ニーシャープール

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
ニーシャプール
نیشابور
イランの旗
Attar mausoleum0.jpg
ファリード・アド=ディーン・アッタールの廟
座標 : 北緯36度12分 東経58度48分 / 北緯36.200度 東経58.800度 / 36.200; 58.800
人口
人口 (2006現在)
  域 270,972人
その他
等時帯 IRSTUTC+3:30

ニーシャープール(Nishapur)(ペルシア語: نیشابور‎)は、イラン北東部のラザヴィー・ホラーサーン州の都市。人口は270,940人(2005年)。

地理[編集]

ホラサーンの屋根」であるアルボルズ山脈の一部を構成している肥沃なビーナールード山脈英語版ペルシア語: کوه بینالود‎ - Kūh Binalud)の麓に位置し、州都マシュハドに近い。

地震活動が活発な地帯にある。

産業[編集]

穀物綿花栽培が盛んでホラーサーン地方第二の産業都市であるが、アフガニスタンからの麻薬の密売で荒廃も見られる。

歴史[編集]

ニーシャープールは地中海アナトリア中国を結ぶシルクロードに位置しており、戦略的に重要な町でイラン高原中央アジアを分ける境界であった。

町は3世紀サーサーン朝シャープール1世によって創建され、その名が付けられた。近くに豊富なトルコ石を産する鉱山がアリ・メリサイ山(mount ali mersai)にあった。その後、一時期衰退するが、9世紀ターヒル朝がこの地に生まれるとニーシャプールはその都となり、バグダットカイロに比肩するほど盛隆し、ヨーロッパに輸出する陶磁器の生産で再び重要な町に返り咲いた。

セルジューク朝の祖・トゥグリル・ベグ1037年、この地に宮殿を造営し、ここでスルタンを名乗った。 1221年チンギス・カンの娘婿がこの地で殺されると、モンゴルはこの地を破壊、住民を皆殺しにした。陶芸の窯ももちろん失われた。

詩人ウマル・ハイヤームはニーシャープールで生まれ、郊外に葬られている。12世紀の詩人・ファリード・アド=ディーン・アッタールの廟もある。

近年では1986年1997年に地震に見舞われた。

姉妹都市[編集]