アメリカ合衆国
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アメリカ合衆国(アメリカがっしゅうこく、英:United States of America)、通称アメリカまたは米国(べいこく)は、北アメリカ大陸および北太平洋に位置する連邦共和国。
- アメリカ合衆国
- United States of America
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(国旗) (国章 (表)) - 国の標語 : E pluribus unum (1776年 - 現在)
(ラテン語: 多数から1つへ)
In God We Trust (1956年 - 現在)
(英語: 我ら神を信ず) - 国歌 : 星条旗

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公用語 英語(事実上。27州が英語のみを、3州が英語に加えて別の言語を公用語に定めている。) 首都 ワシントンD.C. 最大の都市 ニューヨーク 独立
- 宣言
- 承認イギリスより
1776年7月4日
1783年9月3日通貨 USドル ($)(USD) 時間帯 UTC -5 から -11(DST: -4 から -9 または 無し) ccTLD US .EDU .GOV .MIL .UM 国際電話番号 1 - 注: この表のデータは、50州とワシントンD.C.のみで、属領を含まない。
北アメリカ大陸中央部の大西洋と太平洋に挟まれた本土以外に、大陸北部のアラスカ、太平洋のハワイ諸島、アリューシャン列島を国土とする。さらに本国の他に、プエルトリコやグアム島などを領有する。北はカナダ、南はメキシコと隣接、西は海上にてロシアと接する。50州、1特別区(連邦政府直轄地)からなり、資本主義、民主主義、共和制、大統領制、二院制を採用している連邦国家の1つである。
少数のネイティブ・アメリカンと呼ばれる先住民以外のほとんどの国民が、主にユーラシア大陸からの移民もしくはアフリカ大陸から奴隷貿易によって強制連行された者の子孫である。また1776年に独立した世界史的に見て比較的新しい人造国家(非自然発生的国家)の1つで、その領土の大半は先住民や他国から搾取あるいは奪い取ったもの(一部、売買で編入した国土(例えばアラスカ州)、戦争で併合した国土(例えばニューメキシコ州)、他国を併合した国土(例えばハワイ州))である。その母体になった国々や、その他多くの国家の特徴を経済的、政治的、軍事的、そして文化的にも合わせ持っている。
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国名
正式名称は、United States of America。 通称は、United States、略称は、U.S. または USA。口語ではAmerica または The States と呼ぶ場合もある。
日本での正式名称は、アメリカ合衆国。通称は、アメリカとなっている。
幕末や明治初期にはアメリケン(メリケン)と呼ばれた。"American" の発音がそのように聞こえたためと考えられる(小麦粉はメリケン粉とも呼ばれるが、これも同様に"American"に由来する)。このため、メリケンの漢字表記「米利堅」の最初の一文字を取って米国と略称され始める。ただし、日本語でのより一般的な漢字表記は亜米利加であり、これが由来だとする説もある。また、現在でもメリケンは一部で蔑称として用いられることがある。中国語では美国と表記される。
国名の America は、アメリカ大陸の名、すなわち、イタリア人の探検家アメリゴ・ヴェスプッチのラテン語名から付けられた。その詳細については、アメリカ州を参照のこと。日本語の「合衆国」という表記の由来や意味については、合衆国を参照のこと。「アメリカ合衆国」の代わりに、より正確な訳であるとして「アメリカ合州国」を使用する人たちもいる。
歴史
詳細はアメリカ合衆国の歴史を参照。
新大陸
イタリア(ジェノヴァ)人のクリストファー・コロンブスはスペイン女王イサベル1世の承諾を受け、大西洋周りによるアジア諸国の発見を志したが、1492年に現在の西インド諸島にたどり着いた。
その後、イタリア人のジョン・カボットが北アメリカ大陸の東海岸を探検し、イギリスがニューイングランド植民地の領有を宣言した。その後フランス人のジャック・カルティエがセントローレンス川を遡り、その一帯をフランスが領有化(ヌーベルフランス植民地)するなど、ヨーロッパ人による南北アメリカ大陸の探検と開拓、そして先住民の放逐と虐殺がはじまった。彼らは先住民であるネイティブ・アメリカンを虐殺、追放して彼らの土地を奪っていった。[5]
独立
この様に北アメリカの多くがヨーロッパ各国の植民地となり、また、アフリカ大陸より多くのアフリカ人が奴隷労働力として強制的に連れて来られ、この様な状況は独立後も続いた。その後1775年に、イギリス植民地の13州による独立戦争(別名「独立革命」)が勃発する。
1776年に13植民地は独立宣言を行い、1778年に連合規約を締結(批准・発効は1781年)、1783年に独立を達成した。1787年9月17日には、連合規約に代えて、さらに中央集権的なアメリカ合衆国憲法が激論の末に制定され、1789年3月4日発効した。1789年初代大統領にジョージ・ワシントンが就任する。
南北戦争
その後は勢力圏を拡大していき、メキシコへの侵略やスペインなど諸外国との戦争、ルイジアナ買収、アラスカのロシアからの買収などにより多くの新しい州と海外領土を合衆国に加えていった。その間の1861年から1865年まで内戦(南北戦争)を経験する。
その最中の1862年にはエイブラハム・リンカーンにより奴隷解放宣言がなされたが、法の上でのアフリカ系アメリカ人や先住民などのその他の少数民族に対する人種差別はその後も100年以上に渡り続くことになる。なお、リンカーンは南北戦争終結後に暗殺される。
植民地主義・領土の拡大
1898年にはハワイ王国を軍事的恫喝にて併合し、また同年米西戦争に勝利してグアム、フィリピン、プエルトリコを植民地とした。その後ヨーロッパで勃発した第一次世界大戦にはイギリスやフランス、大日本帝国などの列強諸国とともに連合国側として参戦し、戦後はウッドロウ・ウィルソン大統領の主導によって国際連盟設立に大きな役目を担ったが、モンロー主義を唱える上院の反対により加盟はしなかった。また、これにより他の戦勝国とともに5大国の一員として注目されることになる。
世界恐慌
続く1920年代には都市部でバブル経済に基づく空前の繁栄「轟く20年代」(Roaring Twenties)が起こるが、1929年10月29日ウォール街のニューヨーク株式取引所で起った株の大暴落「ブラック・チューズデー」がきっかけとなり、1939年まで続く世界恐慌が始まった。この世界恐慌は後にドイツやイタリア、日本などにおける軍事政権や独裁政権の成立の大きなきっかけとなっただけでなく、アメリカ国内においても労働者や失業者による暴動が頻発するなど大きな社会的不安を招いた。
第二次世界大戦
1939年9月にヨーロッパにおいて開戦した第二次世界大戦においては、1941年12月の大日本帝国(現在の日本)による真珠湾攻撃の後に、イギリスやソビエト連邦、中華民国やオーストラリアなどが中心となって構成された連合国の一員として参戦した。しかし主な戦場から本土の距離が離れていたために、日本海軍機によるアメリカ本土空襲などの、数回に渡る日本海軍による西海岸への攻撃以外には本土に被害を受けることなく、事実上の連合諸国への軍事物資の供給工場として機能し、併せて日本やドイツなどの枢軸国との戦闘でも大きな役割を果たした。
1945年8月には、イタリアやドイツなど枢軸国からの亡命科学者の協力を得て完成させた原子爆弾を世界で初めて実戦に使用し、日本の広島と長崎に投下した。大戦中には日系アメリカ人に対する、いわゆる日系人の強制収容などの自国民に対する人種差別的な政策も行われた。この政策に対しては、後に政府が過ちを認め、大統領が日系アメリカ人に対し正式に謝罪することになる。
冷戦
連合国の戦勝国の1国となった上に、主な戦場から本土が離れていたことから国土に殆ど被害を受けなかったこともあり、大戦終結後は朝鮮戦争への連合国としての参戦も行ったものの、1950年代後半にかけて未曾有の好景気を享受することとなった。しかし、戦後すぐに始まった冷戦による共産主義への脅威を受けて、一時ジョセフ・マッカーシー上院議員らに主導された赤狩り旋風(マッカーシズム)が巻き起きた。
またその後も1960年代には、ジョン・F・ケネディ大統領や公民権運動指導者のマーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師、ロバート・ケネディ司法長官など要人の暗殺事件が度々起こるなど、政治的な混乱も続いた。
また、冷戦においては、ソビエト連邦を盟主とする共産主義陣営に対抗する資本主義陣営の盟主として、「自由と民主主義の保護」の美名の下、ベトナム戦争やグレナダ侵攻など世界各地の紛争に積極的に介入する。特にベトナム戦争への介入は西側、東側諸国を問わず世界的に大きな非難を呼び、あわせて国内世論の分裂を招いた。また、単に「反共産主義的」であるという理由だけで、アジアやラテンアメリカ諸国をはじめとする世界各国の右派軍事独裁政府を支援し、特にラテンアメリカ諸国の軍人に対してはパナマの米州学校で「死の部隊」の訓練を行なった。こうして育てられた各国の軍人は母国で右派クーデターを起こし(アルゼンチンのビデラ将軍など)、その結果、それらの国の国民に対して政治的不安定と貧困を与える結果となった。
また、長引く冷戦時代を通して軍部と軍需産業を中心とした経済界が結びつき「軍産複合体」を形成し、アメリカの政治、経済、軍事政策に深く関わる構図も生まれた。アメリカの、戦争を止められない、こうした性質を揶揄して「戦争中毒」と呼ぶ論調も存在する。
アメリカの軍需産業・軍需経済・軍事政策の関連性と歴史と国の経済に対する比率や影響力についてはアメリカの軍需経済と軍事政策を参照。
人種差別
また、「自由と民主主義の橋頭堡」を自称するものの、1862年の奴隷解放宣言以降、第二次世界大戦後に至っても法の上での白人種による人種差別が認められており、1960年代にはこの様な状態に抗議するアフリカ系アメリカ人を中心に、法の上での差別撤廃を訴える公民権運動が行なわれた。これらの運動の結果、1964年7月にリンドン・ジョンソン大統領の下で公民権法(人種・宗教・性・出身国による差別禁止)が制定された。
しかし、その後も現在に至るまで先住民やユダヤ系移民、非白人系移民とその子孫(アフリカ系、ヒスパニック、日系など)などの少数民族に対する人種差別問題は解決されておらず、大きな社会問題として残っている。アフリカ人への奴隷貿易や先住民虐殺については、連邦政府としては未だ謝罪はしていない。
貿易赤字
また、1965年から1975年の10年に渡り行われたベトナム戦争における事実上の敗退前後には、深刻な麻薬汚染とそれがもたらした治安の悪化に悩ませられるようになった。また、石油ショック以降の原油の値上がりによって基幹産業の1つである自動車産業などが大きな影響を受け、1970年代以降は日本などの先進工業国との貿易赤字に悩ませられることとなる。
特に1980年代に入ると、日本との貿易摩擦が表面化し日本製品をホワイトハウス前で議員がハンマーで叩き壊すという現象(ジャパンバッシング)も生まれた。近年は、中華人民共和国に対する貿易赤字が膨張している他、インドなどへの技能職の流出が問題となっている。
「世界の警察」
1990年代以降、冷戦構造が終結すると名実共に唯一の『超大国』、『覇権主義国家』となり、「世界の警察」を自認した。その後も日本や韓国、サウジアラビアやドイツなど国外の戦略的に重要な地域に多くの基地を維持し続け、パナマ侵攻や湾岸戦争など各国の紛争や戦争に積極的に派兵した。特に中東地域においては、ユダヤ系アメリカ人やイスラエル系ロビイストの影響力により露骨にイスラエル寄りの姿勢を保つため、中東のアラブ系、イスラム系国家の国民から多くの反発を買うことになった。
また、経済のグローバル化に伴い冷戦時代に軍事用として開発されたインターネット・ITが民間に開放され爆発的に流行した。1992年からの民主党政権下ではITバブルと呼ばれる程の空前の好景気を謳歌した。
テロ支援国家
一般に、テロ支援国家と言えばアメリカ国務省により発表されている「Patterns of Global Terrorism」に記されている、北朝鮮、シリアなどの国家を指すが、実はアメリカ自身も積極的にテロリストを支援している国家と言われる。アメリカによるテロ支援は、主にCIAにより秘密裏に実施されていると言われ、実際にCIAによりテロ活動の教育を受けたと言う報告もある。なお、アメリカ政府は自身が支援している武装集団に対しては「テロリスト」と呼ばず、「自由の戦士」などと呼ぶ[要出典]。
冷戦時代のアメリカはラオス、アフガニスタン、キューバ、ニカラグアなどで主に反共闘争を行う軍事組織に対しての直接的または間接的な支援を実施していた。特にニカラグア内戦でのコントラ支援は有名であり、イラン・コントラ事件という汚名を残すことになった。皮肉にも、アフガニスタンで米国が支援していたムジャーヒディーンの一つが、後にアメリカ政府にとっての最大の脅威となるテロ集団アルカーイダである。冷戦終結後もアメリカの経済的な利益を目的としてフィリピン、パナマ、ハイチ、ベネズエラなどで、反米政権に対するクーデターの支援などが行われたと言われる。
また、アメリカは「世界最大の武器商人」と呼ばれ世界の紛争地域において、死の商人などを経由してテロリストへの武器供与などの間接的なテロ支援を行っているという指摘がある。事実、世界の紛争地域で使用されている自動小銃は、ロシア製AK-47・アメリカ製M16のいずれかである。
911以降
2001年9月11日に発生したアメリカ同時多発テロ事件後、ブッシュ政権はイラン、イラク、北朝鮮を「テロ支援国家」と名指しで非難し「テロとの戦い」を宣言してアフガニスタン侵攻、イラク戦争へとつながったが、イラク戦争は大量破壊兵器の破壊ではなく「石油を狙った侵略行為にすぎない」と批判する声が多くあがった。
アメリカ同時多発テロ事件を境として、アメリカを取り巻く環境ないしはアメリカの世界への対応は劇的に変化し、国際情勢や各国間の関係にも大きな変化がおこっている。
現在も“アメリカの死活的利益擁護のためには武力行使を含むあらゆる手段を選択”と宣言している。同時多発テロ後のアメリカは全体主義の傾向が強まりつつあると言われており、2005年以降は、テロ対策を目的に連邦情報機関が大統領令に基づき具体的な法令的根拠・令状なしに、国内で盗聴・検閲等の監視活動を行っており、このことについては批判の声もあがっている。
国連の意向を無視するなど、アメリカ同時多発テロ事件以降のブッシュ政権のイラク戦争に至るまでの強引な姿勢は、世界中で反米感情を引き起こした。だが2006年秋の中間選挙で民主党が大勝したことや、イラク問題が泥沼化した中でブッシュ政権はこれまでのような強引な姿勢を継続するのはきわめて難しくなった。今後アメリカはより国際協調を重視する路線に移行する可能性がある。
地理
北アメリカ大陸の中央部と北西にあり、カナダを挟んだ飛び地となっているアラスカおよび、太平洋上の諸島であるハワイ諸島などで構成される。
国土面積は、長らく936.4万km2とされ、日本(37.8万km2)の約25倍とロシア、カナダ、中華人民共和国に次ぐ、世界第4位の面積とされてきた。しかし、2002年にアメリカ合衆国統計局が面積を963.1万km2と発表し、中華人民共和国の959.7万km2を抜いて、世界第3位になった。突然、値が増加したのは、これまでの統計に水面積(特に五大湖とミシシッピ川)が含まれていなかったのをアメリカ合衆国統計局が追加したからである。
アメリカ本土は東側の大西洋、南側のメキシコ湾とメキシコ合衆国、西側の太平洋、北側のカナダで囲まれる。大陸の東側に南北にアパラチア山脈、大陸の西寄りには南北にロッキー山脈があり、山岳地帯となっている。アパラチア山脈とロッキー山脈の間は大平原になっており、農業や牧畜業が盛んである。大陸の南東端にはフロリダ半島がある。また北西部のカナダとの国境地域には五大湖と呼ばれる湖がある。
アパラチア山脈の東側はニューヨーク、ワシントンD.C.、ボストンなどの都市があり人口集中地帯になっている。また、ロッキー山脈の西側の太平洋沿岸にもロサンゼルス、サンフランシスコ、シアトルなどの大都市がある。五大湖沿岸にはシカゴやデトロイトなどの大都市があるが、大陸の中西部には大都市が比較的少ない。
最北部が北極圏に属するアラスカは年間を通じて冷涼な気候である。一方、太平洋上の諸島であるハワイは温暖な気候で、ビーチリゾートとして人気がある。ハワイ諸島では最大の都市であるホノルルが太平洋における交通の要所として栄えている。また、その多くが北極圏となっており、離島も多く存在するアラスカには、陸路での往来が不可能な小都市も存在する。
自然環境
アメリカ合衆国では、在来種だけで約17,000種の植物が確認されており、カリフォルニア州だけで5,000種の植物が現存する。 世界で最も高い木(セコイア)、最も大きな木(セコイアデンドロン)、最も古い木(ブリッスルコーンマツ)は同州に存在する[1]。動物界では400種以上の哺乳類、700種以上の鳥類、500種以上の爬虫両生類、90,000種以上の昆虫が確認されている[2]。
ベーリング海峡でユーラシア大陸と、パナマ地峡で南アメリカ大陸とつながっているため、旧北区と新熱帯区とは同じ種や近縁の種を共有している。ロッキー山脈は低地の生物にとって遺伝子流動の障害となっており、ロッキー山脈の東と西では異なる種の動植物が分布する。熱帯から北極圏にまたがる国土のため、アメリカは多様な動植物相を持つ。ハワイ諸島とカリフォルニア州は世界的な生物多様性のホットスポットである。しかし、約6,500種の外来種が作為的あるいは非作為的に持ち込まれて帰化しており[3]、少数の侵略的外来種が固有の動植物の生存を脅かし、甚大な経済的被害をもたらしている。
自然保護
アメリカにおける動植物の保護の歴史は長い。1872年にイエローストーン国立公園が世界初の国立公園に制定されて以来、連邦政府は57の国立公園とその他の国有地を保護してきた[4]。一部の地域では、人の影響を受けていない環境を長期的に保存するために原野地域(wilderness areas)が指定されている。連邦政府は国土の28.8%にあたる総面積1,020,779マイル(2,643,807 km²)を保護しており[5]、大部分は国立公園や国定森林として保護されているが、一部は原油や天然ガス、鉱産資源の採掘や牛の放牧のために賃貸されている。1973年には固有の動植物と生息地を保護するために絶滅危惧種保護法(the Endangered Species Act)が制定された。この法律に従って絶滅危惧種と絶滅危機種の現状を観察し、種の存続に不可欠な生息地を保護する機関が魚類野生生物局(The U.S. Fish and Wildlife Service)である。また、個々の州も独自に種と生態系の保全を行っており、連邦と州の協力を促す制度も存在する。魚類野生生物局や国立公園局、森林局などを統括する内務長官は大統領に任命されるため、生態系の保全も行政の他の部門と同じく政権の優先事項に大きく左右される。
2007年現在、アメリカ合衆国の化石燃料の消費による二酸化炭素の排出量は中華人民共和国に次いで世界第2位である[6]が、国民一人あたりの排出量は依然として世界第1位である。
動植物
鳥類
- 昆虫
- 複数の気候帯があり、種は豊富である。生態も多様である。
地方行政区分
詳細はアメリカ合衆国の州、アメリカ合衆国の地方行政区画をそれぞれ参照。
アメリカ合衆国は、50の州 (state)、1の地区 (district)で構成されるが、その他に、プエルトリコなどの海外領土(事実上の植民地)を有する。 独立当時、13の植民地にそれぞれ州が置かれた。1959年にハワイ州が州に昇格されるまでの間、各地方の割譲、侵略、買収、併合を経て、現在は50州を持つ。なお、星条旗の帯は独立当時の13州を、星は現在の50州を示している。
連邦政府直轄地
海外領土
アメリカ合衆国の海外領土も参照。
アメリカ合衆国の海外領土には、準州(テリトリー)、直轄領と自治領の他に、自由連合州(コモンウェルス)という形態がある。
- ハワイ諸島周辺(オセアニア)
- ミッドウェー諸島(直轄領) - ハワイ諸島の北西
- ウェーク島(直轄領) - ハワイ諸島の西
- ジョンストン島(直轄領 / 無人島) - ハワイ諸島の南西
- ミクロネシア(オセアニア)
- 北マリアナ諸島(自由連合州)
- グアム(準州)
- ポリネシア(オセアニア)
- アメリカ領サモア(準州) - サモア諸島東部
- ハウランド島(直轄領 / 無人島) - サモア諸島の北西
- ベーカー島(直轄領 / 無人島) - サモア諸島の北西
- パルミラ環礁(直轄領 / 無人島) - サモア諸島の北東
- ジャーヴィス島(直轄領 / 無人島) - サモア諸島の北東
- キングマン・リーフ(直轄領 / 無人島) - サモア諸島の北東
- カリブ海
- プエルトリコ(自由連合州)
- アメリカ領ヴァージン諸島(属領)
- ナヴァッサ島(直轄領 / 無人島) - ハイチとジャマイカの間
主要都市
詳細はアメリカの主な都市人口の順位、アメリカの都市圏人口の順位をそれぞれ参照。
| 都市圏 | 都市圏人口 | |
|---|---|---|
| 1 | ニューヨーク・ノースジャージー・ロングアイランド | 18,818,536 |
| 2 | ロサンゼルス・ロングビーチ・サンタアナ | 12,950,129 |
| 3 | シカゴ・ネイパービル・ジョリエット | 9,505,748 |
| 4 | ダラス・フォートワース・アーリントン | 6,003,967 |
| 5 | フィラデルフィア・カムデン・ウィルミントン | 5,826,742 |
| 6 | ヒューストン・シュガーランド・ベイタウン | 5,539,949 |
| 7 | マイアミ・フォートローダーデール・マイアミビーチ | 5,463,857 |
| 8 | ワシントンD.C.・アーリントン・アレクサンドリア | 5,290,400 |
| 9 | アトランタ・サンディースプリングス・マリエッタ | 5,138,223 |
| 10 | デトロイト・ウォーレン・リボニア | 4,468,966 |
| 都市 | 州 | 都市人口 | |
|---|---|---|---|
| 1 | ニューヨーク | ニューヨーク州 | 8,250,567 |
| 2 | ロサンゼルス | カリフォルニア州 | 3,849,368 |
| 3 | シカゴ | イリノイ州 | 2,873,326 |
| 4 | ヒューストン | テキサス州 | 2,144,491 |
| 5 | フェニックス | アリゾナ州 | 1,512,986 |
| 6 | フィラデルフィア | ペンシルバニア州 | 1,448,396 |
| 7 | サンアントニオ | テキサス州 | 1,296,682 |
| 8 | サンディエゴ | カリフォルニア州 | 1,256,951 |
| 9 | ダラス | テキサス州 | 1,232,940 |
| 10 | サンノゼ | カリフォルニア州 | 929,936 |
- 人口は2006年7月1日のもの
地方区分
政治
詳細はアメリカ合衆国の政治を参照。
50の州とコロンビア特別区で構成される連邦制。それぞれの州は高度な自治権を持っているが、連邦政府の有する権限は非常に強大である。連邦政府は、立法、行政、司法の三権分立制をとるが、その分立の程度が徹底しているのが大きな特徴。元首であり、行政府のトップである大統領は、間接選挙で大統領選挙人を介し、選出される。任期は4年。行政府は、大統領と各省長官が率いる。
詳細はアメリカ合衆国大統領選挙を参照。
議会は、上院と下院から構成される両院制(二院制)である。上院は、各州から2議席ずつの計100議席、任期は6年で2年ごとに3分の1ずつ改選。下院は、各州の人口を考慮した定数の合計435議席(その他に投票権のない海外領土の代表など5人)からなり、任期は2年。上院、下院ともに、一般的に、上院は上流層の意見を反映し、下院は中流下流層の意見を反映している。大統領は上下両院のバランスをとる役割を期待されている。
議席は歴史背景から共和党と民主党による二大政党制が確立している。なお、基本的に東西両海岸沿いに民主党支持者が多く、中部に共和党支持者が多いと言う地域的特色があると言う調査結果が出ている。他にも少数政党はいくつか存在するが二大政党を覆す程には至らず、時折選挙戦で旋風を起こす程度である。
アメリカにおいて、経済・産業・社会保障・福祉・保険・医療・学校教育・科学・技術、外交、軍事などの国や社会を構成する様々な要素に関する考え方・政策と、政治的主張と運動をする集団としての政党は、建国以後の歴史の中で様々な変遷をして、アメリカの選挙の歴史として表面的に現象してきた。アメリカが政治・軍事・産業・経済・科学・技術の分野で世界で最大の規模と力を持ち世界に多大な影響を与えるので、アメリカの政治と政策と、政治的主張と運動をする集団としての政党を長期的な時系列で認識し、その歴史的変遷を知ることは、アメリカと世界各国の政府・議会・国民が共存共栄してゆくために、どのような協力と働きかけが最適解または有効であるかを考えるための必要条件であると言う意見もある。