ミッケル・ケスラー

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ミッケル・ケスラー
基本情報
本名 ミッケル・ケスラー
通称 Viking Warrior(ヴァイキングの戦士)
階級 スーパーミドル級
身長 185cm
リーチ 185cm
国籍 デンマークの旗 デンマーク
誕生日 1979年3月1日(32歳)
出身地 コペンハーゲン
スタイル オーソドックス
プロボクシング戦績
総試合数 46
勝ち 44
KO勝ち 33
敗け 2

ミッケル・ケスラーMikkel Kessler、男性、1979年3月1日 - )は、デンマークプロボクサーコペンハーゲン出身。
WBAWBC世界スーパーミドル級王者。元WBA世界スーパーミドル級スーパー王者
第14代・ 第16代WBA世界スーパーミドル級王者。第17代・第20代WBC世界スーパーミドル級王者。

目次

[編集] 来歴

1998年3月20日に19歳でプロデビューした。その後、デンマーク国内での試合がほとんどであるが、全勝を続け、2002年11月29日にはIBAスーパーミドル級タイトルを獲得し、2003年4月11日にはWBCインターナショナルスーパーミドル級タイトルを獲得した。同タイトルを4度防衛した後、世界戦のチャンスを獲得した。

そして2004年11月12日マニー・シアカプエルトリコ)を8回TKOで破り、WBA世界スーパーミドル級タイトルを獲得した。2006年10月14日に行われたWBC王座との統一戦で、マルクス・バイエルドイツ)を3回KOで下し、2団体のタイトル統一を成し遂げた。

2007年3月24日、統一した2団体のタイトルの初防衛戦でリブラド・アンドラーデメキシコ)と対戦し、12回判定勝ち。

タイトル統一後、ケスラーはビッグマッチを熱望し、同階級WBO王者でイギリスで人気の高いジョー・カルザゲと対戦を望んだがなかなか実現できなかった。しかし、2007年11月3日に両者の対決がカルザゲの母国ウェールズミレニアム・スタジアムで実現。同対決はお互いにヨーロッパでは大変な人気を誇り、さらに3団体統一、全勝同士のスーパースター対決ということで大変な盛り上がりを見せた。試合は統一戦にふさわしいハイレベルの攻防となり、両者は死力を尽くしたファイトを繰り広げた。ケスラーは随所で得意のワンツーやアッパーでカルザゲにクリーンヒットを浴びせたものの、旺盛な手数を誇るカルザゲのハイペースに巻き込まれ、12回0-3の判定負けとなりタイトルを失った。しかし前述の通り、この試合がケスラーが実力者として本場アメリカでも認められる契機となった。

2008年6月21日WBA世界スーパーミドル級王座決定戦でディミトリ・サーティソンドイツ)と対戦し、12回KO勝ちして王座に返り咲いた[1]

2009年9月12日グスミエル・ペルドモベネズエラ)と対戦し、4回TKO勝ちで2度目の防衛に成功した。11月3日にスーパー王座に認定された[2]

2009年10月に開始されたSuper Six World Boxing Classicに参加。11月21日WBAスーパー世界スーパーミドル級タイトルマッチでアンドレ・ウォードアメリカ合衆国)と対戦。10回にウォードのバッティングでケスラーが右目上をカットし、11回負傷判定負けで王座から陥落した[3]

2010年4月24日カール・フローチの持つWBC世界スーパーミドル級王座に挑戦し、3-0の判定勝ちで王座返り咲きに成功した[4]

2010年9月25日アラン・グリーンと対戦予定であったが、目の負傷により試合をキャンセル。参加中であったSuper Six World Boxing Classicからも離脱した[5]

2011年6月4日デンマークコペンハーゲンメディ・ボウドラWBOヨーロピアンスーパーミドル級王座決定戦を行い、6R2分25秒TKO勝ちでWBOヨーロピアンスーパーミドル級王座を獲得し見事に再起戦を飾った[6]

2012年4月14日デンマークコペンハーゲンWBO世界スーパーミドル級王者ロベルト・ステイグリッツとのタイトルマッチに臨み、WBOでの世界戴冠に挑む。

[編集] ファイトスタイル

彼のファイトスタイルは、しばしば「ボクシングの教科書」と評される。実際にその通りのファイトを展開し、水準以上のスピードを活かして自分の距離を守り、しっかりとした高い防御技術で相手の攻撃を遮断しつつ、素晴らしく美しいジャブとコンパクトかつ端正なワンツーで対戦相手を痛めつけるシンプルかつ手堅い試合をする。また、彼は非常にゆったりとしたペースで闘い、それでありながら相手にペースを奪われることがほとんどないところに彼の異能ぶりが現れている。

北欧デンマーク出身であることからついた「Viking Warrior(ヴァイキングの戦士)」という物々しい異名とド派手なタトゥーとは裏腹に、実にオーソドックスで美しいファイトスタイルである。活動拠点がデンマーク中心であるため、無敗の快進撃を続けながらもアメリカでの認知度は高くなかったが、ジョー・カルザゲとのWBAWBCWBO3団体統一世界スーパーミドル級タイトルマッチで広く名を売ることになった。ボクシングスタイルと同じくルックスも端正であり、故郷デンマークではモデルとしても活動している。

[編集] 獲得タイトル

[編集] 脚注

  1. ^ ケスレル、王座に復帰 ボクシング総合ポータル「Box-on!」 2008年6月23日
  2. ^ Sartison-Bozic for WBA Super Middleweight title WBA公式サイト 2009年11月3日
  3. ^ スーパー6に異変 ワードがケスレル攻略 ボクシングニュース「Box-on!」 2009年11月23日
  4. ^ ケスレル、WBCで王座復帰 フロッチに判定勝ち ボクシングニュース「Box-on!」 2010年4月25日
  5. ^ ケスラー眼疾 スーパー6離脱 ボクシングニュース「Box-on!」 2010年8月26日
  6. ^ ミッケル・ケスラー対メディ・ボウドラ(2011/06/04) box観戦記録 2011年6月5日

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

前王者
マニー・シアカ
第14代WBA世界スーパーミドル級王者

2004年11月12日 - 2006年10月14日(スーパー王座昇格)

空位
次タイトル獲得者
アンソニー・ムンディン
前王者
マルクス・バイエル
第17代WBC世界スーパーミドル級王者

2006年10月14日 - 2007年11月3日

次王者
ジョー・カルザゲ
前WBC王者
マルクス・バイエル
WBA世界スーパーミドル級スーパー王者

2006年10月14日 - 2007年11月3日

次スーパー王者
ジョー・カルザゲ
空位
前タイトル保持者
アンソニー・ムンディン
第16代WBA世界スーパーミドル級王者

2008年6月21日 - 2009年11月3日(スーパー王座昇格)

空位
次タイトル獲得者
ディミトリ・サーティソン
前WBAスーパー王者
N/A
WBA世界スーパーミドル級スーパー王者

2009年11月3日 - 2009年11月21日

次スーパー王者
アンドレ・ウォード
前王者
カール・フローチ
第20代WBC世界スーパーミドル級王者

2010年4月24日 - 2010年9月25日(名誉王座昇格)

空位
次タイトル獲得者
カール・フローチ
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