ピレウス

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ピレウス
(ピレアス)

Πειραιάς
ピレウス港および市街
ピレウス港および市街
所在地
ピレウス(ピレアス)の位置
ピレウス
(ピレアス)
座標 北緯37度57分 東経23度38分 / 北緯37.950度 東経23.633度 / 37.950; 23.633座標: 北緯37度57分 東経23度38分 / 北緯37.950度 東経23.633度 / 37.950; 23.633
行政
国: ギリシャ
地方: アッティカ
: ピレウス県
人口統計 (2001年)
ディモス
 - 人口: 175,697 人
 - 面積: 10.865 km2
 - 人口密度: 16,171 人/km2
都市圏
 - 人口: 466,065 人
 - 面積: 50.417 km2
 - 人口密度: 9,244 人/km2
その他
標準時: EET/EEST (UTC+2/3)
公式サイト
http://www.pireasnet.gr

ピレウスギリシア語: Πειραιάς / Pireás: Piraeus)は、ギリシャアッティカ地方にある港湾都市で、アテネの首都圏を構成する。古代にはペイライエウス (古代ギリシア語: Πειραιεύς / Peiraieús)と呼ばれ、アテナイの外港都市として発展した。今日ではエーゲ海の島々への船が、ピレウス港から出ていて、エーゲ海クルーズの拠点である。

現代ギリシャ語での発音は [pireˈas] であり、ピレアスと転記される。このほか、ピレエウスピラエウスピレエフスなどとも表記される。

歴史[編集]

紀元前493年アテネの政治家テミストクレスがファレロン港にかわる海軍基地として建設した。 ペリクレスの時代には、ミレトスの都市計画家ヒッポダモスによって市街が碁盤の目状に整備された。また、ピレウス港を拠点とする海上貿易を生命線とするポリスであるアテネを防衛する軍事戦略として、都市アテネと、都市ピレウスの間の街道が両都市を囲む城壁から延長された2枚の城壁が築かれ、一種の双子都市として防御されていた。

しかし、紀元前86年にローマの攻撃をうけてほぼ壊滅。その後はローマ帝国に支配された。

1040年には、東ローマ帝国ブルガリア (テマ制)英語版で起こったen:Peter Delyanの反乱に呼応し、反乱を起こしている。

第4回十字軍によって東ローマ帝国が崩壊し、1205年にピレウスは十字軍国家の一つであるアテネ公国の領土となった。

ギリシャ独立戦争後、1834年にアテネがギリシャの首都にさだめられて以後、新たに港湾都市として復興した。

クリミア戦争時には英仏連合軍によって占領された。

交通[編集]

地下鉄ピレウス駅

アテネの中心部からは、地下鉄又はギリシャ国鉄プロアスティアコスで約30分ほどの距離である。 ピレウス港からはクレタ島ミコノス島デロス島イドラ島サントリーニ島ナクソス島ロドス島などへのフェリーが出ている。

スポーツ[編集]

総合スポーツクラブ、オリンピアコスの本拠地スタジアムやアリーナがある。

姉妹都市[編集]

脚注[編集]

  1. ^ Sister City Directory” (英語). Sister Cities International. 2012年2月6日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]