イサイアス・アフェウェルキ

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イサイアス・アフェウェルキ
ኢሳይያስ ኣፈወርቅ
Isaias Afewerki
Isaias Afwerki in 2002.jpg

Flag of Eritrea.svg エリトリア国
初代大統領
任期 1993年5月24日

出生 1946年2月2日(68歳)
アスマラ
政党 民主正義人民戦線
配偶者 サバ・ハリエ
アメリカ合衆国国防長官ドナルド・ラムズフェルド(写真左)とエリトリアで握手する、イサイアス・アフェウェルキ(写真右)。

イサイアス・アフェウェルキティグリニャ語ゲエズ文字):ኢሳይያስ ኣፈወርቅ、ラテン文字:Isaias Afewerki, 1946年2月2日 - )はエリトリア政治家で初代大統領民主正義人民戦線(PFDJ)書記長。

アスマラ出身。エチオピアアディスアベバで技術者の訓練を受け、1966年からはエリトリア解放戦線(ELF)に参加。1967年中国に留学し毛沢東思想や軍事知識を学ぶ。1969年ELF総司令官となったが、1973年分派のエリトリア解放人民戦線(EPLF、現在のPFDJ)の創設に参加。独立をめぐるエチオピアとの争いを経て1987年3月にEPLF書記長。1991年のエチオピア社会主義政権崩壊後のエリトリアの独立に伴い、1993年6月から同国大統領に就任。

イサイアスは大統領に就任すると、1998年、エチオピアのティグレ州に侵攻し、エチオピア・エリトリア国境紛争が始まった。国内で紛争の是非やイサイアスの政治姿勢に批判が高まり始めると強権的な統治を始め、メディア統制や野党勢力弾圧を強めた。PFDJによる一党制統治のもと、憲法は施行されず、大統領・議会選挙は事実上無期延期の形となり、イサイアスによる個人独裁政治が敷かれている。2008年に行われたアルジャジーラの記者によるイサイアスへのインタビューによると、イサイアスは、西欧的な意味での選挙を行なうつもりはない、と断言している[1]

イサイアスはエリトリアを軍事国家とし、完全な国民皆兵制度をしいており、エリトリア人は男女を問わず全員、無期限の兵役または政府事業での労役が義務付けられている。これは事実上の強制労働であり、大統領の圧政から逃れるため、毎月何千人ものエリトリア人が命がけで国境を超えている[2]

脚注[編集]

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