立憲君主制

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

立憲君主制(りっけんくんしゅせい、: Constitutional monarchy)とは、憲法によって規定された君主制である。

概要[編集]

立憲君主制の世界地図
凡例:
  • : 議院内閣制の立憲君主国
  • 薄紫: 君主の権限が強い立憲君主国

世界の立憲君主制国家の分布は左図の通り。代表的な立憲君主制国家にはイギリスタイなどがある。

また、制限君主制と混同されやすいが、憲法の有無と君主権の強弱は関係ない。憲法が存在しても、その憲法で君主に絶対的な権力を付与する定めになっていれば絶対君主制である。絶対君主制は君主が絶対的な権力を持つ政体、専制君主制は国家の統治権を君主あるいは少数の者が独占し、かつ恣意的に行使する政治体制[1]であり、立憲君主制と対置する。絶対政、専制政の場合にも議会(評議会)が設けられることがあり、憲法や議会の有無が立憲君主制を特徴づけるものではない。

なお明治以降の日本を立憲君主制とみなすかどうかは、大日本帝国憲法下および日本国憲法下それぞれで議論がある(後述参照)。

榎原猛による定義・分類[編集]

憲法学者榎原猛は、その著書『君主制の比較憲法学的研究』において、「立憲君主制度」を、「制限君主制度」(主権者たる君主が国権を発動するに際し、独立機関を設け、この独立機関を通じて国権を発動することを本則とする制度)の一類型である「立憲政体を採用する君主国の制度」と定義したうえで、立憲君主制度の国を以下のように分類している[2]

  1. 君主主義的立憲君主制度 - 国王と国会との相互関係のうえで、国王が優位の立憲君主制度
  2. 国会主義的立憲君主制度 - 国王と国会との相互関係のうえで、国会が優位の立憲君主制度

なお榎原は、「国会主義」の君主制という観点から、

  1. 国会主義的立憲君主制度(君主制国家でありながら、憲法的習律により、議院内閣制を採用し、国会主義を実現している制度)
  2. 国会制的間接君主制度(君主主権を定めながら、憲法の明文により議院内閣制を採用し、国会主義を実現している制度)
  3. 共和国における君主制(憲法上で国民主権を定めながら、君主制を採用している制度)

の分類も用いている[3]

現在の立憲君主国一覧[編集]

英連邦王国構成諸国は本節最下部に別記する。

アジア[編集]

オセアニア[編集]

ヨーロッパ[編集]

アフリカ[編集]

英連邦王国[編集]

英連邦王国の諸国は同一の国王(女王)を君主とする。イギリス以外の国では各国政府の助言に基づいて国王により形式的に任命された総督大権を執行する。 また、性質上象徴元首の扱いであるため、各国の国政運営は首相率いる内閣にて継続して行われている。

各国の立憲君主制[編集]

アジア[編集]

バーレーン国は2002年に立憲君主制に移行して、「バーレーン王国」に国名変更した。ブータン王国も2008年3月までに上下両院の普通選挙を完了し、同年7月18日に新たな成文憲法典を成立させ、立憲君主制への移行を完了した。

日本[編集]

日本が「立憲君主制」であるかどうかは多数の議論が存在する。

大日本帝国憲法[編集]

大日本帝国憲法で天皇の地位と権限が明記されているため、憲法作成の参考としたプロイセン王国と同様に、「立憲君主制」とする見解が多い。しかし旧皇室典範は憲法と同格とされ、天皇は神聖不可侵の統治者と定められ統帥権勅令などの強力な権限を持っていたため「絶対君主制」とする見解もある。これへの反論には、天皇の権限には内閣の輔弼が必要で、これが事実上の承認であったとして、絶対君主とは言えないとする見解もある。

また天皇機関説では君主である天皇も国家機関とみなされるが、これは主権主権者の解釈にも関連する。

日本国憲法[編集]

日本国憲法では、国の最高法規、国民主権象徴天皇制などを採用した。

内閣法制局による政府見解では日本国憲法下の日本を「立憲君主制と言っても差し支えないであろう」としているが[10][11]、学説では日本国憲法下の天皇が君主であるかについては多数の見解がある。

オセアニア[編集]

トンガ王国は立憲君主制である。だが、実際は国王の強力な大権によって国政が行われている。議会は貴族の代表と平民の代表で構成される。

サモア独立国は立憲君主制である。首相は議会の多数派により選ばれる。そして、元首の大首長によって任命される。

ヨーロッパ[編集]

南欧では、1975年に王政復古したスペインを除いて、イタリア、バルカン諸国などでファシスト政権を歓迎したため、第二次世界大戦後、次々に追放され共和制となっている。

政治的な権限のない君主は、北欧やオランダ、スペインなどヨーロッパの他の立憲君主国でも普通に見られる。ただし、オランダ(閣僚の任命についての43条など)やスペイン(首相の推薦又は任命についての99条など)は、政治慣行等を抜きにして条文上では君主の意思が介在できるイギリスと似た「一般的な立憲君主制」タイプであり、それが介在できないほど君主権力が制限・剥奪された「君主権力がより消極的な立憲君主制」とは異なる。スウェーデン国王は首相任命権などの形式的な国事行為すら憲法上認められておらず、政治から完全に分離され国の対外的代表としての地位しかないため、象徴君主制という新たな区分で説明されることがある。

その一方で、リヒテンシュタイン家は、象徴・儀礼的存在にとどまらず強大な政治的権限を有している。そのため、ヨーロッパ最後の絶対君主制と言われる。

アフリカ[編集]

モロッコ国王は情報統制など強権的な政治を行っている。その一方で民主化政策が進められている。ハサン2世の統治時代、1996年に憲法改正がなされた。この改正で二院制を導入、総選挙を実施した。

レソト国王は国民統合の象徴的地位で、政治的権力を有さない。逆に、当項には記されていないがスワジランド絶対王政のため、国王による強大な政権運営がなされている。

イギリス連邦[編集]

イギリス連邦加盟国には、イギリスとおなじ国王を戴く英連邦王国、独自の立憲君主国、共和国の類型がある。イギリス国王は英連邦の首長 (Head of the Commonwealth) の地位にある。

英連邦王国[編集]

英連邦王国では、国王が主権者 (Sovereign) であり、国王の名が国家を意味する語として用いられる。すなわち「女王陛下の内閣」「王立カナダ海軍」といった修辞が行われ、行政訴訟では国王が名義上の被告となる。国王の大権は国政の主要決定のほぼ全てにわたるが、その行使は憲法的法規もしくは憲法的慣行によって強く制約され、多くは普通選挙で選ばれた下院に対して責任をもつ首相助言に基づいてなされる。

イギリス以外の英連邦王国では国王が通常不在であるため、総督が君主の代理となる。現在では当該国の首相の助言に基づいて国王が総督を任命する。また、連邦制のカナダオーストラリアでは、国王は各州の君主でもあり、副総督によって代行される。

内閣が下院の信任を必要とする議院内閣制であるが、議会での首相指名選挙は行われず、国王または総督等がウェストミンスター・システムの憲法的慣行に従って下院多数党派のリーダーを首相に任命する。そして内閣の方針を国王または総督等が議会で読み上げ(国王演説)、それに対し下院が信任投票を行う。

議会を通過した法案に対する拒否権や、下院の信任を失っていない首相の解任なども君主大権に含まれるが、基本的には行使してはならないとされる。総督等が首相の助言なしにこのような大権を行使し問題となること(憲法危機)が幾度かあったが、その際も総督の解任権をもつ女王エリザベス2世は、当該国内で解決すべき問題であるとし不介入を貫いている。

オーストラリアでは共和制移行を求める勢力が、国民の半数近くに達している。「イギリス国王を元首として置くことと、身分制を否定している我が国(オーストラリア)での民主主義精神との関係を検討する(イギリスは王制・貴族制を採る身分制社会。日本やカナダなどの平等社会とは根本的に異なるとの評価もある)」と首相が発言し話題になった。

賛否[編集]

立憲君主制(制限君主制)は政府の正統性を担保し、また政権首脳に権威が集中することを抑制する効果があるとして、一旦君主制を廃止したものの政情不安のある国では王政復古が模索されることがある。またかつてのヨーロッパやラテンアメリカでは、新国家を創設する際に他国の王族・貴族を新たに名目上の君主として擁立する例も少なくなかった。一方で、戦間期には国王自らがクーデターを起こして独裁体制を敷いた例が多発している。また、世襲を原則とする君主制は平等権とは異質な制度であり、また王族自身の人権に特別な制限が加えられることも多いため、立憲君主制国家において君主制廃止論もある。

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 三省堂Web辞書[1]
  2. ^ 榎原猛『君主制の比較憲法学的研究』有信堂、1969年、46頁以下。ただし榎原の分類においては、君主主義的立憲君主制度と専制君主制度(主権者たる君主が国権を発動するに際し、独立機関を通じず直接行使すること)との区分が、やや明白ではないように思われる。榎原は、1960年代のサウジアラビア、ネパールを「専制君主制度」とし、同年代のモナコ、エチオピアを君主主義的立憲君主制度としている。しかしネパールについては、一応は憲法典が存在したのであり、「外見的立憲君主制度」の君主主義的立憲君主制度の国と分類できなくはないはずである。また榎原自身、モナコは「専制君主国に数えることも法理的に無理ではないであろう」(同書125頁)とし、エチオピアは「われわれをして、『立憲君主制度』といいきることに、若干のためらい与える」(同書147頁)として、分類に迷いが見られる。
  3. ^ 同上、56頁以下
  4. ^ 政府見解、なお明治以降の天皇の地位の解釈は#日本を参照。また、象徴天皇制及び象徴元首も参照。
  5. ^ マレーシアの国王は正式にはアゴンと呼ばれ、各州スルターンによる輪番制である。象徴的存在であり実権を有さない。象徴元首も参照。
  6. ^ サモア独立国の国家元首(大首長またはオ・レ・アオ・オ・レ・マーロー)は世襲の4つの大首長家から選出されることが慣例となっており敬称も殿下であるなど君主制の性格を有している一方で、その選出は議会が行い、任期(5年)が定められているなど共和制の性格も有しており、国によっては同国を共和国とみなしている場合がある。なお日本の外務省は同国を立憲君主国として取り扱っている。
  7. ^ アンドラ公国は、「公国」と冠しているものの世襲の君主は存在せず、実態はフランス元首(大統領)とウルヘル司教の2名の共同大公を戴く議会制である。憲法で国民主権が明記され、また元首の職務も大公使の接受、法律・条約の認証など儀礼的であり、実際の外交権は内閣が、条約の締結は国会が行使する。
  8. ^ 同国ではリヒテンシュタイン家による国政運営のため、絶対君主制としての性格も持つ。
  9. ^ 君主号は、1957年に「スルターン」(Sultan) から「国王」(King) に変更された。
  10. ^ 1973年6月28日参議院内閣委員会、政府委員・吉國一郎内閣法制局長官答弁
  11. ^ 1988年10月11日参議院内閣委員会、大出峻郎内閣法制局第一部長答弁

参考文献[編集]

  • 山内敏弘編『新現代憲法入門』法律文化社、2004年

関連項目[編集]

外部リンク[編集]