エリトリア
- エリトリア国
- ሃገረ ኤርትራ
Hagere Ertra
ادولة اإريتريا -


(国旗) (国章) - 国の標語: なし
- 国歌: エリトリア、エリトリア、エリトリア

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公用語 ティグリニャ語、アラビア語 首都 アスマラ 最大の都市 アスマラ 独立
- 日付
- 承認エチオピアより
1991年5月29日
1993年5月24日通貨 ナクファ(ERN) 時間帯 UTC (+3)(DST: なし) ISO 3166-1 ER / ERI ccTLD .er 国際電話番号 291
エリトリア国(エリトリアこく)、通称エリトリアは、アフリカ北東部に位置する国家。首都はアスマラ (Asmara)。
西にスーダン、南にエチオピア、東にジブチと国境を接し、北は紅海に面する。1991年5月29日にエチオピアからの独立を宣言し、1993年5月24日に独立が承認された。
目次 |
[編集] 国名
正式名称は、ሃገረ ኤርትራ (Hagere Ertra)。通称、ኤርትራ (Ertra)。アラビア語表記は、ادولة اإريتريا。通称、إريتريا。国名は、ラテン語で「紅海」を意味する『 Mare Erythraeum 』に由来している。約2千年前に紅海からインド洋にかけての古代貿易について著した「エリュトゥラー海案内記」のエリュトゥラーもギリシャ語で赤を意味する。
公式の英語表記は、State of Eritrea(ステイト・オヴ・エリトリア、ステイト・オヴ・エリトレア[2])。通称、Eritrea。
日本語の表記は、エリトリア国。通称、エリトリア。イタリア語に由来してエリトレアと書かれることもある。漢字による当て字は厄立特里亜。
[編集] 歴史
もともとこの地域は「ミドゥリ・バリ」と呼ばれ、オスマン帝国領に端を発するエジプト領・エチオピア領の一部だった。主な先住民は、エチオピアのアムハラ人とは文化を異にするティグレ人である。
1869年にエジプトでヨーロッパとオリエントを結ぶスエズ運河が開通すると、イタリアがエチオピアに介入を始め、1882年にイタリアが植民宣言をし、1885年に占領した。1889年、エチオピアはイタリアとウッチャリ条約を結び、この地(エリトリア)をイタリアの支配に委ねた。翌年、イタリアはこの地を「エリトリア」と名づけた。
第二次世界大戦中の1941年にイタリア軍を駆逐し、イギリス軍が当地を占領する。その後、イギリスの保護領だったが、1952年までにエチオピアと連邦国家を形成した。しかし、1962年にエチオピアが連邦離脱を決議したエリトリア議会を軍で包囲、エリトリアを併合すると、当地の住民の不満は高まり、1960年代からはエリトリア独立戦争として、解放勢力は独立運動を展開するようになった。
1991年、独立勢力のうちの最大勢力、エリトリア人民解放戦線 (EPLF) は、ティグレ人民解放戦線 (TPLF) 等と共に首都アディスアベバに突入、エチオピアに政変を起こし当時の指導者メンギスツ政権を倒し、1991年5月29日、独立宣言を行った。この時の合意によりTPLFを中心としたエチオピア人民革命民主戦線(EPRDF)によるエチオピア新体制の確立に伴い、1993年5月24日に独立承認された。5月28日には国際連合へ加盟申請、承認された。
1998年からはエチオピア・エリトリア国境紛争が武力衝突に発展し、2000年に和平合意成立、国際連合エチオピア・エリトリア派遣団(UNMEE)が展開した。国境案が提案されたものの、両国間の合意が進まず、2008年にUNMEEは撤退、緊張状態が続いている。
[編集] 政治
エリトリアは1993年の独立以来、旧エリトリア人民解放戦線 (EPLF) が改組した民主正義人民戦線 (PFDJ) 率いる暫定政府が、事実上の一党独裁制のもと統治している。恒久政府樹立に向けての憲法が1997年、制憲議会により制定されたが、未だに施行されていない。
[編集] 元首
国家元首である大統領は独立以来、PFDJ書記長であるイサイアス・アフェウェルキが務めている。憲法規定によれば、大統領は5年の任期を持ち、国民議会により選出されることとなっているが、憲法が未施行のため、選挙は無期延期となっている。
[編集] 内閣
内閣は大統領が任命する閣僚で構成されるが、実際の行政権は大統領が行使し、内閣はその執行機関に過ぎない。よってその権力は極めて小さく、大統領の輔佐機関であるといえる。首相職は設置されていない。
[編集] 議会
議会は一院制の国民議会。104議席で、PFDJ中央委員会の委員40名と、任命制の議員64名で構成される。だが列国議会同盟(IPU)によれば、エリトリアの国民議会はPFDJ中央委員会の委員75名、旧制憲議会議員60名、在外エリトリア人代表15名で構成される150議席の議会とされている。いずれにせよ、国民による選挙は行なわれておらず、PFDJの政策を追認する役割しか持たない。また、憲法が未施行であるため暫定的な権能しか有しておらず、任期も定められていない。
[編集] 政党
詳細は「エリトリアの政党」を参照
政党設立には国家による許可が必要であり、PFDJが唯一、政党としての活動を認められている。だが反政府勢力としてエリトリア解放戦線(ELF)やエリトリア国民同盟(ENA)などが存在している。
[編集] 司法
最高司法機関は高等裁判所で、その下に地方裁判所などが存在。行政裁判などを担う特別法廷も設置されている。
[編集] 行政
詳細は「エリトリアの行政機関」を参照
[編集] 軍事
陸海空の三軍を保有する。最高司令官は大統領で国民皆兵の徴兵制を有する。兵役期間は無期限であり、軍隊の任務以外にも「ナショナルサービス」と呼ばれる勤労奉仕活動に従事させられる。隣国のエチオピアとジブチ、イエメンとは国境問題を抱えている。
[編集] 地方行政区分
詳細は「エリトリアの行政区画」を参照
エリトリアは6つの地方に分けられる。
この地方がさらに複数の地区に分けられている。
[編集] 地勢
北岸は紅海に面し、エチオピア・スーダン・ジブチと国境を接する。紅海にはダフラク諸島があり、イエメンとの間のバブ・エル・マンデブ海峡は非常に狭くなっている。南東部にはアフリカ大地溝帯の一部で海抜マイナス75mの低地(ダナキル砂漠)がエチオピアから広がり、その東は火山地帯となっている。北西部では高原地帯が狭い海岸平野に迫っている。最高峰はアスマラ南方の国境に近いソイラ山(標高3018m)。気候は全体として乾燥気候(BS・BW)を示す。海岸沿いでは年平均気温約30℃、年降水量は200mm以下で、大半が雨季の11~4月に降る。高原地帯では年平均気温約20℃、年降水量は約300mmで、雨季は6~9月である。
[編集] 経済
詳細は「エリトリアの経済」を参照
人口の多くが農業、牧畜業などの第一次産業に従事しているが、食糧の自給率は低く、7割を輸入や援助に依存している状態にある。産業別のGDPでは運輸業が3割以上を占め、工業・その他サービス部門を含めると8割以上に達している。エチオピアとの国境紛争は、難民・避難民の大量発生、紛争地域のインフラ破壊等、エリトリア経済に深刻な影響を及ぼしている。
[編集] 国民
[編集] 民族構成
ティグリニャ人が最大民族であり、人口の48%を占める。次いでティグレ人(35%)、アファル人(エチオピア系)、テルチャン人、クナマ人、サホ人、ラシャイダ人等主たる民族は9民族で構成されている。
[編集] 言語
公的に公用語としての規定はされていないが、ティグリニャ語とアラビア語が最も広く使われ、商業や業務で使われている。イタリア語と英語は広く理解されている。その他ティグレ語、アファール語などが使われている。
[編集] 宗教
イスラム教・テフワド(コプト教〔エリトリア正教会〕)が多くを占め、他にローマ・カトリック、プロテスタント・アンナ教等などが信仰されている[3]。
[編集] 教育
エリトリアの大学は以下の8校のみが存在する。
- エリトリア科学技術大学(エリトリア工科大学、Institute of Science and Technology)
- ハメルマド農業大学(ハメルマロ農業大学、College of Agriculture at Hamelmalo)
- ハルハレ農業大学(College of Agriculture at Halhale)
- 人文社会科学大学(人文社会大学、College of Arts and Social Sciences at Adi Keyih)
- 経営経済大学(経済商業大学、College of Business and Economics at Massawa)
- 海洋科学技術大学(海洋科学大学、College of Marine Sciences and Technology at Massawa)
- 保健科学大学(College of Nursing and Health Technology at Asmara)
- オロッタ医科大学(Orota School of Medicine)
[編集] 文化
| 日付 | 日本語表記 | 現地語表記 | 備考 |
|---|---|---|---|
[編集] 脚注
- ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1])
- ^ Eritrea Definition | Definition of Eritrea at Dictionary.com
- ^ 駐日エリトリア大使館-国情報、2010-12-26閲覧。
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- 政府
- 駐日エリトリア大使館 (日本語)
- 日本政府
- 日本外務省 - エリトリア (日本語)
- 観光
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