サッカーギリシャ代表

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サッカーギリシャ代表
国または地域 ギリシャ
協会 ギリシャサッカー連盟
愛称 Το Πειρατικό
監督 オットー・レーハーゲル
最多出場選手 テオドロス・ザゴラキス(120試合)
最多得点選手 ニコラス・アナストプロス(29得点)
初の国際試合 1929年4月7日イタリア
1-4
最大差勝利試合 1949年11月25日シリア
8-0
最大差敗戦試合 1938年3月25日ハンガリー
1-11
W杯出場回数 1回
W杯初出場 1994 FIFAワールドカップ
W杯最高成績 グループリーグ敗退(1994
欧州選手権出場数 3回
欧州選手権最高成績 優勝(2004)

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サッカーギリシャ代表は、ギリシャサッカー連盟(HFF)によって編成されるギリシャサッカーナショナルチームである。

1980年EURO1980に出場するも未勝利に終わったが、1994年アメリカW杯に出場。ナイジェリアブルガリアアルゼンチンと対戦したが、ここでも勝利を挙げることができなかった。

その後、しばらくは国際大会への出場機会がなかったものの、2004年EURO2004では開催国ポルトガルフランスイタリアといった強豪を抑えて見事優勝を果たした。

EURO2004を制したことで、2006年ドイツW杯への出場も期待されたが、ヨーロッパ予選でウクライナトルコデンマークに次ぐ4位に終わり予選敗退の憂き目に遭う。

2006年7月3日から10日間FIFAからサッカーの国際活動を禁止された。

EURO2008予選は、ドイツW杯予選でも同組になったトルコをはじめ、ノルウェーなど実力が拮抗したと見られるグループCに入った。緒戦3戦は僅少得点ながら無敗を続けたが、第4戦となる2007年3月24日アテネでのトルコ戦にて1-4の大敗を喫する。翌3月25日独立記念日1821年ギリシャ独立戦争の開戦日)にあたっていた事もあり、トルコのメディアからは屈辱的な報じられ方をしたという。この敗戦はギリシャ代表チームにとって少なからぬ危機となったが、その後見事に立て直し、逆に第10戦となる10月17日のアウェー戦・イスタンブールではヨアニス・アマナティディスのループシュートで0-1の勝利を収め、ホーム戦での雪辱を果たすと共に予選通過を果たした。結局敗戦はアテネでのトルコ戦だけ、10勝1分け1敗の勝ち点31で予選首位通過を果たした(なお、予選で勝ち点30を上回ったのはギリシャだけである)。

目次

[編集] ワールドカップの成績

  • 1930 - 不参加
  • 1934 - 棄権
  • 1938 - 予選敗退
  • 1950 - 不参加
  • 1954 - 予選敗退
  • 1958 - 予選敗退
  • 1962 - 予選敗退
  • 1966 - 予選敗退
  • 1970 - 予選敗退
  • 1974 - 予選敗退
  • 1978 - 予選敗退
  • 1982 - 予選敗退
  • 1986 - 予選敗退
  • 1990 - 予選敗退
  • 1994 - グループリーグ敗退
  • 1998 - 予選敗退
  • 2002 - 予選敗退
  • 2006 - 予選敗退

[編集] 欧州選手権の成績

  • 1960 - 予選敗退
  • 1964 - 予選敗退
  • 1968 - 予選敗退
  • 1972 - 予選敗退
  • 1976 - 予選敗退
  • 1980 - グループリーグ敗退
  • 1984 - 予選敗退
  • 1988 - 予選敗退
  • 1992 - 予選敗退
  • 1996 - 予選敗退
  • 2000 - 予選敗退
  • 2004 - 優勝
  • 2008 - グループリーグ敗退

[編集] 選手

[編集] GK

[編集] DF

[編集] MF

[編集] FW

[編集] 外部リンク