ロイター

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ロイター本社

ロイター(Reuters)は、かつて存在したイギリスに本拠を置く通信社である。現在はトムソン・ロイターの一部門となっている。

目次

[編集] 概要

ドイツ人のポール・ジュリアス・ロイターが設立した、イギリスの報道および情報提供企業である。通信社としての顔が有名であるが、現在では、市況速報を手がけていたことから派生してきた金融情報の提供や、それに付随する事業の比重がむしろ大きくなっている。カナダに本拠を置く大手情報サービス企業であるトムソンに買収されたことにより、2007年5月15日トムソン・ロイターとなったが、金融情報・報道部門では引き続き「ロイター」ブランドが使用されている。

[編集] 歴史

[編集] ロイター通信社

ユダヤ系ドイツ人 ポール・ジュリアス・ロイターは、フランスのアヴァス通信社(現フランス通信社)で通信社の経営を研究した後、 ロンドンに移り「正確かつ迅速」なニュースの集配で信用を築く。1851年には英仏海峡における海底ケーブルを使ってパリの相場情報、ロンドンの金融情報を各地に配信する。金融街における信用を築き、東方への道を開いたロイターは1870年に、元の勤務先、及びドイツのヴォルフと市場分割協定を結び、AP通信(1892年に発足)が基盤を持つアメリカを除く世界のニュースを3社で独占。この「大同盟」は、APに破られるまで、ロイターの世界支配の基盤となった。このためテリトリーとなる極東にはアジア・ハイウェイ上海 - 長崎ハバロフスク - 長崎)が上陸してすぐに、幹部を派遣して視察している(支局については不明な点が多い)。彼等の目論見どおり日本の新聞社は外信を欲し、中国・日本における「ロイテル電」はロイターのドル箱となり、この「宗主国」を富ませていた。

[編集] 多角化

ロイター・データ・センター

それでも第二次世界大戦後の民営化後は、1956年ソ連共産党の秘密大会で行われた、ニキータ・フルシチョフ首相によるヨシフ・スターリン批判をスクープするなど、報道機関としての実績を作り上げてきた。しかし、1980年代に入り経営が再度悪化して、経営改善のために経済ニュースや金融情報サービスの強化に取り組み、ついには社内の大半の反対を押し切って、為替取引の仲介業務にも参入。現在は事実上、報道機関としての売り上げの比率は減り、売り上げの95%以上を金融情報サービスが稼ぎ出している。

2004年12月にはアメリカの金融情報会社である「マネーライン・テレレート」社を約1億7500万アメリカドルで買収、また同時にテレレートと契約している日本経済新聞社の子会社「QUICKマネーラインテレレート」をおよそ19億円で買収した。

[編集] トムソンとの経営統合

2007年5月15日、ロイターはカナダの情報サービス大手企業であるトムソンがロイターを87億ポンド(約2兆1000億円)で買収することで合意した、と伝えた。 2008年4月17日に買収が完了し、新会社「トムソン・ロイター」が発足した。金融情報サービスで米国ブルームバーグを抜き世界最大手となる。

金融情報・報道部門は引き続き「ロイター」ブランドを使用し、ロイターの編集権の独立も維持される、としている。しかし、他の報道機関からは、トムソンに買収されることによってロイターの「報道が変質するのではないか」(東京新聞)[1]、「ニュースの質及び編集の中立性に起こりうる長期的な脅威」(BBC)[2]といった懸念が表明された。

なお、日本では2008年10月13日以降、テレビの株価・金融情報のクレジットが「REUTERS」(ロイター)から「THOMSON REUTERS」(トムソン・ロイター)に変更されている。

[編集] 報道姿勢に対する批判

アメリカ同時多発テロ事件の報道でテロリストという言葉を使わなかったことや、パレスチナ問題でのイスラエルに対する厳しい姿勢などから、反アメリカで左に傾いていると保守系メディアから批判されることもある[誰?]

[編集] 支局

150の国230都市に支局があり、19の言語で提供している。現在主要マスコミのほとんどはロイターと契約している。過去にはイギリスのラジオ局を運営していたこともある。

[編集] 労働争議

  • 旧ロイター・ジャパン株式会社によって平成6年1月、雇用期間1年との条件でニュース翻訳者として採用された女性が、雇用期間が延長されなかったことを不服として、雇用契約上の地位確認と賃金の支払いを求め、同社を提訴した(ロイター・ジャパン契約社員解雇事件。原告敗訴)[3]
  • 旧ロイター(米国法人)が2005年、合理化策の一環としてワシントンDCにあったウェブ向けの編集拠点(ウェブデスク)を閉鎖した際に、他拠点への異動を拒否した2名の編集部員に対して解雇予告を行ったことは不当労働行為に当たるとして、この2名が加入する労働組合(Newspaper Guild)は同年1月、労働関係委員会に裁定の申し立てを行った。[4]
  • 旧ロイターとEquent社が合弁で設立したデータ通信会社の黒人社員3人が2003年、それぞれ賃金差別、不当解雇、人種的な差別用語で罵られたとして、雇用機会均等委員会に対する裁定申し立てと、ニューヨークの裁判所に提訴を行った[5]
  • 英国法人の旧ロイターリミテッドで、1993年から派遣会社を通じて従事していた男性(レイモンド・フランク氏)が、99年にいわゆる「派遣切り」に遭ったことは不当解雇にあたるとして、損害賠償金と解雇一時金の支払いを求めて、同社を相手取り、労働審判手続きを申し立てた。労働審判は1、2審ともに、原告が「ロイターの従業員」として認められないとして、原告の要求を認めなかった。しかし、3審の控訴院は2003年4月10日、原告とロイターとの間には「黙示の雇用契約の存在」があったと判断し、原告勝訴・ロイター敗訴の判決を下した[6][7]

[編集] 出典

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

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