アテネ

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アテネ
Αθήνα

アクロポリス
位置
アテネの位置の位置図
アテネの位置
座標 : 37°58′N, 23°43′E
行政
ギリシャ
 地方 アッティカ地方
 県 アッティカ県
 市 アテネ
市長 Nikitas Kaklamanis
新民主主義党
地理
面積  
  市域 38.964km2
  市街地 411.717km2
  都市圏 2,928.717km2
標高 70 - 338m
人口
人口 (2001年現在)
  市域 745,514人
  市街地 3,130,841人
  都市圏 3,686,371人
その他
等時帯 東ヨーロッパ時間UTC+2
夏時間 東ヨーロッパ夏時間UTC+3
郵便番号 10x xx, 11x xx, 120 xx
市外局番 210
公式ウェブサイト : http://www.cityofathens.gr/

アテネギリシャ語:Αθήνα, Athena;雅典)は、ギリシャ共和国首都。古名はアテナイといい、古代ギリシア時代に強力な都市国家として栄えたことで広く知られる。英名Athens。中国語表記では「雅典」。(日本語の漢字表記も同じ。)

ギリシャの首都であり、同国の政治・経済の中心地である。また、ギリシャ正教会の首長であるアテネ大主教が座すため、精神的な中心地でもある(ギリシャ正教会正教会に属し、クレタ島を除くギリシャ一国を管轄する。)。正教会の定めるアテネの守護聖人は、ディオニシオス・オ・アレオパギティス、イェロテオス、フィロテア。

1985年の欧州文化首都に選ばれていた。

目次

[編集] 歴史

アテネの守護神アテーナー

(古代のアテネについては、アテナイを参照のこと。)

アテネは古名をアテナイという。古くから栄えた商業都市であり、古代ギリシア時代には都市国家ポリス)を形成した。紀元前6世紀頃のアテナイは、民主政の下で発展、アッティカ地方全域を支配し、スパルタと並ぶ強国であった。ペルシア戦争では、ギリシアの都市国家連合の雄としてペルシア帝国軍の撃退に大きく貢献し、戦後結成されたデロス同盟の盟主となって、古代ギリシアの中心都市として学芸と文化の都として栄えた。しかし、ペロポネソス戦争でスパルタに敗れて以降、国力は次第に衰退し、紀元前4世紀マケドニア王国に屈服して政治的な独立を失った。

その後、古代ローマの属領となり、ギリシア世界の学芸の都として栄えた。ローマ帝国以降は政治的・文化的な重要性は失われ、東ローマ帝国オスマン帝国の時代を通じて、寒村といってよい状態であった。

18世紀後半に入ると、ヨーロッパでのロマン主義の盛り上がりに伴って、古代ギリシア文明の中心地として注目を浴びるようになった。これに刺激されておこったギリシャ人ナショナリズムでは、精神的な中心地として地位を高めた。1830年にオスマン帝国から独立したギリシャ王国は、ギリシャ・ナショナリズムの古代ギリシャ復興の風潮に合わせて、1834年にアテネを首都に定めた。以後、アテネはギリシャ国家の中心として次第に発展していった。

ギリシャ王国の初代国王オソン1世が連れてきたドイツ出身の官僚たちは、西欧風の都市計画を導入し、アテネは近代国家ギリシャの首都に相応しい都市として建設されていった。現在の町並みは、この時代に建設された市街や建築物が原型となっている。また、古代遺跡の保護活動も進められ、アクロポリスの丘が町のシンボルとして整備された。

第二次世界大戦ではナチス・ドイツに占領された。戦後は急速に復興し、ギリシャの経済成長の中心として人口が爆発的に増加、大都市となった。


[編集] 年表

[編集] 地理

アテネはギリシャ中南部にある同国の首都で最大の都市。サロニコス湾に面するアッティカ平野にあり、パルネス山、ペンテリコン山、ヒュメットス山、アイガレオス山といった山々にかこまれ、西にキフィソス川、東にイリソス川がながれる。南西約8kmに外港ピレウスがあり、他の周辺地域とともに大アテネを形成している。市域の中心にアクロポリスの丘、北東部にリュカベットス山がそびえ、パルテノン神殿跡、聖イヨルイヨス礼拝堂などがある。 全体にわたって山地が多くそのため信仰の場となっている事が多い。

[編集] 行政

2003年1月から2006年2月まで、保守派新民主主義党ドラ・バコヤンニが市長を務めた。彼女はアテネ史上初の女性市長であり、オリンピック開催都市の首長が女性であったのも、2004年のアテネが初めてであった。 現職市長は、2007年1月に就任した新民主主義党のニキタス・カクラマニスである。

[編集] 経済

ギリシャの経済活動はアテネおよびその周辺に集中している。主な産業は織物、アルコール飲料、石鹸、製粉、化学、製紙、皮革、陶器などで、出版、金融、観光も重要な位置を占める。

[編集] 観光

アテネの最も有名な観光名所は、アクロポリスとそこに建設されたパルテノン神殿である。パルテノン神殿は、デロス同盟の流用資金で建造されたものとしても知られる。神殿の豪華な装飾品等は、18,19世紀にほぼイギリスにより回収運搬され、現在そのほとんどが大英博物館に保管されている。

アテネ国立考古学博物館 は、ギリシア中の様々な古代遺跡から集められた最重要な遺物の数々を収蔵している。

[編集] 交通

[編集] 市内

アテネ都市圏には、市街中心部と空港方面に3路線の地下鉄、市街地南部に3路線のトラム、市内を網羅しているバス(トロリーバス含む)がある。

[編集] 都市間

ギリシャ鉄道

市街地中心の北西にギリシャ鉄道のターミナル駅であるラリッサ駅がある。ラリッサ駅にはテッサロニキ方面の幹線路線の列車と、ペロポネソス半島方面への郊外列車が発着する。ブルガリアマケドニア以遠への国際列車もこの駅から発着する。

長距離バス

アテネには2箇所の長距離バスターミナルがある。ペロポネソス半島方面へ向かう長距離バスが発着するターミナルA(地図:37.99768° N 23.699677° E)と、バルカン半島方面へ向かうバスが発着するターミナルB(地図:38.010078° N 23.722465° E)である。

ターミナルAと市内中心部との交通機関は市内バス51系統であり、地下鉄2号線メタフレイオ駅やオモニア駅付近との間を結んでいる。また、ターミナルBは地下鉄1号線アギオス・ニコラオス駅の500m北西にある。また、アテネ国際空港とターミナルAを結ぶ空港バスも運行されている。

国際バス

アルバニアブルガリアマケドニアルーマニア方面へのバスがアテネから運行されている。地下鉄2号線メタフレイオ駅とギリシア国鉄ラリッサ駅を結ぶテオドリアス・ディミトリアス通り沿いに、国際バスを運行する民間会社のオフィスがある。バスはオフィス前あるいは会社が指定する乗降場所から出発する。

航空

アテネの空路は全てアテネ国際空港発着である。空港と市内の間の交通は、地下鉄3号線、ギリシャ国鉄ラリッサ駅からの郊外列車(現在工事中で運休)、空港バスである。

[編集] 教育

アテネ学園

[編集] スポーツ

1896年第1回オリンピックが開かれ、108年後の2004年には第28回夏季オリンピックが開催された。また、同大会のために建設されたアテネオリンピックスポーツコンプレックスがある。1997年にも世界陸上選手権が行われた。

プロリーグ

アテネを本拠地とするスポーツクラブとして、以下のチームがある。

[編集] 姉妹都市

アテネは5つの姉妹都市を有している:

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ

公式

日本政府

観光


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