チーム・サクソ - ティンコフ
| チーム・サクソ - ティンコフ Team Saxo-Tinkoff |
|
|---|---|
| 320px | |
| チーム情報 | |
| UCIコード | STB |
| 本拠地 | |
| 創設年 | 2001年 |
| 種目 | ロードレース |
| 格付け | UCIプロチーム |
| 首脳陣 | |
| 代表者 | ビャルヌ・リース |
| 過去のチーム名 | |
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1998年–1999年
2000年 2001年–2002年 2003年–2008年 2008年 2009年-2010年 2011年 2012年– |
チーム・ホーム - ジャック & ジョーンズ チーム・メモリー・カード - ジャック & ジョーンズ CSC - ティスカリ チーム・CSC チーム・CSC - サクソ・バンク チーム・サクソ・バンク チーム・サクソ・バンク - サンガード チーム・サクソバンク |
チーム・サクソ - ティンコフ(Team Saxo-Tinkoff)とは国際自転車競技連合 (UCI) の主催するUCIプロツアーに参加する自転車ロードレースのチームの一つ。デンマークにチームの拠点を置く。2000年からデンマークのレンジャー部隊での体験入隊を実施するなど独特の哲学を持つ。
ちなみに2008年の北京オリンピックでは、男子ロードレースで所属選手が3位(カンチェラーラ)、4位(コロヴネフ)、5位(アンディ・シュレク)に[1]、男子タイムトライアルでは所属選手が金(カンチェラーラ)と銀(ラーション)を獲得するという大活躍を見せている[2]
目次 |
スポンサー [編集]
1996年のツール・ド・フランスの総合優勝者でもあるビャルヌ・リースが所有・運営するチーム「リース・サイクリング」が母体となっている。チーム創設は1999年。2001年からはアメリカ・カリフォルニア州エルセガンドに本部を置くコンピュータ関連企業であるコンピュータ・サイエンス・コーポレーション (en:Computer Sciences Corporation) が支援、2003年から2008年にかけてCSCは冠スポンサーとなり,チーム名称は「チームCSC」となった。
しかしCSCの本業での長期投資計画の見直しに伴い、2008年シーズン終了後の契約満了を持ってスポンサーから撤退すること発表した。CSCは新スポンサーの確保についても協力する旨を表明[3]。2008年6月10日にリース・サイクリングはデンマーク・コペンハーゲンの投資銀行「サクソバンク」とスポンサー契約を新たに締結。この契約は即日発効し,リース・サイクリングは同日から2008年いっぱいは「チームCSCサクソバンク」として戦うこととなった[4]。サクソバンクは単独でのスポンサードに無関心で新たにITファクトリーという共同スポンサーを迎え2009年からは「チームサクソバンク-IT ファクトリー」という名前で活動を開始する予定であったが2008年12月にITファクトリーが破産[5]。結局、サクソバンクの単独スポンサーで「チーム・サクソバンク」として活動を始めている。
2010年8月3日、ビャルヌ・リース監督がデンマーク・コペンハーゲンで記者会見を開き、サクソバンクの引き続きのスポンサード及びアメリカのソフトウェア会社サンガード社のスポンサーを得て来シーズンもプロツアーに参戦することを発表し、サクソバンク・サンガード・プロフェッショナル・サイクリングチームとして活動することが発表された。これと共にアルベルト・コンタドールの獲得も発表された。
2012年シーズンは、前年シーズン限りでサンガードが撤退したことを受け、再び「チーム・サクソバンク」として活動をスタート。同年シーズンより宮澤崇史が加入した。2005年シーズンよりUCIプロチームが制度化されて以降、日本国籍選手として史上3人目となるUCIプロチーム在籍選手となった。同年6月にはロシアの投資銀行「ティンコフバンク」(Tinkoff Bank)がサブスポンサーに付き、チーム名も「チーム・サクソバンク-ティンコフバンク」(Team Saxo Bank-Tinkoff Bank)に変更された。
チーム成績 [編集]
2005年から施行されているUCIプロツアーでは2年連続総合のチーム優勝に輝きこの結果はチーム力の高さを証明している。
2006年にはイヴァン・バッソを擁してジロ・デ・イタリアを制しているが、その後バッソはオペラシオン・プエルトに巻き込まれてチームを離脱。
2007年はグランツールでの勝利こそないもののツール・ド・フランスのステージ優勝やブエルタ・ア・エスパーニャ個人総合2位の選手を輩出するなどの実績を上げている。
2008年にはファビアン・カンチェラーラが春先のティレーノ~アドリアティコ、ミラノ~サンレモをいずれも総合優勝。ジロ・デ・イタリアではイェンス・フォイクトがステージ1勝。ツール・ド・フランスにはカルロス・サストレとシュレク兄弟という3人の一流クライマーをフォイクト、カンチェラーラ、オグレディらで守るという強力な布陣で挑み、後半のアルプスステージでフランク・シュレクがマイヨジョーヌを得た後は抜群のチーム力でレースをコントロール。勝負がかかったラルプ・デュエズ山頂ゴールの17ステージではマイヨジョーヌのフランク・シュレクを囮に使ってサストレが飛び出す作戦を採用して見事にタイム差を稼ぎ、カルロス・サストレによるツール・ド・フランス個人総合優勝を成し遂げる(アンディ・シュレクは新人賞獲得)。同時に、当初の最大の目標であったチーム総合優勝を手中に収めた。
2009年、前年ツール・ド・フランス王者のカルロス・サストレがサーベロテストチームへ移籍。リエージュ〜バストーニュ〜リエージュでアンディ・シュレクが優勝。ツール・ド・フランスでは17ステージの山岳ステージでアンディ・シュレクとフランク・シュレクが兄弟でアタックを決めるなど大活躍しアンディ・シュレクが総合2位と新人賞を獲得した。さらには世界選手権個人タイムトライアルでファビアン・カンチェラーラが3度目のチャンピオンに輝いた。
主な実績 [編集]
- ツール・ド・フランス
- 区間優勝 ローラン・ジャラベール(第4、7)
- クラシカ・サン・セバスティアン 優勝 ローラン・ジャラベール
- ジロ・デ・イタリア
- 区間優勝 タイラー・ハミルトン(第14)
- クラシカ・サン・セバスティアン 優勝 ローラン・ジャラベール
- パリ〜ツール 優勝 ヤコブ・ピール
- リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ 優勝 タイラー・ハミルトン
- ツール・ド・ロマンディ 総合優勝 タイラー・ハミルトン
- ツール・ド・フランス
- 区間優勝 ヤコブ・ピール(第10)、カルロス・サストレ(第13)、タイラー・ハミルトン(第16)
- パリ〜ニース 総合優勝 イェルク・ヤクシェ
- ツール・ド・フランス
- 区間優勝 イヴァン・バッソ(第12)
- パリ〜ニース 総合優勝 ボビー・ジュリック
- ジロ・デ・イタリア
- 区間優勝 デヴィッド・ザブリスキー(第8)、イヴァン・バッソ(第17、18)
- ツール・ド・フランス
- 区間優勝 デヴィッド・ザブリスキー(第1)
- エネコ・ツアー 総合優勝 ボビー・ジュリック
- ブエルタ・ア・エスパーニャ
- 区間優勝 ニッキー・セレンセン
- パリ〜ルーベ 優勝 ファビアン・カンチェラーラ
- アムステルゴールドレース 優勝 フランク・シュレク
- ジロ・デ・イタリア
- 総合優勝 イヴァン・バッソ
- 区間優勝 チームタイムトライアル(TTT、第5)、イヴァン・バッソ(第8、16、20)
- チームタイムトライアル・アイントホーフェン 優勝
- ツール・ド・フランス
- 区間優勝 イェンス・フォイクト(第13)、フランク・シュレク(第15)
- ドイツ・ツアー 総合優勝 イェンス・フォイクト
- ブエルタ・ア・エスパーニャ
- 区間優勝 TTT(第1)
- パリ〜ルーベ 優勝 スチュアート・オグレディ
- ジロ・デ・イタリア
- 区間優勝 クルトアスル・アルヴェセン(第8)
- チームタイムトライアル・アイントホーフェン 優勝
- ツール・ド・フランス
- 区間優勝 ファビアン・カンチェラーラ(プロローグ、第3)
- ドイツ・ツアー 総合優勝 イェンス・フォイクト
- ティレーノ〜アドリアティコ 総合優勝 ファビアン・カンチェラーラ
- ミラノ〜サンレモ 優勝 ファビアン・カンチェラーラ
- E3プライス・フラーンデレン 優勝 クルトアスル・アルヴェセン
- ツール・ド・フランス
- 総合優勝 カルロス・サストレ
- 区間優勝 クルトアスル・アルヴェセン(第11)、カルロス・サストレ(第17)
- ツール・ド・ポローニュ 総合優勝 イェンス・フォイクト
- ブエルタ・ア・エスパーニャ
- 区間優勝 マティ・ブレシェル(第21)
- リエージュ〜バストーニュ〜リエージュ 優勝 アンディ・シュレク
- ツール・ド・スイス 総合優勝 ファビアン・カンチェラーラ
- ツール・ド・フランス
- 区間優勝 ファビアン・カンチェラーラ(第1)、ニッキー・セレンセン(第12)、フランク・シュレク(第17)
- ブエルタ・ア・エスパーニャ
- 区間優勝 ファビアン・カンチェラーラ(第1、7)
- E3プライス・フラーンデレン 優勝 ファビアン・カンチェラーラ
- ロンド・ファン・フラーンデレン 優勝 ファビアン・カンチェラーラ
- パリ〜ルーベ 優勝 ファビアン・カンチェラーラ
- ジロ・デ・イタリア
- 区間優勝 クリス・アンカー・セレンセン(第8)
- ツール・ド・スイス 総合優勝 フランク・シュレク
- ツール・ド・フランス
- 総合優勝 アンディ・シュレク(※アルベルト・コンタドール総合優勝剥奪による繰上げ)
- 区間優勝 ファビアン・カンチェラーラ(プロローグ、第19)、アンディ・シュレク(第8、17)
2012年陣容 [編集]
- 2012年2月13日更新
- ゼネラル・マネジャー - ビャルヌ・リース
| 選手名 | 国籍 | 生年月日 | 前年所属チーム |
|---|---|---|---|
| マヌエーレ・ボアロ | 1987年12月3日 | ||
| ジョナサン・キャントウェル | 1982年1月8日 | V・オーストラリア | |
| マッズ・クリステンセン | 1984年4月6日 | ||
| アルベルト・コンタドール | 1982年12月6日 | ||
| ヴォロディミル・グストフ | 1977年2月15日 | ||
| ルカス・セバスティアン・アエド | 1983年4月18日 | ||
| フアン・ホセ・アエド | 1981年1月26日 | ||
| ヘスース・エルナーンデス | 1981年9月28日 | ||
| ヨナス・アーエン・イェーンセン | 1986年4月20日 | ||
| クリストファー・ユール・イェンセン | 1989年7月6日 | グルード & マーストランド-LRØ | |
| カスパー・クロスターガード | 1983年5月22日 | ||
| カルステン・クローン | 1976年1月29日 | BMC・レーシング | |
| アンダース・ルンド | 1985年2月14日 | レオパルド・トレック | |
| ラファウ・マイカ | 1989年9月12日 | ||
| ラン・マルガリオット | 1988年7月18日 | トレーニーより昇格 | |
| ヤロスラフ・マルィチュ | 1987年4月17日 | ||
| 宮澤崇史 | 1978年2月27日 | ファルネーゼ・ヴィーニ - ネーリ・ソットーリ | |
| ミカエル・メルケフ | 1985年4月30日 | ||
| ダニエル・ナバーロ | 1983年7月8日 | ||
| ベンハミン・ノバル | 1979年1月23日 | ||
| ニック・ニュイエンス | 1980年5月5日 | ||
| セルジオ・パウリーニョ | 1980年3月26日 | チーム・レディオシャック | |
| ブルーノ・ピレス | 1981年5月15日 | レオパルド・トレック | |
| ルーク・ロバーツ | 1977年1月25日 | ||
| クリス・アンカー・セレンセン | 1984年9月5日 | ||
| ニッキー・セレンセン | 1975年5月14日 | ||
| デヴィッド・タナー | 1984年9月30日 | ||
| マッテオ・トザット | 1974年5月15日 | ||
| トロエルス・ウィンター | 1987年2月24日 | グルード & マーストランド-LRØ |
- 2012年動向[6]
- 加入
- セルジオ・パウリーニョ (レディオシャック)
- 宮澤崇史 (ファルネーゼ・ヴィーニ=ネーリ・ソットーリ)
- カルステン・クローン (BMC)
- ブルーノ・ピレス (レオパード・トレック)
- クリストファー・ユール・イェンセン
- アンダース・ルンド
- トロエルス・ウィンター
歴代陣容 [編集]
| 2011年陣容 | |||
|---|---|---|---|
| 選手名 | 国籍 | 生年月日 | 前年所属チーム |
| ヨナス・アーエン | 1986年4月20日 | ||
| ジョナサン・ベリス | 1988年8月16日 | ||
| マヌエーレ・ボアーロ | 1987年12月3日 | カルミオーロ・NGC(トレーニー) | |
| マース・クリステンセン | 1984年4月6日 | グルー & マーストランド - LRØ・ローギウニング | |
| アルベルト・コンタドール | 1982年12月6日 | アスタナ | |
| バーデン・クック | 1978年10月12日 | ||
| ローラン・ディディエ | 1984年7月19日 | ||
| ヴォロディミール・グストフ | 1977年2月15日 | サーヴェロ・テストチーム | |
| ルカス・セバスティアン・アエド | 1983年4月18日 | ||
| フアン・ホセ・アエド | 1981年1月26日 | ||
| ヘスス・アルベルト・エルナンデス | 1981年9月28日 | アスタナ | |
| キャスパー・クロステルガールド | 1983年5月22日 | ||
| グスタフ・ラーション | 1980年9月20日 | ||
| ヤロスラフ・マルィチュ | 1987年4月17日 | ||
| ミカエル・メルケフ | 1985年4月30日 | ||
| ダニエル・ナバロ | 1983年7月8日 | アスタナ | |
| ベンハミン・ノバル | 1979年1月23日 | アスタナ | |
| ニック・ナイエンス | 1980年5月5日 | ラボバンク | |
| リッチー・ポート | 1985年1月30日 | ||
| クリス・アンカー・セレンセン | 1984年9月5日 | ||
| ニッキー・セレンセン | 1975年5月14日 | ||
| アンドレ・ステーンセン | 1987年10月12日 | ||
| デヴィッド・タナー | 1984年9月30日 | フライ・V・オーストラリア | |
| マッテオ・トザット | 1974年5月15日 | クイック・ステップ | |
| ブリアン・バック・ワンドボーグ | 1981年12月4日 | リクイガス・ドイモ | |
| 2012年陣容 | |||
|---|---|---|---|
| 選手名 | 国籍 | 生年月日 | 前年所属チーム |
| マヌエーレ・ボアロ | 1987年12月3日 | ||
| ジョナサン・キャントウェル | 1982年1月8日 | V・オーストラリア | |
| マッズ・クリステンセン | 1984年4月6日 | ||
| アルベルト・コンタドール | 1982年12月6日 | ||
| ヴォロディミル・グストフ | 1977年2月15日 | ||
| ルカス・セバスティアン・アエド | 1983年4月18日 | ||
| フアン・ホセ・アエド | 1981年1月26日 | ||
| ヘスース・エルナーンデス | 1981年9月28日 | ||
| ヨナス・アーエン・イェーンセン | 1986年4月20日 | ||
| クリストファー・ユール・イェンセン | 1989年7月6日 | グルード & マーストランド-LRØ | |
| カスパー・クロスターガード | 1983年5月22日 | ||
| カルステン・クローン | 1976年1月29日 | BMC・レーシング | |
| アンダース・ルンド | 1985年2月14日 | レオパルド・トレック | |
| ラファウ・マイカ | 1989年9月12日 | ||
| ラン・マルガリオット | 1988年7月18日 | トレーニーより昇格 | |
| ヤロスラフ・マルィチュ | 1987年4月17日 | ||
| 宮澤崇史 | 1978年2月27日 | ファルネーゼ・ヴィーニ - ネーリ・ソットーリ | |
| ミカエル・メルケフ | 1985年4月30日 | ||
| ダニエル・ナバーロ | 1983年7月8日 | ||
| ベンハミン・ノバル | 1979年1月23日 | ||
| ニック・ニュイエンス | 1980年5月5日 | ||
| セルジオ・パウリーニョ | 1980年3月26日 | チーム・レディオシャック | |
| ブルーノ・ピレス | 1981年5月15日 | レオパルド・トレック | |
| ルーク・ロバーツ | 1977年1月25日 | ||
| クリス・アンカー・セレンセン | 1984年9月5日 | ||
| ニッキー・セレンセン | 1975年5月14日 | ||
| デヴィッド・タナー | 1984年9月30日 | ||
| マッテオ・トザット | 1974年5月15日 | ||
| トロエルス・ウィンター | 1987年2月24日 | グルード & マーストランド-LRØ | |
脚注 [編集]
- ^ TEAM CSC SAXO BANK RESULTS(Olympic Games)
- ^ Olympic Gold and Silver to Fabian Cancellara and Gustav Larsson。
- ^ Riis Cycling to have new title sponsor in 2009 - 2008年3月13日付けチームCSC公式リリースより
- ^ Riis Cycling signs Sponsorship Agreement with Saxo Bank
- ^ http://www.cyclingtime.com/modules/ctnews/view.php?p=9557
- ^ The Cyclingnews guide to rider transfers 2011-2012 cyclingnews.com 2011年11月18日付記事(英語)
外部リンク [編集]
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