古典期

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古典期(こてんき;Classic Period (Stage,era))は、メソアメリカ考古学上の時代区分で、長期暦で、グアテマラ、ペテン低地のティカル出土のライデン・プレートの日付け(紀元320年)や29号石碑に刻まれた8.12.14.8.15.(紀元292年)頃を目安として300年頃を開始とし、トニナーの記念碑101号に刻まれた長期暦の10.4.0.0.0.(紀元909年)を終了の時期として900年に置く。この時期までに古典期マヤの諸都市は放棄された。

もともとは、ゴードン・ランドルフ・ウィリー(Gordon R.Willey)とフィリップ・フィリプス(Philip Phillips)によって1958年に著されたMethod and Theory in American Archaeologyで、新大陸全体の考古遺跡について編年の枠組みを構築しようと試みた石期(Lithic)、古期(Archaic)、形成期、古典期(Classic)、後古典期(Postclassic)の五段階時期区分の四番目の時期として位置づけられたのが初出で、その後、アンデス文明については、アメリカの人類学者たちやルイスG.ルンブレラスの提唱した編年が用いられるようになって、現在では主としてメソアメリカのみで使われている編年用語である。

一般的には、テオティワカンの影響の強い前期とマヤ諸都市国家が争った後期とに分ける。以前はテオティワカンの影響は5世紀から開始すると考えられていたので、わざわざ中期(Middle Classic)を置く考え方もあった。古典期という名称は、古代ギリシアローマ古典古代のイメージでギリシャのようにマヤ諸都市が繁栄した時期というイメージの名称であるため、メソアメリカ全体の時代区分としては問題があると言われている。アンデスと統一するため、前期ホライズン(Early Horizon/メソアメリカ;オルメカ/アンデス;チャビン)、前期中間期(Early Intermediate Period/モンテ=アルバンⅡ期、原古典期イサパなど/地方発展期=モチーカナスカ)、中期ホライズン(Middle Horizon/テオティワカン/ワリ)、後期中間期(Late Intermediate Period/ショチカルコトルテカ、マヤ/地方王国期シカンチムー)、後期ホライズン(Late Horizon/アステカ/インカ)を主張する研究者もいる。

関連項目[編集]