ブルキナファソ

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ブルキナファソ
Burkina Faso
ブルキナファソの国旗 Coat of arms of Burkina Faso.svg
国旗 (国章)
国の標語:Unité, Progrès, Justice
(フランス語: 統一、進歩、正義)
国歌ある一夜
ブルキナファソの位置
公用語 フランス語
首都 ワガドゥグー
最大の都市 ワガドゥグー
政府
大統領 ブレーズ・コンパオレ
首相 リュック=アドルフ・ティアオ
面積
総計 274,200km272位
水面積率 0.1%
人口
総計(2008年 15,757,000人(63位
人口密度 50人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 3兆6,034億[1]CFAフラン
GDP(MER
合計(2008年 81億[1]ドル(119位
GDP(PPP
合計(2008年 177億[1]ドル(114位
1人あたり 1,265[1]ドル
独立 フランスより
1960年8月5日
通貨 CFAフランXOF
時間帯 UTC (+0)(DST:なし)
ISO 3166-1 BF / BFA
ccTLD .bf
国際電話番号 226

ブルキナファソBurkina Faso)は、西アフリカに位置する共和制国家。北にマリ、東にニジェール、南東にベナントーゴ、南にガーナ、南西にコートジボワールと国境を接する。首都はワガドゥグー

第二次世界大戦フランスから離れ非同盟路線を歩み、東側諸国と友好を築いたが、1987年以降はフランスとの関係を最重視している。旧国名はオートボルタ(上ボルタ)で、1984年に現在の国名になった。

目次

国名 [編集]

フランス語英語による正式国名はBurkina Faso。国名のブルキナはモシ語で「高潔な人」、ファソはジュラ語で「祖国」を意味する。ブルキナ共和国(Republic of Burkina)と表記する場合もある。

歴史 [編集]

モシ族 [編集]

11世紀、ワガドゥグーモシ族の都市王国のワガドグ王国(Ouagadougou)が成立し、その後は分裂・独立を繰り返していた。 1441年モシ王国英語版が成立してその首都となり、19世紀末まで国家として残った。

フランス植民地時代 [編集]

アフリカ分割に伴い、1896年にワガドゥグーにあったモシ王国がフランスの保護領(フランス領西アフリカ)となり、直後の1898年には現在のブルキナファソに相当する領域全体がフランス保護下に入った。1904年に、周辺諸国とともにフランス植民地帝国を構成する広大なフランス領西アフリカとなる。

第二次世界大戦後の1958年、フランス共和国の自治共和国となり、1960年アフリカの年オートボルタ共和国として独立した。ボルタ川の上流という意味である。初代大統領はヤメオゴ。1961年フランス共同体から外れ、1966年から数次にわたるクーデターが発生する。

独立 [編集]

1983年トーマス・サンカラによる最後のクーデターが起こり、サンカラは1984年8月に国名を現在の「ブルキナファソ」(清廉潔白な人たちの国の意)に変更。社会主義路線を推進し、ソ連東側諸国と友好を築いた。トーマス・サンカラは国民からの支持も高く、「アフリカのチェ・ゲバラ」の異名を取ったカリスマ的な政治家だった。1985年en:Agacher Strip War英語: Christmas War)では、マリ共和国と交戦した。

クーデター [編集]

1987年10月15日、サンカラが独裁的かつ行き過ぎた社会主義路線をとっているとして、ブレーズ・コンパオレがクーデターを起こし、サンカラは暗殺された。人民戦線を設置し、人民戦線議長(国家元首)に就任。1990年10月、従来のマルクス・レーニン主義を放棄し、複数政党制や大統領の直接選挙を柱とする憲法を国民投票にかけ、1992年には複数政党制による総選挙が実施され、大統領に選出された。

政治 [編集]

ブルキナファソは共和制大統領制をとる立憲国家である。現行憲法1991年6月11日に制定されたもの。

国家元首である大統領は、国民の直接選挙により選出され、任期は5年。3選は禁止されている。首相は国民議会との協議に基づき、大統領により任命される。内閣に相当する閣僚評議会のメンバーは、首相の推薦に基づき、大統領が任命する。

議会は一院制で、正式名称は国民議会。定数111議席。議員は比例代表制に基づく選挙で選出され、任期は5年である。

主要政党としては、現大統領ブレーズ・コンパオレ率いる民主主義進歩会議 (CDP) があり、強力な与党として国政を支配している。野党勢力は脆弱だが、比較的有力なものに民主連邦同盟 (ADF) とアフリカ民主連合 (RDA) があり、この2党は国民議会において統一会派を組んでいる。

最高司法機関は最高裁判所である。

地方行政 [編集]

ブルキナファソの地方

ブルキナファソは13地方、301郡に分割されている。 ()内はやや詳しい区分

  • ブクル・ドゥ・ムフン地方 (Boucle du Mouhoun)(コッシ、スル、バンワ)
  • カスカード地方 (Cascades)(コモエ、レラバ)
  • 中部地方 (Centre)
  • 中東部地方 (Centre-Est)
  • 中北部地方 (Centre-Nord)
  • 中西部地方 (Centre-Ouest)
  • 中南部地方 (Centre-Sud)
  • 東部地方 (Est)
  • 上流域地方 (Hauts-Bassins)
  • 北部地方 (Nord)(ゾンドマ、ロルム、ヤテンガ)
  • 中部平原地方 (Plateau-Central)
  • 砂漠地方 (Sahel)
  • 南西地方 (Sud-Ouest)

地理 [編集]

ブルキナファソの地図

ボルタ川沿いを除く全土にサバナが広がる。国土を白ボルタ川、黒ボルタ川が貫き、ガーナに至る。ケッペンの気候区分でいうサバナ気候 (Aw) の国である。国土の北部はサヘル地帯にあたり、砂漠化が少しずつ進行している。

ボルタ川の色分け

経済 [編集]

農業国であり、全世界の生産量では粟がニジェールマリに次ぐ6位、トウモロコシが10位を占める(2002年)。14世紀ごろ豊富だった金鉱の採掘は、現代でも続いており、2008年の5トンから2009年には11トン以上に伸びている。

人口過剰のため、周辺諸国への出稼ぎがさかん。特にコートジボワールカカオ農園の労働者として多数のブルキナファソ人が働いているが、コートジボワール大統領だったコナン・ベディエの「イボワリテ」政策以降、労働条件が悪化。多数が帰国した。

国民 [編集]

住民は、モシ人が約50%で、10%のプル族(フラニ人)が続く。その他グルマンチェ族グルンシ族ボボ族ロビ族などが暮らす。

言語は、公用語フランス語である。90%の国民がモシ語などスーダン系の言語を話している。

宗教は、現地固有の宗教が60%以上、イスラム教が30%、キリスト教(主にローマ・カトリック)が10%である。

首都ワガドゥグー
第2の都市ボボ・ディウラッソのグランドモスク

日本との関係 [編集]

1960年、オート・ボルタ共和国の独立と同時に同国を承認。1979年よりブルキナファソに対する経済協力を開始。当初は食糧援助や肥料等の援助が中心で、水、教育等に協力分野を広げ、今では保健、農業、環境と協力分野が広がっている。

2009年1月に在ブルキナファソ日本国大使館が開館。経済協力分野に加え、日本国大使館や国際交流基金が主催する文化面での交流も活発に行われるようになった。また、2009年には同国では初めてとなる文部科学省国費留学生選考試験が行われるなど人物交流も盛んである。

初代駐ブルキナファソ特命全権大使は杉浦勉。総合商社OBの大使はこれで8人目。彼は東京大学で西洋美術史を学び、東京都芸術文化評議会専門委員、日仏交流百五十周年記念イベント・羽衣プロジェクト実行委員会監事、パリ日本文化会館事業部長、初代丸紅経済研究所長、同研究所顧問を歴任しており、経済・文化分野での造詣が深い。

2010年10月に大統領選挙が行われ、80%以上の票を獲得し4選を果たした現職のコンパオレ大統領は、アフリカ国家元首の中で唯一これまでのTICAD全てに出席している。

首都ワガドゥグーには日本人が経営する日本料理店が存在している。

文化 [編集]

1969年以降、首都のワガドゥグーではアフリカ最大の映画祭の一つであるFESPACO(Festival panafricain du cinéma et de la télévision de Ouagadougou)が開催されている。

世界遺産 [編集]

ブルキナファソ国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が1件存在する。詳細はブルキナファソの世界遺産を参照。

祝祭日 [編集]

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 Jour de l'an
1月3日 1996年反乱記念日
3月8日 国際婦人デー Journée de la femme
春分の日以降の満月の
次の日曜日
復活祭 Pâques 変動あり
5月1日 メーデー Fête du Travail
復活祭から40日後 主の昇天 Ascension
復活祭から50日後 ペンテコステ Pentecôte
8月4日 人民共和国発足記念日 Anniversaire de la révolution
8月5日 独立祭 Fête de l'indépendance
8月15日 聖母被昇天 Assomption
10月15日 国家改善運動の日 Anniversaire de la rectification
11月1日 諸聖人の日 Toussaint 全ての聖人と殉教者を記念する日
12月11日 独立記念日 Fête nationale フランスの自治共和国になった日
12月25日 クリスマス Noël イエス・キリスト生誕
ヒジュラ暦第3月12日 預言者生誕祭 Mouloud 預言者ムハンマドのヒジュラ暦による誕生日
ヒジュラ暦第9月 ラマダーン Ramadan
イード・アル=アドハー Tabaski (Aïd el-Kebir) ラマダン明けから70日後

参考文献 [編集]

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脚注 [編集]

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  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]

関連項目 [編集]

外部リンク [編集]