デンマーク
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- デンマーク王国
- Kongeriget Danmark
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(国旗) (国章) - 国の標語 : なし 王のモットー:Guds hjælp, Folkets kærlighed, Danmarks styrke (デンマーク語: 神様の救い、国民の愛情、デンマークの力)
- 国歌 : 麗しき国

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公用語 デンマーク語 首都 コペンハーゲン 最大の都市 コペンハーゲン 独立
- 日付8世紀 通貨 デンマーク・クローネ(DKK) 時間帯 UTC (±1)(DST: (±2)) ccTLD DK 国際電話番号 45 - (1) グリーンランドでは、イヌイット語(グリーンランド語)も公用語。
(2) この表中の各数値は、グリーンランドとフェロー諸島を含んでいない。
デンマーク王国(デンマークおうこく)、通称デンマークは、バルト海と北海に挟まれたユトランド半島と、その周辺の多くの島々からなる、北欧諸国のひとつである。首都はシェラン島にあるコペンハーゲン。
北には海を挟んでスカンジナビア半島諸国、南にはドイツと国境を接する。大陸部分を領有していながら、首都が島にある欧州で唯一の国である[2]。グリーンランドとフェロー諸島はデンマーク領であるが、自治権をもっている。
目次 |
[編集] 国名
デンマーク語による正式名称は、Kongeriget Danmark [ˈkɔŋəʀiːʔəð ˈdanmɑʀg] (コンェヒーエズ・ダンマハク)。通称、Danmark。
日本語の表記は、デンマーク王国。通称、デンマーク。古くは、デンマルクと表記された。漢字による当て字は、丁抹で、丁と略される。
英語の表記は "Kingdom of Denmark"。通称"Denmark"(省略系はDa)、形容詞は"Danish"(デイニッシュ)。
[編集] 歴史
詳細はデンマークの歴史を参照
デンマークには有史以前から人が住んでいた。氷河期の到来によって人はこの地を追われるが、紀元前12000年ころから人が住み続けていると考えられている。農業は紀元前3000年ころ始まったようだ。
ヴァイキングとして知られるノルマン人が8世紀から11世紀にかけて住んでいた。彼等は複雑な社会構造を持ち、他のヨーロッパ諸国を侵略、また貿易を行ったことで有名である。この時期デンマークはユトランド半島を基盤にして、シェラン島やスウェーデン南部に影響力を持っていた。11世紀初頭の30年間にはカヌート大王がデンマークとイングランドを支配した(北海帝国)。中世はカルマル同盟を築き大国として存在した。 1523年にスウェーデンがカルマル同盟を脱し独立。スウェーデンとの300年にわたる抗争が開始される。1626年にドイツ三十年戦争に介入、敗退し、衰退が始まる。そして、1645年のスウェーデンとの戦いで、完全にデンマークは小国へと転落した。17世紀初頭のスウェーデン・ロシア帝国間の大北方戦争においても、スウェーデンに敗れ、敗戦国扱いをされた。北方戦争に敗れたスウェーデンとともに、デンマークも同様に北欧の没落を体験した。
近代に至りプロイセン王国との戦争により南部のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州などを失い、またナポレオン戦争においても、フランスと同盟を結んでいたため、敗北。1814年のキール条約によって、長年支配してきたノルウェーをスウェーデンに奪われた。(ただノルウェー領であったアイスランドやグリーンランドなどはデンマーク領として残された。)417年間続いたカルマル同盟はここに解消を告げたのである。デンマークの経済は危機的状況に瀕した。植林などの産業振興によってこの危機を乗り越えた歴史は、日本では内村鑑三の『デンマルク国の話』で紹介され、広く親しまれた。苦難の時代ではあったが、デンマーク王室の王女たちがヨーロッパ諸国に嫁いだり、ギリシャ王国やノルウェー独立時に王族がデンマーク王家の分家として迎えられるなど、デンマーク王家は、当時のヨーロッパ君主国の「ヨーロッパの義父」となった。
第一次世界大戦では中立を維持したが、第二次世界大戦では1940年ナチス・ドイツ軍に占領された。デンマーク王は亡命せず、占領中もコペンハーゲンの王宮に滞在した。初期はモデル被占領国と呼ばれたが、国内では自治を許され、反ナチス派を保護したりした。その後、ナチスに抵抗運動なども起こった。終戦後には連合国の一員に加えられた。戦後、北大西洋条約機構(NATO)に加盟し、1973年にはヨーロッパ共同体にも加盟した。しかし後に対NATO関連でNATOと対立(デンマーク化)。とは言え、ノルディックバランスを守り抜き、冷戦期を乗り切った。国内経済、教育水準ともに世界トップクラスの先進国の一つであり、EUの一員、国連の非常任理事国も担当している。
[編集] 政治
デンマークの政治も参照
[編集] 内閣
2009年4月5日にヴェンスタのラース・ロッケ・ラスムセン財務相が首相に就任した。2001年より8年間首相を務めてきた同じヴェンスタのアナス・フォー・ラスムセンは前日に行われた北大西洋条約機構の事務総長に選出されたため、首相を辞職した。
ヴェンスタ・保守人民党による中道右派政権が2001年より政権を掌握しているが、少数与党であるために、閣外協力をしている極右政党デンマーク党の支持を得て、政権を運営している。イスラム教を敵視するデンマーク党の主張を全面的に受け入れざるを得ない状況が続いており、外交・移民政策などでは極右的な政策を取り、イスラム諸国だけでなく、周辺EU諸国などとの軋轢を生んでいる。
[編集] 憲法
デンマーク憲法(en:Constitution of Denmark)は1849年6月5日に制定され、最後の改正は1953年に行なわれた。この改正では上院が廃止され、女性も王位を継承できるようになった。この改正で現女王、マルグレーテ2世が王位継承者となり、1972年に即位した。ただし、女性が王位を継げるのは他に男子が居なかった場合にのみ許されるということで、2009年6月7日の国民投票により、ようやく無条件で女子が王位を継承できることとなった。
- 上院を廃止したため、貴族院のみが存続を許された。現在のデンマーク貴族は法により免税特権がある。
成文憲法を長期間改正していない国としては日本(最後の改正は1946年)に次いで2番目(最後の改正は1953年)である。
[編集] 地方行政区分
詳細は、デンマークの地方行政区画を参照。1970年から2006年までの区分については、デンマークの県を参照。
デンマークは5つの地域(デンマーク語:regioner、単数形region)に分かれ、98の基礎自治体がある。地域は、伝統的な13の県を置き換えるもので、2007年1月1日に「2007デンマーク自治体改革」の一環として設立された。同時に基礎自治体は統合され、270から98に減らされた。
新しい地域にとっての重要な仕事は、公的な医療サービスである。以前の県とは異なり、地域には徴税権はなく、医療サービスはおもに国の8%の税金(政府と自治体からの基金による)でまかなわれる。各地域の議会は、2005年の地方選挙で選ばれた41人の議員で構成される。
新しい基礎自治体の多くは最低でも人口が2万人であるが、いくつか例外もある。
その他、デンマークの海外領土としてグリーンランドとフェロー諸島があり、これらは自治領となっている。住民は、デンマーク国籍を有し、また、デンマーク議会の議員として各々2名の代表を選出することが認められている。他州と比べ、この両自治領は独立性を強めている。
[編集] 主要都市
| 都市 | 地域 | 人口(2008) | |
|---|---|---|---|
| 1 | コペンハーゲン | デンマーク首都地域 | 518,574 |
| 2 | オーフス | 中央ユラン地域 | 237,551 |
| 3 | オーゼンセ | 南デンマーク地域 | 158,163 |
| 4 | オールボー | 北ユラン地域 | 122,461 |
| 5 | エスビャウ | 南デンマーク地域 | 70,880 |
[編集] 地理
デンマークはユトランド半島と443の島(そのうち76に人が住む)。中でも重要なのは古都オーデンセのあるフュン島と現在の首都があるシェラン島。また、シェラン島の南にはファルスター島、ロラン島が、フュン島の南にはエーロ島などがある。多くの島が橋で結ばれていて、コペンハーゲンのあるシェラン島とスウェーデンもエーレスンド橋で繋がっている。そのエーレスンド橋とスウェーデンの陸地を経由してさらにフェリーに乗るとコペンハーゲンから東南東に150km離れたボーンホルム島に辿り着く。この島は位置的にも歴史的にもデンマークの多くの島とは際立って異なる。デンマークの国土はおおむね平坦である。最高地点は173mであるが、これは青銅器時代に形成された人工的な地形である。本来の最高地点は171m(ミョレホイ Møllehøj)。北大西洋海流の影響で気候は穏やかで、温暖な冬と涼しい夏がある。 赤道ギニアとならび本土を所有しているにも関わらず、島に首都が存在する国である。
[編集] 本土周辺の主な島
詳細は「デンマークの島の一覧」を参照
[編集] 経済
高級オーディオメーカーバング&オルフセン、知育玩具レゴや陶磁器ロイヤルコペンハーゲン、コンフォートシューズのエコーシューズ、ミニバラの世界的ナーセリー,ポールセンローズなどが有名。海運大国としても知られ、世界最大のコンテナ船企業、APモラー・マースクグループの発祥地であり世界本社所在地でもある。また農業輸出国としても有名であり、日本との貿易では日本の輸入の約半分を豚肉が占める。イギリスでは、デニッシュという単語がベーコンの代名詞となった。日本では、デニッシュといえば、デンマーク風のパンを指す。デンマークはEU加盟国であるが、2000年9月の国民投票において、反対53.1%、賛成46.9%でユーロ参加を否決し、現在ユーロには参加していない。しかし、2008年秋から始まった世界的な金融危機の結果、小国通貨のデメリットを大きく受けたために、政府は2010年度中のユーロ導入のための国民投票実施を計画している。
[編集] 鉱業
デンマーク本土の鉱業は、北海油田に由来する有機鉱物資源が中核となる。2003年時点の産出量は、原油1814万トン、天然ガス335千兆ジュールである[3]。石油自給率は100%を超えており、デンマークの輸出額のうち10.7%を原油、精製燃料、天然ガスが占める。
1960年代に到るまでデンマーク鉱業は、石灰石や砂利の生産を主体としていた。最も東に位置するボルンホルム島のカオリンは陶器の原材料として現在でも重用されている。その後、1966年、ユトランド半島で大規模な岩塩鉱床が発見される。
北海油田の鉱区は2007年時点で、イギリス、オランダ、ドイツ、デンマーク、ノルウェーの5カ国に分かれている。北海油田自体が発見されたのは1960年代初頭であった。デンマークに割り当てられた鉱区においても、1971年にはユトランド半島から西に200km離れた北海上のダン油田のほか、後に同国最大の油田であることが確認されたゴルム油田 (GORM) が発見された。しかしながら、デンマーク憲法ではすべての地下資源が国家に帰属すると定められており、探査、生産には国会の承認が必要であった。非効率な制度に阻まれ、北海油田発見後、20年が経過してもデンマーク鉱区の1/4しか探査できず、採掘規模も伸び悩んでいた。このため、1981年、ほぼ全ての油田を国有化した[4]。ゴルム油田における原油と天然ガスの採掘も1981年に始まり、5年後の1986年時点では全油田を合わせ、年間362万トンの原油を採掘するに到る。2007年時点では19の油田において採掘が進んでいる。
一方、グリーンランドは豊富な金属鉱床に恵まれている。ただし、中央部は最大厚さ3400mの氷床にはばまれているため、探査、採掘活動は沿岸部に限られる。南端に近いイヴィットゥートは世界最大の氷晶石鉱山が位置していたが、1987年に鉱石が枯渇してしまった。北緯70度の西岸に位置するブラックエンジェルでは銀、亜鉛、鉛の採掘が続いている。グリーンランドは石炭を産出するが、国際価格の変動の影響を受けやすく、生産が安定していない。
[編集] エネルギー
北海油田による石油・天然ガスの供給があり、輸出も行われているなどエネルギー資源には恵まれている。このほか、風力発電が盛んであり、1980年代より組合が設立され個人の共同所有方式により多数が建設された。2004年時点で約15万世帯が約5,500基の風力発電機を共同所有している。2006年における発電設備能力は3,136.6メガワットであり、電力供給量の約2割を占めている[5]。
[編集] 社会
国民の教育水準が高く、高齢者福祉や児童福祉も充実している。「医療制度と健康」「教育」「環境」「経済的な 豊かさ」など100件以上のデータをもとに表わされる「幸福度」で世界178ヵ国のなかで、世界一になっている。しかし、医師・看護師の給料が低いことから、医療従事者の慢性的不足に悩んでいる。EU諸国やインドから医師や看護師を呼び寄せているが、診察や手術の予約待ちは数か月に及ぶことが普通。そのため、ガン患者などは中国で治療するケースが最近急増している。かかりつけ医に最初にかからないといけない規則があるため(私立病院に自費で行く場合を除く)、最初から医者にかからない患者がいて、結果、治療が遅れることもある。また、歯医者は補助が出るだけで、治療費はかなりの高額になる。そのため、隣国ドイツやポーランドで歯の治療を行う患者が非常に多い。
とは言っても、世界最高水準の社会福祉国家で、国民の所得格差が世界で最も小さい。[6]
「公務員天国」という言葉はこの国には無い。なぜなら、デンマークでは公務員が一番待遇の悪い職業と位置づけられているからだ。そのため、決して人気のある職業では無い。休暇が一番少ないのも公務員である。人員不足から役所の開庁時間を短くしたり、行政サービスの縮小を迫られている。税金が高くても、公務員批判が起きないのはそういう理由もある。
[編集] 国防
徴兵制がある。18歳から32歳までの男子のみが対象。兵役期間は8-9ヵ月。但し、歩兵は10ヵ月、騎兵は12ヵ月。女子は一律免除されている。陸海空軍および郷土防衛軍の4軍体制である。兵員数は2万5000人。それに加えて、予備役1万2000人と郷土防衛軍5万1000人がいるので、有事の際には合計8万8000人ほどまで兵力を準備できることになっている。平和維持活動にも積極的に参加しており、KFOR(コソボ治安維持軍)に380人、アフガニスタンのISAF(国際治安支援部隊)に700人、海軍の最新鋭艦アブサロンがソマリア沖の海賊退治のためにジブチを拠点に展開している。イラク戦争にも参戦し、最大500人の兵士が終戦後の復興支援活動にも従事したが、2007年に撤退している。総兵力は少ないのに、国際平和維持活動や対テロ戦争に多くの人員・物資を供給し、また兵士の質の高さから、国際社会からは高い評価を受けている。
[編集] 国民
| 民族構成(デンマーク) | ||||
|---|---|---|---|---|
| デンマーク人 | 95% | |||
| その他 | 5% | |||
デンマークはデンマーク人による単一民族国家であるが、 2009年の統計によると全人口の9.5%を移民とその子孫が占める。アジア、中東からの急激な移民増加を受けて社会問題が発生した影響で、欧州一とも言われる厳格な移民法が成立した。現在、デンマークへの新規移住は基本的に不可能。婚姻による移住も厳しい審査が実施される。また、24歳以下、60歳以上の国際結婚カップルは居住ビザは原則発給されない。
[編集] 有名な出身者
「デンマーク人の一覧」を参照
- ニコラス・ペタス(空手家・格闘家)
- ピーター・ゲード・クリステンセン(プロバドミントン選手)
- トム・クリステンセン(レーサー)
- ビャルヌ・リース(自転車選手)
- ハンス・クリスチャン・アンデルセン (文学者)
- セーレン・キェルケゴール (哲学者)
- イエンス・ペーター・ヤコブセン(詩人・作家)
- ニコライ・グルントヴィ (詩人・教育者)
- ビャーネ・ストロヴストルップ (情報科学者)
- カール・ニールセン(作曲家)
- ルーズ・ランゴー(作曲家)
- カレン・ブリクセン(作家)
- ニルス・ゲーゼ(作曲家)
- ヴァン・ホルンボー(作曲家)
- ラース・フォン・トリアー (映画監督)
- ニールス・ボーア(物理学者・量子力学の祖 アメリカへ亡命)
- アルネ・ヤコブセン(アーネ・ヤコブセン)(建築家)
- オーレ・レーマー(物理学者・光の速度を世界で初めて測定)
- ハンス・クリスチャン・エルステッド(物理学者・電磁気の発見者)
- イエスタ・エスピン=アンデルセン(社会学者、福祉レジーム論提唱者)
- オーレ・キアク・クリスチャンセン(レゴ社創業者)
- ラーズ・ウルリッヒ(ミュージシャン・メタリカのドラマー)
- ヴィゴ・モーテンセン(俳優・ロードオブザリングのアラゴルン役)
- ティコ・ブラーエ(天文学者・超新星の発見者)
- インゲ・レーマン(地学地震学者・地球の内核と外核を区分けるレーマン不連続面の発見者)
- キャスパー・バルトリン(医学・解剖学者)
- アイナー・ヘルツシュプルング(天文学者・ヘルツシュプルング・ラッセル図表の考案者)
- ディートリヒ・ブクステフーデ(音楽家)
- ミカエル・ラウドルップ(サッカー選手)
- ピーター・シュマイケル(サッカー選手)
- ヨン・ダール・トマソン(サッカー選手)
- イェスパー・グレンケア(サッカー選手)
- ダニエル・アッゲル(サッカー選手)
- ヴィトゥス・ベーリング(探検家)
- ヘレナ・クリステンセン(モデル)
[編集] 文化
子どもたちには、アンデルセン童話でおなじみのハンス・クリスチャン・アンデルセンの母国としてなじみがある。また、コペンハーゲンの有名な遊園地チボリ公園も、それを模したものが岡山県の倉敷市に倉敷チボリ公園として国内にも存在していたので、より身近なものになってきた。
今日のデンマークの文化や政治のあり方に大きな影響を及ぼした教育者、ニコライ・グルントヴィが提唱して普及した教育制度にフォルケホイスコーレがあり、世界のフリースクール運動に大きな影響を及ぼしている。日本の東海大学も、その出発点はこのフォルケホイスコーレをモデルにして発足している。
スポーツではサッカーが盛んで代表は1992年欧州選手権で優勝している。日本の川口能活は一時期、デンマークのサッカークラブノアシェランに所属していた。
デンマーク在住の日本人は2008年現在、約1350人。日本在住のデンマーク人は約400人となっている。
[編集] 祝祭日
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
| 1月1日 | 元日 | ||
| 復活祭3日前 | 洗足木曜日 | 木曜日 | |
| 復活祭2日前 | 聖金曜日 | 金曜日 | |
| 復活祭 | 復活祭 | 日曜日 | |
| 復活祭翌日 | イースターマンデー | 月曜日 | |
| 復活祭39日後 | 昇天祭 | 木曜日 | |
| 復活祭49日後 | ペンテコステ | 日曜日 | |
| 復活祭50日後 | ウイットマンデー | 月曜日 | |
| 6月5日 | 憲法記念日 | ||
| 12月24日 | クリスマスイヴ | ||
| 12月25日 | クリスマス | ||
| 12月26日 | ボクシング・デー | ||
| 12月31日 | 大晦日 |
[編集] 脚注
- ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1])
- ^ 他に赤道ギニアが該当する。
- ^ 『鉱業便覧平成14年版』、経済産業調査会、2003年、ISBN 4-8065-1659-7
- ^ デンマークの鉱区は、Energi Styrelsen (Danish Energy Authority webサイト) の管理下におかれた。
- ^ http://www.eri.jspmi.or.jp/kankoubutu/kikaikeizaikenkyu/39/39_1.pdf デンマークにおける風力発電機の普及と産業化のプロセス
- ^ 「今がわかる 時代がわかる」56ページ「ジニ係数」 2006年版 成美堂
[編集] 文献情報
- 「デンマーク憲法概説」山岡規雄 国会図書館レファレンス2009.2[2]
[編集] 関連項目
- デンマーク関係記事の一覧
- デンマーク大百科事典
- デンマーク陸軍
- カルマル同盟
- エーレスンド橋
- レゴ
- 安城市(「日本デンマーク」と呼ばれる。また、デンパークという公園がある。)
[編集] 外部リンク
- 政府
- デンマーク王国公式サイト (英語)
- デンマーク王国王室 (デンマーク語)(英語)
- デンマーク王国首相府 (デンマーク語)(英語)
- デンマーク大使館 (日本語)
- 日本政府
- 日本外務省 - デンマーク (日本語)
- 在デンマーク日本国大使館 (日本語)
- 観光
- デンマーク - ウィキトラベル
- デンマーク政府観光局 (デンマーク語)(英語)
- スカンジナビア政府観光局 - デンマーク (日本語)
- その他
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| この「デンマーク」は、北ヨーロッパに関連した書きかけ項目です。記事を加筆・訂正してくださる協力者を求めています。(ウィキプロジェクト 北ヨーロッパ / Portal:ヨーロッパ) |