ドラマー
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ドラマー (Drummer) とは、太鼓、ドラムセット、マーチングパーカッション(en:Marching_percussion)、ハンドドラム(en:Hand_drum)、カウベルなどを演奏する人物の事である。
打楽器奏者という単語は全ての打楽器の演奏者を意味するが、大抵の場合はクラシックやラテン系打楽器の演奏者を指して使用される。理想的に言えば、スタジオ・ドラマーはどのようなジャンルでも演奏出来る事が求められる。スタジオでは、ドラマーは大抵一言二言でスタイルを説明した音楽シートを渡される。この基本的な情報から、熟練したドラマーは曲の感触とグルーヴを理解する。著名なスタジオドラマーはいかなる音楽スタイルであろうとも適応する事が知られている。
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[編集] 軍隊におけるドラマー
自動車による物資輸送が広範囲に普及する以前は、ドラマーの演奏は軍隊の戦いにおいて重要な役割を担っていた。ドラムの規則的なリズムが行軍速度を緩やかにし、フルート等の管楽器の伴奏と共に(軍隊ラッパのような信号楽器には他の主要な役割がある)、戦場での兵士の士気を高める働きをした。軍隊のドラマーはパレードの時や兵士の閲兵時、また懲罰前のドラムロール (en:Drum_roll) などを含む様々な式典や祭典でも働いていた。いくつかの事例では、ドラマーはそれらの刑罰を管理する任務があり、鞭打ちの刑で鞭を振り下ろす速度の調節などもしていた[1]。
戦時においてドラマーの働きが無くなって久しいが、式典での役割はまだ残っている。通常、中隊に所属しているラッパ奏者とドラマー(大抵はどちらか一つが所属している)は、サージェント・ドラマーの下に集まって、連隊か大隊のバンドと共に交互に行進曲を演奏する。
ヨーロッパ(およびその植民地)と同様以上に、軍隊音楽は東洋での伝統として確立されていた。13世紀後半、オスマン1世がトルコ軍のビザンチンとの国境司令官に任命された時、彼はセルジューク・サルタンによる楽器の移譲によって象徴的な就任をした。オスマン帝国では最高司令官の地位が軍楽団の規模に反映されていた。最も大きい物はサルタン(すなわち、高官が戦地へ行く時)のために確保された。様々な打楽器を含み、トルコの一般的な風習として始まり、そしてそれはウィーン包囲の後、ヨーロッパの軍隊音楽に(特にトルコの兵隊と関係があったわけではなかったが「トルコ兵の音楽」として)広く採用されるようになっていった。いくつかの言語において、バスドラムは今もなお「トルキッシュ・ドラム」として知られている。
[編集] 職業病
手首(ジャンル等によっては足首も)を激しく動かすことから、腱鞘炎になりやすいといわれている。また、長時間椅子に座ることから、椎間板ヘルニアなど、腰を痛めることが多いとされている。[2]
[編集] ノート
この記事の一部にパブリックドメインのブリタニカ百科事典第11版からの記述が使用されている。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ Duty of the Several Officers, Assistants and Servants
- ^ 菅沼孝三 『ドラム上達100の裏ワザ 知ってトクする効果的な練習法&ヒント集』 リットーミュージック、2006年。ISBN 978-4845613823。