看護師
| 看護師 | |
|---|---|
| 英名 | Nurse |
| 略称 | Nurse |
| 実施国 | |
| 資格種類 | 国家資格 |
| 分野 | 医療福祉 |
| 認定団体 | 厚生労働省 |
| 等級・称号 | 看護師 |
| 根拠法令 | 保健師助産師看護師法 |
看護師(かんごし)とは、医療、保健、福祉などの場において以下の事柄を行う医療従事者の呼称である。
現代では、看護師の業務を行うためには、多くの国でその国が定めた看護専門学校や看護大学等の看護師養成課程における基礎看護教育を受けた上で国家試験等の資格試験に合格し、看護師免許を有している必要がある。
日本国においては、2002年3月以前まで法律上、女性を看護婦(かんごふ)、男性を看護士(かんごし)として区別していた。詳細は、名称変更を参照。
女性の看護師が、「看護婦」と呼ばれていた時代には「白衣の天使」という別名があった(ナースキャップ、衣裳、靴、ストッキング(タイツ)のすべてが白色だったことから)。現在ではMRSAなどの院内感染の蔓延を防ぐためにナースキャップを着用する女性看護師は少なくなった。
目次 |
[編集] 概要
各国の看護師協会(NNAs:National Nurse's Association、日本では日本看護協会)からなる国際看護師協会(ICN:International Council of Nurses)は、「ICN看護師の倫理綱領」の中で看護師には以下の4つの基本的責任があるとしている。
- 健康の増進
- 疾病の予防
- 健康の回復
- 苦痛の緩和
[編集] 日本における概要
日本において看護師は、法的には「厚生労働大臣の免許を受けて、傷病者若しくはじよく婦(褥婦(じょくふ)/出産後の女性)に対する療養上の世話、又は診療の補助を行うことを業とする者」と保健師助産師看護師法(略称「保助看法」第5条)に定められている。
また日本には准看護師(じゅんかんごし)の免許があり、法・制度的にみた看護師との違いとしては、准看護師は知事免許であり国家免許ではないこと、看護業務を医師、歯科医師または看護師の指示を受けて行なう(保助看法第6条)ことがあるが、それ以外の職務内容等については特に看護師との違いや規制は設けられていない。そのため准看護師が看護師とほぼ同様に看護業務を行っていながら、給与等に違いが生じているという実態が知られている。
同法第31条において、医師、歯科医師、看護師・准看護師以外の者が看護を行うことが禁止(業務独占)されており、同法第42条の3では「看護師」や紛らわしい名称を用いることが禁止されている。また同法第42条の2では「正当な理由がなく、その業務上知り得た人の秘密を漏らしてはならない。」と守秘義務が課せられている。
看護師の養成教育(看護教育)は、これまでは看護専門学校で中心的に行われてきたが、近年は医療の高度化や看護職の地位の向上などを背景に4年制の看護学部や医学部保健学科が増えてきており、2011年4月現在で看護師養成教育機関の定員の41.3%は4年制大学での教育を受けており、[1]、今後はさらに大学を卒業した看護師が増えるものと考えられる。
看護教育を受けた後、看護師国家試験に合格した看護師は、病院などの医療機関に勤務することが多く、こうした実地のキャリアと継続的な卒後教育を経て、認定看護師、専門看護師といった専門分野に関する認定を受け看護の提供を行う場合や、保健師、助産師など関連資格を取得する場合、看護管理者や訪問看護師、看護教員、看護研究者など職務内容や場を変更する場合といった様々な様相で看護に関わっていくことが多い。
[編集] 業務
病人や障害者などに対して生活するのに必要な援助を提供することが業務ではあるが、多くの国において診療の補助として、医師の指示の下に、医師の診療上の補助として医療行為を行うことが法的に認められている。しかし、その範囲は国によって異なり、一般的には採血や血糖値の測定、薬剤の投与、創部の清潔管理などは多くの国で認められている。米国、韓国その他の国では、通常の看護師の教育に加え、大学院等でより専門的な学習を行った者に資格試験などを行い、危険性のあまりない範囲で薬の処方やより高度な医療処置を看護師が行うことを認めている国もある。
[編集] 日本における看護業務
2002年、看護師等による静脈注射の実施について、診療の補助行為の範疇であるとの行政解釈変更が行われた。[2]
検討会報告では[3]、既に(1)94%の病院の医師が看護師等に静脈注射を指示、(2)90%の病院の看護師等が日常業務として静脈注射を実施、(3)60%の訪問看護ステーションで静脈注射を実施していることが明らかになっていたため。約50年ぶりの解釈改定。
[編集] 日本における免許区分と教育体制
[編集] 看護師
看護師は看護高等学校(看護科、専攻科の5年間)、看護専門学校、看護短大、大学(看護学部・医学部保健学科など)で養成教育が行なわれ、卒業すると看護師国家試験の受験資格が得られる。実際には卒業見込みの段階で国家試験を受験できるが、最終的にその年度で卒業できなければ、試験で合格点以上を獲得しても不合格扱いになる。一方で国家試験の難度が非常に易しく、その職責と均衡が取れておらず能力の担保に結びついていないという課題もある。国家試験に合格すると、申請により厚生労働大臣から看護師免許が交付され、看護師としての活動が可能になる。准看護師に対して俗に正看護師(略して正看)と呼ばれることもある。
[編集] 自衛隊における看護師養成について
自衛隊では、災害派遣や有事の際に看護要員となる隊員の養成のため、看護師または准看護師を養成する施設を隊内に有している。
看護師としては自衛隊中央病院で看護学生として養成しているほか、後述の准看護師資格を持った隊員から選抜等を経て看護師として養成している。
詳細は高等看護学院 を参照。
[編集] 准看護師
准看護師(略称・准看)は准看護師学校(准看護師養成所)あるいは看護高等学校卒業後、都道府県知事試験の受験資格が与えられ、知事試験に合格すると都道府県知事から准看護師の免許が交付される。
准看護師が日本で設けられている背景には、戦後の看護師不足に対応するための暫定措置という性格がある。看護師には、ますます高度な専門的知識や技術が要求されるようになりつつあり、日本看護協会は、准看護師制度の廃止を希望しているが、幅広い労働条件の看護労働力を求める日本医師会などの要望もあり、検討段階にある。
厚生労働省の准看護婦問題調査検討会報告では、21世紀初頭の早い段階を目途に看護婦養成制度の統合に努めることを提言しているが[4]、直後に日本医師会は反対意見書を取りまとめている[5]。背景には、准看が正看より安く使える労働力であることが挙げられる。その一方で看護師しか雇用しない医療機関も存在する。
現在、准看護師の養成校は徐々に減りつつあり、2004年から、10年以上の臨床経験のある准看護師を対象に看護師となるための通信制の移行教育が始まり、2006年にはこうした教育を受けた者が国家試験を受験している。
[編集] 自衛隊における准看護師養成について
自衛隊では、衛生職種において看護要員を自ら養成する為、准看護師養成所施設を有している。
准看護師の養成は、陸上自衛隊においては札幌・仙台・富士・阪神・福岡・熊本・別府の各自衛隊病院で、海上自衛隊においては横須賀准看護学院で、航空自衛隊においては、自衛隊岐阜病院で養成する。
養成後の准看護師は、陸上自衛隊においては三等陸曹、海上自衛隊においては海士長、航空自衛隊においては空士長として勤務する。
資格取得後、海上自衛隊では自衛艦への乗り組み、航空自衛隊では航空機動衛生隊に勤務する場合がある。救急救命士も養成取得しており、また救急救命士を取得しない場合、看護師資格を別途取得可能となっている(陸空は選抜あり、海は選抜なし。看護師の階級は二曹)。
[編集] 看護師の専門性資格
より専門的な能力を有し所定の審査を受けた看護師については、専門看護師、認定看護師として資格認定される。(詳細については、それぞれのページを参照のこと)
また2004年(平成14年)に医療機関の広告規制が緩和され、2007年(平成19年)4月から看護師の専門性についても広告ができるようになった。[6]
[編集] 看護教育体制の諸問題
「看護教育」も参照
1989年の「保健婦助産婦看護婦学校養成所指定規則」の改正までは、看護士(現在で言う男性の看護師)に対しては精神科での勤務を想定した教育カリキュラムが組まれていたが、改正後は男女とも同一の教育カリキュラムとなっている。
[編集] 日本における関連法制度の改正
[編集] 名称変更
1948年(昭和23年)公布の「保健婦助産婦看護婦法」においても、女子について「看護婦」として規定するとともに、男子である看護人については看護婦に関する規定を準用するとされていた(大正4年施行の看護婦規則でも、この点に関しては同様)。昭和43年法律第84号による改正で男子である看護人について「看護士」または「准看護士」と称することが規定された。
2002年3月からは、法律の題名が「保健師助産師看護師法」と改正されるとともに、男女関わりなく「看護師」または「准看護師」として規定されるように改正された。
2002年3月の上記名称変更に伴い、医療施設にて「看護婦長(婦長と略称)」、「看護士長」などと称されていた職位は、「看護師長(師長と略称)」[7] 、「看護係長」[8]、「看護長」[9][10] などと称されるようになった。
なお法律上、行政上の名称変更であり、「看護婦」という慣用的な呼称の使用を、一般市民生活の場において制限されるものではない(女性警察官を「婦警」と呼ぶように)。このような言い換えを「ポリティカル・コレクトネス」という。
[編集] 名称独占
2006年の保健師助産師看護師法改正により、業務独占規定に加え、名称独占規定が設けられた(保健師助産師看護師法 第四十二条の三)。
[編集] 保健師助産師の看護師国家試験合格要件
保助看法第31条第2項により保健師及び助産師は(たとえ看護師免許を有しない場合でも)看護師業務を行うことができるとされている。これにより、看護大学の卒業生や保健師または助産師統合カリキュラムを学んだ者が、看護師国家試験に不合格であったにも関わらず、保健師国家試験や助産師国家試験に合格し、看護師業務を実施可能なことは、医療安全上、患者に対する正しい情報提供の面でも問題視された。 これを受けて2006年6月の第164回国会(通常国会)において保健師助産師看護師法が改正され、法律が施行される2007年4月以降に、新たに保健師・助産師の各国家試験の免許を取得する者については、看護師国家試験合格が免許付与の要件となった(保助看法第7条)。
[編集] 行政処分者の再教育
2006年の保健師助産師看護師法改正により、戒告、3年以上の業務停止、免許の取り消しの処分を受けた者、再免許を受けようとする者は、保健師等再教育研修受講が義務付けられた。
[編集] 日本における看護師数
日本国内で2008年(平成20年)末に就業している看護師数は約87万7千人で、2006年(平成18年)比で、約6万5千人(8.1%)増加し、准看護師数は約37万5千人で2006年比で、7107人1.9%減少している。また男性の占める割合は看護師で5.1%、准看護師で6.2%と漸増傾向にある[11][12]。
2008年現在でのOECD各国との比較では、日本では人口1000人あたり9.54人の看護職(准看護師を含む)が就業しており、同年のデータがある18か国の平均の8.34人(より多くの国のデータが含まれる2008年の2007年、2006年の平均は約9人である。)をやや上回っている[13](ただし、国により若干、数値に含まれる職種の範囲が異なる可能性がある)。
このように就業看護師数は増加傾向にあるものの、医療や介護を多く必要とする高齢者の割合がOECD各国と比べても極めて高いことや、比較的高度な医療を提供していることを考慮すると十分とはいえず、実態として「看護師不足」の声が上がっている。
[編集] 日本における看護師の年収
平成22年厚生労働省「賃金構造基本統計調査」による統計データによると、2010年度の看護師の平均年収は469万円。平均月収32万円に対してボーナスが82.6万円と一般企業に比べて高い年収になっている。
また病院規模別の年収では、従業員1000人以上の病院の年収は505万円。100人~999人の病院の年収は454万、10人~99人の病院の年収は、437万。と規模の大きさに年収が比例することも明らかになっている。[14]
[編集] 日本国外からの看護師受け入れ
日本とフィリピンとの自由貿易協定(FTA)経済連携協定(EPA)の調印は2006年9月9日に行われたが、フィリピン側の批准が遅れ、2008年12月11日に発効した。これによりフィリピン共和国国家資格を有する看護師を、国内での就労・研修の後に看護師・介護福祉士の国家試験により免許取得を目指すため日本の病院・介護施設へ受け入れることとなった。フィリピン人看護師を受け入れるに当り、日本語が話せる等日本の事情に精通する事を条件にし、また厚生労働省は受け入れ条件の1つとして人数の上限を設けている。2009年は看護師候補者88人が来日しており、2010年は看護師307人、介護383人を上限として受け入れている。[15]
日本とインドネシアとの経済連携協定(EPA)の調印が2007年8月20日に行われ、日本の国家資格の取得のための必要な知識及び技術の習得を目的としたインドネシアでの看護師国家資格を有する看護師候補者の受け入れ、資格取得後の就労が可能となった。2008年4月17日の衆議院本会議で可決。EPAを活用して外国人労働力を受け入れる初めての事例と考えられる。[16]人数枠は2008年度から2年間で合計1,000人(看護師候補者400人、介護福祉士候補者600人)と設定され、2008年度は、看護104名、介護104名が来日し、2009年度は看護173名、介護188名が来日している。[17]
平成22年に行われた第99回看護師国家試験において、上記により来日した看護師候補者(インドネシア人2名、フィリピン人1名)が初めて合格した。[18]また、翌年の第100回看護師国家試験においてもインドネシア人15名、フィリピン人1名が合格している。[19]
[編集] 看護師の発展に寄与した人物
- フローレンス・ナイチンゲール - 近代看護の生みの親。彼女の実名、代名詞である「ナイチンゲール」、「白衣の天使」は看護師の代名詞ともなっている。
- ヴァージニア・ヘンダーソン - 看護教育の指導者として知られている。
- 新島八重 - 日露戦争において、日本初の従軍看護婦のリーダーとして活躍し、後に褒章を受けた。
[編集] 日本の看護師免許を持つ著名人
- 小林光恵(作家)
- 高階恵美子(参議院議員)
- 南野知惠子(前参議院議員、元法務大臣)
- 阿部俊子(衆議院議員)
- 金子みつ(元衆議院議員)
- 山本舞衣子(日本テレビアナウンサー)
- 石井苗子(東京大学医学部客員研究員、タレント、キャスター、女優)
- 林原めぐみ(声優)
- ひと美(声優)
- 朝倉美沙(歌手)
- 入山アキ子(歌手)
- 高野文子(漫画家)
- 青木美沙子(モデル、カワイイ大使)
- MariEri(双子デュオ)
- Megumi(井勝めぐみ)(歌手、女性デュオ「Paix2」)
- ナース井出(タレント)
[編集] 看護師を扱った作品(小説、漫画、映像作品)
主人公が看護師である作品に絞る
[編集] TVドラマ
- 『看護婦アカデミー』
- 『レモンの天使』
- 『熱っぽいの!』
- 『ナースのお仕事』
- 『ナースマン』
- 『Ns'あおい』
- 『ちゅらさん』
- 『ありがとう』
- 『暖流』
- 『いじわる看護婦』
- 『東京大空襲』
- 『いのちの現場から』
- 『飛んで火に入る春の嫁』
- 『白衣のふたり』
- 『看護婦日記』
- 『腕まくり看護婦物語』
- 『GM〜踊れドクター』
- 『獣医ドリトル』
- 『ナースステーション』
- 『小児病棟』
[編集] 漫画
- 『おたんこナース』
- 『白衣な彼女』
- 『天使のお仕事』
- 『天使のたまご』
- 『いじわる看護婦』
- 『キャンディ・キャンディ』
- 『Ns'あおい』
- 『ナースエンジェルりりかSOS』
- 『イタズラなKiss』
- 『ナース・ステーション』
[編集] 映画
- 『ナースのお仕事 ザ・ムービー』
- 『ナースコール』
- 『暖流』
- 『昼下りの情事 噂の看護婦』
- 『あなたになら言える秘密のこと』
- 『愛国の花』
- 『看護婦のオヤジがんばる』
[編集] 小説
- 小林光恵の作品 『おたんこナース』など多数 →作品リスト
- 『ヒルクレストの娘たち』
またナース姿はコスプレのいちジャンルとして一定の地位を得ており、これを題材にしたアダルトゲームやアダルトビデオなどのアダルト商品も数多く存在する。
[編集] 脚注
- ^ 都道府県別 看護師3年課程 看護統計資料室(日本看護協会) (PDF)
- ^ 厚生労働省医政局長通知(平成14年9月30日付け医政発第093002号)「看護師等による静脈注射の実施について」 (PDF)
- ^ 新たな看護のあり方に関する検討会中間まとめ
- ^ 厚生関係審議会議事録等 健康政策局 96/12/20 准看護婦問題調査検討会報告の概要
- ^ 日本医師会から 私たちの見解
- ^ 医療に関する広告が可能となった医師等の専門性に関する資格名等について
- ^ 日本看護協会,看護に関わる主要な用語の解説p51.l11,2007年3月 (PDF)
- ^ 日本赤十字社秋田県支部年表、p14.l(L)10,2005年 (PDF)
- ^ 山口県医師会報、第1737号、p402.l(L)34-36,2005年 (PDF)
- ^ 衛生局支部、しんろ、「時間外労働」ってなんだろう?「サービス」残業ってなんだろう?p4-5,2005年4月 (PDF)
- ^ 平成20年保健・衛生行政業務報告
- ^ 平成18年保健・衛生行政報告
- ^ OECD Health Data 2010 Frequently Requested Data
- ^ 平成22年厚生労働省「賃金構造基本統計調査」による統計データ集計
- ^ 日・フィリピン経済連携協定に基づくフィリピン人看護師・介護福祉士候補者の受入れについて
- ^ 「経済上の連携に関する日本国とインドネシア共和国との間の協定」(日・インドネシア経済連携協定)の署名について
- ^ 日・インドネシア経済連携協定に基づくインドネシア人看護師・介護福祉士候補者の受入れについて
- ^ 第99回看護師国家試験における経済連携協定に基づく外国人看護師候補者の合格者について
- ^ 100回看護師国家試験における経済連携協定に基づく外国人看護師候補者の合格者について
[編集] 関連項目
[編集] 文献
- 日本看護協会『看護師まるごとガイド』2006
- 日本看護協会『看護者の基本的責務―定義・概念/基本法/倫理』2006
- フロレンス・ナイチンゲール『看護覚え書』現代社、1968