ラーズ・ウルリッヒ

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ラーズ・ウルリッヒ
Lars Ulrich
2008年9月15日 ロンドンでのライヴ
2008年9月15日 ロンドンでのライヴ
基本情報
出生 1963年12月26日(48歳)
デンマークの旗 デンマーク コペンハーゲン県 ゲントフテ
ジャンル ヘヴィメタルスラッシュメタルハードロック
担当楽器 ドラムスパーカッション
活動期間 1981年 - 現在
共同作業者 メタリカ
公式サイト metallica.com

ラーズ・ウルリッヒLars Ulrich1963年12月26日-)は、デンマーク出身のドラマースラッシュメタルバンドメタリカの創設時からのメンバーであり、ドラムのみならず曲作りでも重要な役割を担うバンドの中心である。

目次

[編集] 来歴

[編集] 生い立ち

デンマークのコペンハーゲン県ゲントフテに生まれる。父のトルベン・ウルリッヒはプロのテニス選手で、またジャズ・ミュージシャンとしての一面も持っていた。ジャズ・サックス奏者のデクスター・ゴードンは、デンマークを訪れた際にウルリッヒ家と親しくなり、ラーズの代父となった。

9歳の時にディープ・パープルコペンハーゲン公演を観る。これをきっかけにロックにのめり込み、公演の翌日には『ファイアボール』を買いに行ったという。12歳の時に祖母からラディックドラムセットをプレゼントされ、イアン・ペイスの影響を受けながらドラムを叩くようになる。

[編集] メタリカ結成

17歳の頃に、アメリカカリフォルニア州に引っ越す。本来はテニス選手になることを目的とした移住であったが、ジェイムズ・ヘットフィールドとの出会いによりこの目標は変わることになる。1981年10月、メタリカ結成。メンバー・チェンジを経て、ラーズ、ジェイムズ、カーク・ハメットリードギター)、クリフ・バートンベース)というラインナップで、1983年に『キル・エム・オール』でデビュー。

[編集] ナップスターとの係争

2000年4月、メタリカはNapsterファイル共有ソフトとそのサービスを提供したことにより著作権を侵害したとして訴えを提起した[1]。ラーズはバンドの代弁者として法廷の内外でNapsterを声高に批判したが、この行動は音楽ファンから賛否両論を巻き起こした。

[編集] プレイスタイル

イアン・ペイスのほか、ブラック・サバスビル・ワードから影響を受けた。デビュー当初は、スラッシュ・メタルの先導に立つドラマーとして、ツー・バスを用いた高速のドラム・プレイが話題となったが、プログレッシブ・ロック的な変拍子もこなす。メタリカの5作目『メタリカ』(1991年)では、速さよりも重さにシフトした新境地を見せている。近年ではメタリカの音楽性の変化にあわせ、よりシンプルなドラミングを志向するようになった。

[編集] 使用機材

[編集] 音楽的嗜好

  • モーターヘッドのファンクラブの会長を務めたことがあるとされるが、本人は「それは作り話だ」と否定している[6]。ただ、大ファンであることに変わりはない。
  • 1981年6月にイギリスへ旅行した際、憧れのバンドであったダイアモンド・ヘッドと短期間共同生活を送ったことがある。
  • ダイアモンド・ヘッド、サヴェージブリッツクリーグといったNWOBHM期のバンドのレコードコレクターであり、メタリカでも彼らの楽曲をカヴァーしている。
  • 故郷デンマークのバンド、マーシフル・フェイトの大ファンでもあり、彼らの再結成アルバム『イン・ザ・シャドウズ』(1993年)にゲスト参加。ラーズは、セッション・ドラマーとしての活動は少ないために、珍しい経験と言える。
  • メタリカと音楽性は異なるが、イギリスのバンド、オアシスのファンである。ノエル・ギャラガーがドラッグを辞めたことに影響され、自身もドラッグを辞めている。

[編集] 外部リンク

[編集] 脚注

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