」の影響を受け、一時廃止されるも、1975年に復活し、現在に至っている。

なお、1961年に脱退した大手新聞社ならびに共同通信社は、同年に「日本映画記者会賞」を設立したが、開催された回数はわずかに6回だけだった。

選考・授賞式[編集]

毎年1月1日から12月31日までに、首都圏で封切られた全作品を対象とし、1月に選考が行われる。作品、監督、主演男女優、助演男女優、新人(監督も含み、映画デビュー2年以内が対象)、外国映画の各部門がある。年によってスタッフ賞や特別賞も選ばれる。前年末までに記者会員全員による投票で選ばれたノミネートの中から、選考会で合議ののち投票で過半数を得た作品・人に賞が贈られる。[1]選考にあたっては、演技だけでなく、映画に対する姿勢や人格も対象とする[3]

授賞式は2月に行われ、受賞者発表時の各紙で、授賞式への読者抽選無料招待の応募要項が掲載される。なお、「映画記者の手作りの賞」を標榜することから、この選考だけでなく授賞式会場の設営、照明・音響、観客の誘導といった裏方の仕事なども全て各紙の映画記者たちが行っている[1][2]

進行役(司会)は、開催前年に主演男優賞、主演女優賞を受賞した人が担当する。ちなみに、毎年司会が替わる(女性のみ)映画賞の「日本アカデミー賞」では、男性司会者と開催前年に最優秀主演女優賞を受賞した人が担当する。

由来と賞品[編集]

開始当初は主催者の財政が厳しいため受賞者への賞品もなく、賞状リボンで結んで渡したことから「ブルーリボン賞」と呼ばれるようになり、のちに正式名称になった[1]。現在も続くこの青いリボンには「青空の下で取材した記者が選考する」という意味が込められている[2][3]。この他に記者の象徴であるペンを賞品とし[3]、受賞者名入りのモンブラン万年筆1本が贈られる[1]

歴代各賞[編集]

第1回(1950年度)[編集]

第2回(1951年度)[編集]

第3回(1952年度)[編集]

第4回(1953年度)[編集]

第5回(1954年度)[編集]

第6回(1955年度)[編集]

第7回(1956年度)[編集]

第8回(1957年度)[編集]

第9回(1958年度)[編集]

第10回(1959年度)[編集]

第11回(1960年度)[編集]

第12回(1961年度)[編集]

第13回(1962年度)[編集]

第14回(1963年度)[編集]

第15回(1964年度)[編集]

第16回(1965年度)[編集]

第17回(1966年度)[編集]

第18回(1975年度)[編集]

第19回(1976年度)[編集]

第20回(1977年度)[編集]

第21回(1978年度)[編集]

第22回(1979年度)[編集]

第23回(1980年度)[編集]

第24回(1981年度)[編集]

第25回(1982年度)[編集]

第26回(1983年度)[編集]

第27回(1984年度)[編集]

第28回(1985年度)[編集]

第29回(1986年度)[編集]

第30回(1987年度)[編集]

第31回(1988年度)[編集]

第32回(1989年度)[編集]

第33回(1990年度)[編集]

第34回(1991年度)[編集]

第35回(1992年度)[編集]

第36回(1993年度)[編集]

第37回(1994年度)[編集]

第38回(1995年度)[編集]

第39回(1996年度)[編集]

第40回(1997年度)[編集]

第41回(1998年度)[編集]

第42回(1999年度)[編集]

第43回(2000年度)[編集]

第44回(2001年度)[編集]

第45回(2002年度)[編集]

第46回(2003年度)[編集]

第47回(2004年度)[編集]

第48回(2005年度)[編集]

第49回(2006年度)[編集]

第50回(2007年度)[編集]

第51回(2008年度)[編集]

第52回(2009年度)[編集]

第53回(2010年度)[編集]

第54回(2011年度)[編集]

第55回(2012年度)[編集]

第56回(2013年度)[編集]

[3]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e f 各段落の出典。ブルーリボン賞とは、スポーツ報知、2014年1月10日閲覧。[リンク切れ]
  2. ^ a b c 宮路美穂 (2014年9月14日). “【宮路美穂のミヤジ屋】思い出すと背筋伸びるピエール瀧の言葉”. スポーツ報知. http://www.hochi.co.jp/entertainment/20140914-OHT1T50102.html 2014年11月28日閲覧。 
  3. ^ a b c d “第56回ブルーリボン賞発表”. 日刊スポーツ (大阪: 日刊スポーツ新聞西日本): p. 20. (2014年1月23日) 

関連項目[編集]

外部リンク[編集]