国際通貨基金
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国際通貨基金(こくさいつうかききん、International Monetary Fund、IMF)は、通貨と為替相場の安定化を目的とした国際連合の専門機関。本部はアメリカ合衆国のワシントンD.C.。2007年1月現在の加盟国は185ヶ国。
目次 |
[編集] 沿革
為替相場の安定を図ることなどを目的に1944年7月にアメリカ合衆国ニューハンプシャー州のブレトンウッズで開かれた国際連合の「金融・財政会議」のブレトン・ウッズ協定によって、戦後復興策の一環として国際復興開発銀行と共に1946年3月に29ヶ国で創設された。
1947年IMF協定が発効し実際の業務を開始し、国際連合と協定を結び国連の専門機関となった。世界銀行と共に、国際金融秩序の根幹を成す。創設にあたってイギリスの経済学者ジョン・ケインズとアメリカの政治家ハリー・ホワイトが大きく関わり、ケインズはIMF総裁の地位に就いた。
[編集] 業務
為替相場の安定のために、国際収支が悪化した国への融資や、為替相場と各国の為替政策の監視などを行っている。各国の中央銀行の取りまとめ役のような役割を負う。かつては融資を行う際に、内政不干渉の原則を守り、特に条件をつけることはなかったが、成果があがらない国も多かった。このため、1979年以降、「融資の効果を阻害するような政治状態の国」には、「政策改善」を条件にした融資を行うようになった。この際に、対象国に課せられる要求のことを「構造調整プログラム(Structural Adjustment Program)」と呼ぶ。このIMFの構造調整プログラムにより、アフリカや南米、アジアなどの発展途上国では、様々な経済問題(失業など)が発生し、社会が混乱に陥ったという見解が多い。また、サーベイランス活動の一環として、通常年2回(春・秋)の国際通貨金融委員会(IMFC)の直前に「世界経済見通し(World Economic Outlook)」と「国際金融安定性報告書(Global Financial Stability Report)」を公表している。
[編集] 主要会議
[編集] 総会
総会(World Bank IMF General Assembly)は、毎年秋に1回、世界銀行と合同で開催される。
[編集] 国際通貨金融委員会
国際通貨金融委員会(International Monetary and Financial Committee、IMFC)は、年に2回開催される。
[編集] 構成
意思決定機関として以下の二つがある。
[編集] 総務会
総務会(Board of Governors)は、各国2人の代表者(財務大臣や中央銀行総裁など)で構成される最高意思決定機関で、年1回開催される。投票権は出資金の支払い比率に応じて与えられる。この出資金がIMFの財源であり、経済規模に応じて定められている。
[編集] 理事会
理事会(Executive Board)は、24名の理事によるIMFの通常業務に関する執行機関。
[編集] 幹部
[編集] 理事
現在24名で構成されている。
[編集] 専務理事
専務理事(Managing Director)は、理事会の議長と国際通貨基金の代表を務める。国際通貨基金の専務理事には欧州出身者、世界銀行の総裁には米国出身者が選出されるのが暗黙の了解になっている。
| 代 | 総裁 | 国 | 任期 | |
|---|---|---|---|---|
| 1 | カミーユ・ガット | ベルギー | 1946年 - 1951年 | |
| 2 | イヴァル・ルース | スウェーデン | 1951年 - 1956年 | |
| 3 | ペール・ヤコブソン | スウェーデン | 1956年 - 1963年 | |
| 4 | ピエール=ポール・シュバイツァー | フランス | 1963年 - 1973年 | |
| 5 | ヨハネス・ヴィトフェーン | オランダ | 1973年 - 1978年 | |
| 6 | ジャック・ド・ラロジエール | フランス | 1978年 - 1987年 | |
| 7 | ミシェル・カムドシュ | フランス | 1987年 - 2000年 | |
| 8 | ホルスト・ケーラー | ドイツ | 2000年 - 2004年 | |
| 9 | ロドリゴ・ラト | スペイン | 2004年 - 2007年 | |
| 10 | ドミニク・ストロス・カーン | フランス | 2007年 - (現在) | |
[編集] 日本との関係
- 1952年(昭和27年) - 日本がIMFに加盟し、理事国になる。
- 1964年(昭和39年) - 国際収支の赤字を理由に為替制限ができる14条国から、それができない8条国へ移行。
- 1970年(昭和45年) - 任命理事になる。
- 2006年(平成18年) - 小寺清が日本人として初の合同開発委員会の事務局長となる。
合同開発委員会とは、G7を含む先進国、途上国の24か国の財務大臣、開発担当大臣等が一堂に会し、途上国への開発援助問題に関するその時々の重要なトピックについて議論し、世界銀行・IMFの総務会に勧告を行うハイレベルな会合である。事務局長は、開発委員会議長、世界銀行総裁、及びIMF専務理事と協議しつつ、委員会の運営にあたる。なお、日本政府は、「国際通貨基金及び国際復興開発銀行への加盟に伴う措置に関する法律」(昭和27年法191)を制定して政府がIMFに法定出資できること及び出資方法を定めている。
[編集] クォータ改革
2008年3月28日、クォータ(各国の投票権等の基礎となる出資額)の改革について、理事会において決議案が合意された。 クォータ改革の最大の目的は、世界経済における加盟国の相対的地位をクォータ・シェアにより反映させることであり、この改革によって新興国市場でのIMFの役割と責任は高められるとされている。
[編集] 関連項目
- 特別引出権(SDR)
- アジア通貨危機
- グローバリゼーション
[編集] 外部リンク
- IMF(日本語) - 日本語サイトには一部ページのみ記載。詳細は英語サイトへ。
- IMF(英語)
- アジア太平洋地域事務所(日本語)
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