ザグレブ
| ザグレブ Grad Zagreb |
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|---|---|---|---|---|---|
ザグレブ中心部 |
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| 位置 | |||||
ザグレブの位置 |
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| 座標 : 北緯45度49分0秒 東経15度59分0秒 / 北緯45.81667度 東経15.98333度 | |||||
| 行政 | |||||
| 国 | |||||
| 郡 | ザグレブ直轄市 | ||||
| 市 | ザグレブ | ||||
| 市長 | Milan Bandić (無所属) |
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| 地理 | |||||
| 面積 | |||||
| 市域 | 641.29km2 | ||||
| 市街地 | 162.22km2 | ||||
| 都市圏 | 3,719km2 | ||||
| 標高 | 158m | ||||
| 人口 | |||||
| 人口 | (2011年現在) | ||||
| 市域 | 792,875人 | ||||
| 人口密度 | 1,200人/km2 | ||||
| 市街地 | 686,568人 | ||||
| 市街地人口密度 | 4,200人/km2 | ||||
| 都市圏 | 1,110,517人 | ||||
| 都市圏人口密度 | 300人/km2 | ||||
| その他 | |||||
| 等時帯 | 中央ヨーロッパ時間 (UTC+1) | ||||
| 夏時間 | 中央ヨーロッパ夏時間 (UTC+2) | ||||
| 郵便番号 | 10000 | ||||
| 市外局番 | +385 01 | ||||
| ナンバープレート | ZG | ||||
| 公式ウェブサイト : http://www.zagreb.hr/ | |||||
ザグレブ(クロアチア語: Zagreb)はクロアチア共和国の首都で同国最大の都市である。クロアチア北西部サヴァ川河畔に位置しメドヴェドニツァ山の南斜面にあり海抜は122mである。2011年の国勢調査による人口はザグレブ市街が686,568人、ザグレブ市域では792,875人であった。ザグレブ市と周辺の行政的に分かれているザグレブ郡の人口317,642人を合わせたザグレブ都市圏の人口は1,110,517人である。ザグレブはクロアチアでは唯一、100万人を超える都市圏を形成している。[1]
アルプスやディナルアルプス、アドリア海方向へ広がるパンノニア平原南西部の有利な地理的な条件により、中央ヨーロッパとアドリア海を結ぶ良く整備された交通回廊によって周辺地域と結ばれている。ザグレブは交通の要衝である他、産業の集積や科学研究機関、伝統的な産業などでクロアチアで先導する地位にある。また、首都としてクロアチアの中央政府や行政機関、省庁のほとんどがザグレブに拠点を置いている。
目次 |
地理 [編集]
ザグレブ新市街は、南のザグレブ中央駅からバン・ヨシップ・イェラチッチ広場(共和国広場)まで碁盤の目状に広がる。創立300年以上の歴史をもつザグレブ大学、主要官庁などのネオクラシック調の建物とユーゴスラビア時代の建物、新しい高層ビルが混然としている。共和国広場から坂を上がると(世界一短距離のケーブルカーあり)大聖堂、サン・マルコ教会がある。そこから北に向かって旧市街が広がる。ここにはゴシック様式とバロック様式の建物が多く、中世の町並みがよく残っている。
メドヴェドニツァ山脈(Zagrebacka gora)は最高峰スリェメ山(1,033m)をいただき、そこからザグレブ都市圏、サヴァ川、クーパ谷、フルヴァツコ・ザゴリェ(Hrvatsko Zagorje)地方を望むすばらしいパノラマ展望を得られる。天候がよければ山頂からは、ヴェレビト山(Velebit)や、スロベニア近くにある雪をかぶったジュリアンアルプスまで望むことが出来る。ハイカーに宿とレストランを提供する山小屋がいくつかある。スキーヤーならば、4本のスキーコースと3つのスキーリフト、1つのチェアリフトを持つスリェメを訪れる。
古都メドヴェドグラード(Medvedgrad)は13世紀に建てられた中世の城塞都市で、最近修復されたものだが、メドヴェドニツァの丘の特別な観光名所である。そこから市内の西側を見下ろすことができ、また「祖国の殿堂」がある。これは絶えず灯明が灯っている記念建造物で、通例は国民の祝日に、歴史上祖国のために倒れた全ての英雄にクロアチアが崇敬を払うための場所である。
旅行代理店は、ザグレブの観光だけでなく、周辺地域へのガイド付きの周遊旅行を提供している。
気候 [編集]
温暖湿潤気候でケッペンの気候区分ではCfaに属し、湿潤大陸性気候との境界近くに位置する。ザグレブは四季がはっきりしており、夏は暑く冬は寒くなり乾季は無い。平均気温は冬季で-0.5℃、夏季は22.0℃で、特に5月以降は暑さが増し30℃以上の日が毎年夏には年平均17日程度ある。[2] 冬季には降雪が12月から3月にかけて見られ、同様に降雨もあり10月から12月にかけての秋季には霧が発生する。[3] 今までの最高気温は1950年7月に40.4℃を記録し、最低気温は-27.3℃を1956年2月に記録している。[2]
| ザグレブの気候 | |||||||||||||
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 月 | 1月 | 2月 | 3月 | 4月 | 5月 | 6月 | 7月 | 8月 | 9月 | 10月 | 11月 | 12月 | 年 |
| 最高気温記録 °C (°F) | 19.4 (66.9) |
22 (72) |
26 (79) |
29.4 (84.9) |
33.4 (92.1) |
37.6 (99.7) |
40.4 (104.7) |
39.8 (103.6) |
32.8 (91) |
28.3 (82.9) |
25.4 (77.7) |
22.5 (72.5) |
40.4 (104.7) |
| 平均最高気温 °C (°F) | 3.1 (37.6) |
6.1 (43) |
11.3 (52.3) |
16.4 (61.5) |
21.3 (70.3) |
24.6 (76.3) |
26.7 (80.1) |
26.2 (79.2) |
22.3 (72.1) |
16.2 (61.2) |
9.3 (48.7) |
4.4 (39.9) |
15.7 (60.3) |
| 日平均気温 °C (°F) | −0.1 (31.8) |
2.0 (35.6) |
6.2 (43.2) |
10.9 (51.6) |
15.7 (60.3) |
19.1 (66.4) |
20.8 (69.4) |
20.0 (68) |
16.0 (60.8) |
10.8 (51.4) |
5.7 (42.3) |
1.3 (34.3) |
10.7 (51.26) |
| 平均最低気温 °C (°F) | −4.0 (24.8) |
−2.5 (27.5) |
0.9 (33.6) |
4.9 (40.8) |
9.2 (48.6) |
12.7 (54.9) |
14.2 (57.6) |
13.7 (56.7) |
10.4 (50.7) |
5.8 (42.4) |
1.8 (35.2) |
−1.9 (28.6) |
5.4 (41.7) |
| 最低気温記録 °C (°F) | −24.3 (−11.7) |
−27.3 (−17.1) |
−18.3 (−0.9) |
−4.4 (24.1) |
−1.8 (28.8) |
2.5 (36.5) |
5.4 (41.7) |
3.7 (38.7) |
−0.6 (30.9) |
−5.6 (21.9) |
−13.5 (7.7) |
−19.8 (−3.6) |
−27.5 (−17.5) |
| 降水量 mm (inch) | 48.6 (1.913) |
41.9 (1.65) |
51.6 (2.031) |
61.5 (2.421) |
78.8 (3.102) |
99.3 (3.909) |
81.0 (3.189) |
90.5 (3.563) |
82.7 (3.256) |
71.6 (2.819) |
84.8 (3.339) |
63.8 (2.512) |
856.1 (33.705) |
| 平均降雨日数 | 10.8 | 10.0 | 11.2 | 12.7 | 13.2 | 13.6 | 10.9 | 10.4 | 9.8 | 10.2 | 12.2 | 12.1 | 137.1 |
| 平均降雪日数 | 6 | 5 | 4 | 1 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 2 | 5 | 23 |
| 平均月間日照時間 | 59.4 | 95.7 | 140.1 | 175.4 | 234.0 | 243.7 | 281.0 | 256.0 | 186.7 | 130.8 | 65.6 | 44.9 | 1,913.3 |
| 出典 1: World Meteorological Organisation (UN) [4] | |||||||||||||
| 出典 2: Croatian Meteorological and Hydrological Service[2] | |||||||||||||
統計 [編集]
ザグレブはクロアチア最大の都市で、そのほとんどが市街に居住している。2001年の国勢調査による公式統計では人口は779,145人で、ザグレブ市の推計によれば2006年時点では804,900人に増加している。ザグレブ首都圏の人口は約120万人である。1997年よりザグレブ市は特別市の地位を得て、ザグレブ郡から分離されたが商業や歴史的なつながりは続いている。2001年の国勢調査によれば人口のほとんどはクロアチア人が占めその割合は92%であった。60,066人はマイノリティが占め、セルビア人が18,811人(2.41%)、ボシュニャク人が6,204人(0.80%)、ムスリム系が8,030人(1.02%)、アルバニア人が6,389人(0.83%)、スロベニア人が3,225人(0.41%)、モンテネグロ人が2,315人(0.27%)、ロマが3,946人(0.55%)、マケドニア人が2,315人(0.27%)等で、他にもドイツ系などの少数のマイノリティのコミュニティが出来ている。[5]
経済 [編集]
アルプス地方、ディナル・アルプス地方、アドリア海沿岸地方、パンノニア地方へ伸びるパンノニア平原南西部の、地理的に恵まれた場所にあり、中央ヨーロッパとアドリア海を繋ぐ優れた交通の要衝となっている。交通の上で立地が恵まれていること、産業が集中していること(金属加工、電器、織物、化学、製薬(Pilva)、印刷、皮革、木材加工、製紙等)、科学研究施設、及び工業の伝統により、この市は経済の主導的な位置を占めている。 この市は東ヨーロッパの標準から見れば比較的裕福だが、それでも平均収入や物価は西側よりもなお低い。[6] ザグレブはクロアチアの都市ではもっとも高いGDPを誇り、2005年の1人当たりのGDPは19,132ドルであった。同時期のクロアチア平均は10,431ドルである。[7]2004年の購買力平価は28,261ドルであった。[8] 2008年7月現在の、ザグレブでの平均月収は6,228クーナ(約1,356ドル)で、クロアチア平均は5,234クーナ(約1,140ドル)である。[9] 2006年現在の平均失業率は8.6%であった。 [10] クロアチアの34%の企業はザグレブに本社を置いており、クロアチアの労働人口の38.4%は銀行や公共部門、公共交通機関を含めザグレブで勤務をしている。2006年現在、ザグレブの企業はクロアチア全体での52%の取引高と60%の利益を生み出し、クロアチア全体での輸出の35%、輸入の57%を占めている。 [8][11]
歴史 [編集]
先史時代以来、ザグレブとその一帯には人間が居住していた。旧石器時代のヴェテルニツァ洞窟(Veternica)での発見物や、今のスツィタリェヴォ村(Scitarjevo)近くにあるローマ時代の破壊された都市アンダウトニア(Andautonia)の遺構がその証拠である。メドヴェドニツァ山脈の斜面には絵のように美しいかつての村(Sestine, Gracani、およびRemete)がネックレスの珠のように市を囲んでいて、今日でも豊かな伝統を守っている(民族衣装、Sestineの傘、ジンジャーブレッドなど)。
語源と呼称 [編集]
ザグレブの名が現れたのは1094年頃であるが、その起源についてはあまりはっきりとしていない。クロアチア語で ザグラビティ"zagrabiti" は柄杓を意味し、それを基にいくつかの伝説もある。あるクロアチア人が答えた物には、クロアチアのバン(総督)が喉が渇いた兵士たちを連れて荒地を横切った際、バンは失望から自分のサーベルを地面に突いた所、水が流れ出した為兵士に命じて水を掘らせたとされる。この水を掘り出したとされる伝説は科学者により居住地が設立され、水で満たされた穴やシデgrabaなどから来る名称とする提唱によって支えられている。[12]いくつか提唱されている説には丘を意味する'za breg'や丘の向こう側を意味するものである。現在、中心部の近くにある丘も以前はより近くを流れていたサヴァ川の河岸だったと言う可能性もある。これらの単語から、一つの単語が形成され現在の地名であるザグレブが生まれたとされる。他の伝説ではある支配者がマンダ(Manda)と言う少女に喉が渇いたので、現在は泉であるマデュセヴァツの湖に水を汲みに行かせたとされるもので、"Zagrabi, Mando!" 「マンダ、それをすくって!」のセンテンスから来ているともされるものや[13]、クロアチアのイラン起源説と関連してザグロス山脈と関連付けるものもある。[14]現代のクロアチア語以外での呼称はハンガリー語でザーグラーブ Zágráb、ドイツ語でアグラム Agram、イタリア語でザガブリア Zagabriaである。
初期から18世紀まで [編集]
ザグレブの名が初めて現れた年、ハンガリー王ラースロー1世はカプトル丘の上に司教区を設けた。それとは別の独立した(砦のような)集落が、近隣のグラデッツの丘に出来た。これらの居住地は1242年のタタール侵攻に苦しめられるが、彼らが去った後、ベーラ4世はグラデッツを王の自治市と宣言し大砲を寄贈し、外国の職工を集めた。14世紀から15世紀にかけて、二つの集落は経済的および政治的に競い合った。司教区はグラデッツを破門し、その報復にグラデッツはカプトルに火を放ったりしたものだった。彼らが共に手を取り合ったのは、臨時の大規模経済投機だけだった。例えば3年に一度のそれぞれ2週間続く祭りなど。これら二つの中世の丘グラデッツとカプトルは、1850年、最終的に合併してひとつのザグレブとなり、クロアチアそしてスラヴォニアの政治的中心地となった。2つの地区は、今やこの近代都市の文化的中心を形成している(経済的中心と交通の中心は、それから南に移動したが)。カプトルの司教区は、それからザグレブ大司教区になった。 1669年には大学も設立され、1776年、王国の議会もヴァラジュディンから移された。またグラマースクールの設立や聖カタリナ教会や修道院なども建てられている。17世紀から18世紀にかけ、ザグレブでは大火や疫病などの悪い状況も経験した。
19世紀から20世紀 [編集]
19世紀のザグレブはクロアチア再生運動(イリュリア運動)の中心地となり重要な文化的、歴史的な団体の創設が見られた。最初の鉄道がザグレブとズィダニモスト(Zidani Most)、シサク間に1862年に開業し、1863年にザグレブではガスも導入されている。ザグレブでの水道の導入は1878年で、馬車軌道によるトラムの導入は1891年からである。鉄道の建設によって、古くからの郊外部分は徐々にドニ・グラードを特徴付ける中央ヨーロッパの都市では広く一般的な規則的なブロックパターンに、吸収されていった。賑やかな中心部では多くを印象付けるモニュメントや公園、多くの博物館、劇場、映画館などが多くあった。発電所が1907年に造られ、1880年から1914年には大いに繁栄した。地震の後、ザグレブの街は今日も続く特徴的な街路となっている。第一次世界大戦後、労働者階級地区が鉄道線路とサヴァ川の間の地域に現れたが、丘の南斜面のメドヴェディツァの住宅地区の建設は戦間期に終えている。1920年代、人口は70%も増加しザグレブ史上最高の伸びとなっている。1926年、最初のラジオ局が開業し放送を開始した。
20世紀の最初の50年間でザグレブは大きく拡大した。第一次世界大戦前、都市や街区は東はスタラ・ペシュチェニツァ(Stara Peščenica)、西はチェルノメレツ(Črnomerec)まで造られている。オーストリア・ハンガリー帝国時代には、ザグレブはドイツ式にアグラムと呼ばれていた。第二次世界大戦中の1941年から1945年まではナチスの傀儡国家であるクロアチア独立国の首都がおかれていたが、同国はドイツの敗戦と共に崩壊した。戦時中、アメリカ軍より爆撃を受けている。
第二次世界大戦後以降 [編集]
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国となった戦後、1947年にザグレブ見本市が開かれている。[15] その後、1950年代の中頃からサヴァ川の南に、いわゆるNovi Zagreb(新ザグレブ)と呼ばれる新興住宅地ができた。市街は東西方向にも拡大し、かつてはただの村に過ぎなかったドゥブラヴァ(Dubrava)、ポドシセド(Podsused)、ヤルン(Jarun)、ブラト(Blato)などを飲み込んでいった。貨物鉄道のハブとザグレブ国際空港がサヴァ川の南に作られた。南東にある最大の工業地帯(Zitnjak)は、サヴァ川とプリゴリェ地方(Prigorje)の間にある市の東側郊外での工業地帯の拡大を代表する。1987年、ザグレブはユニバーシアードの開催都市となった。1991年から1995年にかけて起こったクロアチア紛争時には散発的な戦闘がユーゴスラビア人民軍(JNA)のバラック周辺で発生しているが大規模な戦災からは逃れている。しかし、1995年5月にセルビア側の攻撃目標とされ2発のロケット砲の攻撃(ザグレブロケット砲撃)に遭い7人の市民が死亡した。
都市景観 [編集]
ザグレブ初の高層ビルはバン・イェラチッチ広場に面して建てられたネボダー(Neboder)で、1957年から1958年にかけて建設され1959年8月22日にオフィスビルとして開業している。当時のユーゴスラビアでは一番高いビルであった。その後、1970年代から1980年代にかけてザグレブでは高層ビルが次々と建てられていった。サヴァスカ通りのザグレプチャンカ(Zagrepčanka,1976年)、ツィボナタワー(Cibona Tower,1987年)、スリェメ(Sljeme)にあるザグレブテレビタワー(Zagreb TV Tower,1973年)などがある。2000年代、市議会は新たに計画された多くの高層建築物に対して認可を出しており21世紀に入ってからのザグレブにはユーロタワーやザグレブタワーなど多くの高層ビルが増えている。長年、ザグレブでは10階建て以上の高層建築物の建設は禁止されており、現在見られる高層建築物のほとんどは1970年代から1980年代に遡り、新たな郊外部の住宅は通常4階から8階建てである。制限の緩和により高層建築物は増える傾向にある。[16]
行政 [編集]
クロアチアの憲法によりザグレブは首都として特別市としての地位を得ている。ザグレブでは郡と同等の権利を有し、市の自治とザグレブ郡両方の業務を行っており、ザグレブ郡の郡都はザグレブに置かれている。市の行政機関は市議会と代表としての市長、実行機関としての市役所である。市議会の議員は直接選挙により選出され、前回の2009年に市長は市議会で選出された。2009年から直接選挙に変えられており、市長と市政の構成員は多数票によって選ばれる。市当局の11人の市長候補者の中から議会の多数票によって市長は選ばれる。市長は市政の長で、他に2人の代理者が就く。市の管理機構は12の支所、3つの都市局、行政サービスを担う3つの部署がある。それらは市長と市当局に対し責任を負っている。ザグレブでは17の行政区に組織されており、市行政区委員会によって表されている。[17]
2009年の選挙の結果 (en) 、現在のザグレブ市長はミラン・バンディッチMilan Bandić(無所属)である。市議会は51議席から成っている。勢力は以下の通り。
- クロアチア社会民主党 (21)
- クロアチア民主同盟(7)
- 自由民主党 (クロアチア) (5)
- Independent list Velimir Srića (5)
- Independent list Tatjana Holjevac (4)
- クロアチア農民党 (4)
- クロアチア年金者党 (3)
- クロアチア社会自由党(2)
行政区 [編集]
ザグレブの行政区(クロアチア語: gradska četvrt)は以下の通りである。[18]
| No. | 地区 | 面積 (km²) | 人口 (2001年) | 人口密度(人/km²) |
|---|---|---|---|---|
| 1. | ドニ・グラード(Donji Grad) | 3.01 | 45,108 | 14,956.2 |
| 2. | ゴルニ・グラード - メドヴェシュチャク(Gornji Grad – Medveščak) | 10.12 | 36,384 | 3,593.5 |
| 3. | トルニェ(Trnje) | 7.37 | 45,267 | 6,146.2 |
| 4. | マクスミル(Maksimir) | 14.35 | 49,750 | 3,467.1 |
| 5. | ペシュツェニツァ-ジティニャク(Peščenica – Žitnjak) | 35.30 | 58,283 | 1,651.3 |
| 6. | ノヴィザグレブ - イストク(Novi Zagreb – istok) | 16.54 | 65,301 | 3,947.1 |
| 7. | ノヴィザグレブ – ザパド(Novi Zagreb - zapad) | 62.59 | 48,981 | 782.5 |
| 8. | トレジュニェヴカ – シェヴェール(Trešnjevka - sjever) | 5.83 | 55,358 | 9,498.6 |
| 9. | トレシュニェヴカ - ユグ(Trešnjevka - jug) | 9.84 | 67,162 | 6,828.1 |
| 10. | チェノメレツ(Črnomerec) | 24.33 | 38,762 | 1,593.4 |
| 11. | ゴルニャ・ドゥブロヴァ(Gornja Dubrava) | 40.28 | 61,388 | 1,524.1 |
| 12. | ドニャ・ドゥボラヴァ(Donja Dubrava) | 10.82 | 35,944 | 3,321.1 |
| 13. | ステニェヴェツ(Stenjevec) | 12.18 | 41,257 | 3,387.3 |
| 14. | ポドスセド - ヴラプチェ(Podsused – Vrapče) | 36.05 | 42,360 | 1,175.1 |
| 15. | ポドスリェメ(Podsljeme) | 60.11 | 17,744 | 295.2 |
| 16. | セスヴェテ(Sesvete) | 165.26 | 59,212 | 358.3 |
| 17. | ブレゾヴィツァ(Brezovica) | 127.45 | 10,884 | 85.4 |
| 合計 | 641.43 | 779,145 | 1,214.9 |
交通 [編集]
道路 [編集]
スラヴォニアを通ってベオグラードへ流れるサヴァ川に沿う鉄道と高速道路は国内で最も速い交通手段である。 この都市は最大4車線の幹線道路と、市のほとんどの部分を囲むザグレブバイパスなどやフル規格高速道路を含む、よく発達した道路網を持っている。市内中央部ではいくぶん渋滞があり、また駐車が問題になっている。歩道に駐車した自動車が歩行者の通行を妨げることがしばしばである。
高速道路 [編集]
ザグレブはクロアチアの5つの主要高速道路の要衝で、ここ数年来すべてのクロアチアの高速道路はザグレブを起終点としている。A6号線は2008年10月に改良工事が完了し、リエカと結ばれてこの146.5kmの区間は汎ヨーロッパ交通回廊5号b線(Pan-European Corridor Vb)を構成している。改良と同時にA4号線のムラ橋やA4号線に続くハンガリーのM7号線が開業しブダペストとも結ばれリエカ、ブダペスト間での最初の高速道路による交通回廊として開業した。[19] A1号線はノヴィ・ザグレブのルチェコ(Lučko)を起点に、ボシリェヴォ2インターチェンジで始まるA6号線と別れ、ザグレブとスプリトを結んでいる。A1号線はさらにドゥブロヴニク方面に向けて延伸工事が進められている。クロアチアの高速道路当局は両高速道路をアウトツェスタリエカ - ザグレブ(Autocesta Rijeka - Zagreb)、フルヴァツケ・アウトツェステ(Hrvatske autoceste)の2つの政府出資の特殊会社に料金徴収や維持管理を行わせている。 A3号線はユーゴスラビア時代を表す物として、クロアチアでは一番古くからある高速道路で以前は兄弟愛と統一道路(Bratstvo i jedinstvo)と名付けられていた。また、A3号線は汎ヨーロッパ交通回廊10号線(Pan-European Corridor X)を構成している。A3号線はスロベニアとの国境の町ブレガナ(Bregana)を起点としているが、その先さらにスロベニアの高速道路A2号線やオーストリアのアウトバーンA11号線やA2号線、A10号線などへ続いておりリュブリャナやウィーン、ザルツブルク等に達することも出来る。A3号線はザグレブバイパスの南側を構成しており、終点はリポヴァツ近くのセルビアとの国境であるバヤコヴォ(Bajakovo)だが、その先はセルビアの高速道路A1号線(欧州自動車道路70号線)としてベオグラードへ続いている。 A2号線は汎ヨーロッパ交通回廊10a号線(Pan-European Corridor Xa)の一部分となっており[20] ザグレブと良く混雑するスロベニアとの国境であるマツェリを結び、連続的にザグレブと西ヨーロッパの間を高速道路クラスの道路網で結んでいる。[21]
公共交通 [編集]
ザグレブでの公共交通機関は、二層から成っている:市内はおおむね路面電車がカバーしており、郊外へは路面電車終点でバスが接続していることが多い。公共交通会社ZET,Zagrebački električni tramvaj(ザグレブ電気路面鉄道)は市議会から委託を受けているので、料金は比較的廉価であるが、ピーク時には非常に混雑する。 同じくZETが運営する市の中央近くにある1890年開業のケーブルカーは、市内最古の公共交通機関であるとともに、全長66mで世界最短のケーブルカーと言われ、一種の観光スポットとなっている[22]。 タクシーは数は多く容易に利用できるがクロアチアの他の都市より高額なためあまり一般的ではない。その為、市内と空港を結ぶ手段として使われることが多い。近年では国営の鉄道会社「クロアチア鉄道」がザグレブ都市圏郊外の鉄道網を組織化しようとしているが、2004年の時点では東西方向の一部が組織化されている。
路面電車 [編集]
ザグレブの路面電車(トラム)の系統は昼間の15系統と夜間帯の4系統が設定されており、市中心部と市中心部に近い郊外部をカバーしている。ザグレブにトラムが最初に開業し運行を開始したのは1891年9月5日からで、それ以来ザグレブでの大量輸送機関として機能している。トラムは通常、最高速度30~70km/hで運行されるがラッシュ時間帯などではゆっくりと走っている。路線網は独特でその多くは曲線区間である。現在、旧式の車両をザグレブに本拠地を置く企業コンソシーアム(Končar elektroindustrija)が製造する新たなモダンな車両であるクロトラムとTŽV Gredeljの車両に置き換える計画が進んでいる。"TMK 2200"と呼ばれる70編成の車両が2005年から2007年かけ導入され、さらに70編成の車両を導入する契約がすでに始まっている。[23]
都市圏鉄道 [編集]
Sバーンのような都市圏鉄道の路線網はザグレブにおいては1992年以来広がっている。2005年にザグレブ中央駅を中心に郊外と結ばれる鉄道では15分間隔での運行が開始された。ザグレブ中心部と東西方向に広がる郊外は都市圏鉄道によって結ばれ、運行回数の増加により通勤者の利便性が向上している。[24] 新たな路線として2009年にサモボルとを結ぶ路線の建設も発表された。この鉄道はクロアチア鉄道によって運行される計画がある。1970年代までザグレブとサモボルを結ぶ狭軌鉄道Samoborčekが存在した。[25]
鉄道 [編集]
国際列車はすべてザグレブ中央駅から発着する。
- 西側、リュブリャナ(スロベニア)、西ヨーロッパ方面
- 東側、スラヴォニア、南東ヨーロッパおよび近東方面
- 南側、クヴァルネル湾にあるクロアチアの最大の港であるリエカ、クロアチア第二の都市であり主要港でもあるダルマチアのスプリト。ストラ川とザゴリェ幹線道路(ザグレブ~マリボル~ウィーン)沿いに走る鉄道は、トラック道路と接続している。これはパンノニア地方およびハンガリーとの交通接続(ザゴリェ鉄道、ヴァラジュディン~チャコヴェツおよびコプリヴニツァへの道路と鉄道)にもなっている。
スプリト方面への南側の鉄道の接続は、リカ地方を経由している。2004年に軌道の改良と振り子式車両レギオスウィンガーの導入によって5時間で到達するように改修された。欧州交通回廊の整備に合わせて、ザグレブ、リエカ間では高速化の計画も進められている。ウナ川の谷沿いのより高速に適した路線は現在使用されておらず、ボスニア・ヘルツェゴビナとの間で国境通過問題が解決されていないため、放置された状態である。[26]
航空 [編集]
ザグレブ国際空港(IATA: ZAG, ICAO: LDZA)はザグレブから17km離れた南東部のプレソ(Pleso)に位置しクロアチア航空のハブ空港である。プレソ空港とも呼ばれ、2011年現在、欧州や一部中東の短・中距離便が乗り入れている。クロアチア航空は大型機を保有しておらず、長距離便はチャーター便に限られる。ザグレブ国際空港にはクロアチア軍の主要空軍基地でもあり、戦闘機や軍用ヘリコプターなども常駐する。新しい旅客ターミナルが計画中で、2011年以降現在の機能不足の旅客ターミナルビルを置き換える。2008年より事業が開始された。[27]ザグレブには国際空港の他にルチェコ空港(ICAO: LDZL)があり、スポーツ用の飛行機やクロアチア警察の特殊部隊、陸軍のヘリコプターが常駐する。この空港はザグレブの主要空港として1947年から1959年まで使われていた。[28]
観光 [編集]
ザグレブは、単に西欧、中欧からアドリア海への通過点であるばかりでなく、それ自体が観光客の目的地でもある。終戦以降、相当な数の旅行客を迎えてきたが、クロアチアを訪れる多くの旅行客はアドリア海沿いのビーチやドゥブロヴニク、シベニク、ザダルのような古都を目当てにしてザグレブは通過するだけだった。
それにもかかわらず、1994年に900年記念を祝ったザグレブは文化的、歴史的モニュメント、博物館および美術館が豊かであるばかりでなく、さまざまなモダンな店が立地し、高い品質の多様なレストラン、スポーツ施設、レクリエーション施設もある。クロアチア国内ばかりでなくヨーロッパのこの方面の会議場、商業イベントや貿易フェアの中心地でもある。交通の要衝であるため、ヨーロッパ各地の大都市やクロアチア国内の全ての主要都市や観光リゾート地と接続する道路、空路、鉄路およびバス路線がある。
ザグレブの歴史的地域、アッパータウンとカプトルは、ヨーロッパ的に見てもユニークな市街中核であり、代表的な観光旅行の目的地になっている。旧市街の街路と広場は、ザグレブの中心にあるバン・ヨシップ・イェラチッチ広場からスタートして徒歩でも回れるし、Timocava通り近くの路面電車を利用しても良い。市の古い中核部は数多くの有名な建物、教会(ザグレブ大聖堂、聖マルコ教会など)、美術館や施設があり、また感じの良いレストランや喫茶軽食堂もある。
文化 [編集]
文化施設 [編集]
- ナイーヴアート美術館–「ザグレブカード」掲示により入場料半額となる、ドゥランガン・ガジ「冬の風」、エメリック・フェイェシェ「聖マルコ」などの絵が展示されている。
- ミマラ博物館 (Muzej Mimara)
- ザグレブ科学博物館 (Tehnički muzej u Zagrebu)
- ザグレブ植物園(世界最古の植物園とされる。)
- ザグレブ・オペラ劇場
- 1995年、建物の一部がクロアチア紛争の空爆を受ける。首都ザグレブで紛争の被害を受けた最初の公共施設。ザグレブ駐在の報道陣によって大きく報じられた。このとき、楽屋にいた十数名が重軽傷を負った。そのうちの1名は、現在日本で活躍中のバレエダンサー、ヴァレンティン・バルテスである。
ザグレブの数多くの博物館はザグレブとクロアチアの歴史、美術および文化を反映しているばかりなく、ヨーロッパや世界のものも収めている。教会と個人所有のものを除き、およそ30件ある博物館、美術館に360万点を越えるさまざまな展示品が収められている。
考古学博物館(Nikola Subic Zrinski広場19番)は、全てを展示しているわけではないが、40万点を擁している。これら収蔵品の中にはクロアチア人の存在を示す証拠や、この博物館が世界に知られることになったきっかけになった極めて珍しいサンプルがある。中でももっとも有名なのは、エジプトコレクション、ザグレブミイラと包帯、世界最古のエトルリア碑文(Liber Linteus Zagrabiensis)、および硬貨のコレクションである。博物館の一角は主にローマ時代に遡る石のモニュメントのコレクションに割り当てられている。
クロアチア自然科学博物館(Demetrova通り1番)には一箇所で発見されたネアンデルタール人の遺物の世界で最も網羅的なコレクションがある。先史時代のKrapina人の遺体、石の武器や道具である。技術博物館(Savska通り18番)には、この地域で最も古い機械がある。1830年のものだが、未だに稼動する。価値ある歴史コレクションは、クロアチア歴史博物館、ザグレブ市博物館、アーツ・アンド・クラフツ博物館、民俗学博物館、クロアチア学校博物館、クロアチア狩猟博物館、クロアチアスポーツ博物館、クロアチア逓信電信博物館、およびHAZU(クロアチア科学・芸術アカデミー)グリプトテーク(モニュメントのコレクション)、HAZU絵画彫刻陳列所で見られる。
ウィルトルードとアンテ・トピック・ミマラの寄贈品を収めたミマラ博物館(ルーズベルト広場5番)は多くの訪問者にとって非常に魅力的だろう。先史時代から20世紀に至るまでの総数3,700点の美術品のうち、1,500点以上が常設展示されている。HAZUシュトロスマイヤー名作展示館(Zrinski広場11番)には14世紀から19世紀のヨーロッパの絵画が常設展示されている。Ivan Mestrovicスタジオ(Mletacka広場8番)の彫刻、絵画、石版画やその他の美術品はこの偉大な芸術家が祖国に寄贈した品である。
ザグレブ現代美術館(MSU)(Catherine広場2番)は美術の現代のトレンドを展示している[29]。博物館・ギャラリーセンター(Jezuitski広場4番)ではクロアチアや外国の文化遺産・美術遺産に触れる機会を紹介してくれる。芸術パビリオン(トミスラブ王広場22番)はスラブ南方方面で最大の複合展覧会場であり、定期的に博覧会が開催されている。こうした博覧会は、Hrvatskih Velikana広場にある印象的なMestrovicの建物でも開催されている。この建物はクロアチアの芸術家たちのホームである。素朴画博物館(Cirilometodska通り3番)は、クロアチアの素朴画法の作者百人以上による千以上の作品を収蔵している。ワールドセンター「クロアチアの素朴画の不思議」(イェラチッチ広場12番)は、クロアチアの素朴画の名作や、新世代アーティストの作品を展示している。近代ギャラリー(Hebrangova通り1番)は19世紀から20世紀のすべての美術家で構成されている。
その他の文化施設とイベント [編集]
ザグレブには豊かな文化的、芸術的娯楽がある。およそ20の常設または臨時の劇場や舞台がある。中でも1895年に建てられたクロアチア国立劇場は最も印象的な建物である。最も有名なコンサートホールはクロアチア初のオペラ作家にちなんで「Vatroslav Lisinski」と呼ばれている。
ザグレブでは多くの国内、国際的なイベントが開かれている。世界アニメ映画祭アニマフェストは2年に1回(偶数年)開催されている。アバンギャルド音楽の国際フェスティバルである音楽ビエンナーレは2年に1回(奇数年)に開催されている。ザグレブ交響楽フェスティバル、有名な花卉博覧会フロラアート(5月末から6月はじめ)、オールドタイマー・ラリー、現代舞踊週間、Eurokaz、国際現代劇祭(6月)は、毎年開催されている。
夏には劇団パフォーマンスと、コンサートが、主にアッパータウンの屋内および屋外で行われる。Opatovinaの舞台は、ザグレブ・ヒストリオニック・サマーを開催する。
また、ザグレブではザグレブフェスト、最古のクロアチアポップミュージックフェスティバル、およびいくつかの伝統的な国際スポーツイベントやトーナメントが開催される。ザグレブ市の日(11月16日)には、特に市の南西部にあるJarun湖で、特別な祭事が行われる。また、ディスコ、ナイトクラブ、カジノなどでも娯楽が提供されている。
一方で、旧ユーゴスラビアから独立した国の首都では最も文化的と揶揄されるが、無許可営業のナイトクラブから発生する騒音に悩まされる住民も多い。また、ユーゴスラビア時代には取り締まりの対象となったアパートや店舗への落書きも近年急激に増えているが、こちらも法整備がされていない。
土産品と食事 [編集]
多くの店、ブティック、商店およびショッピングセンターでさまざまなものが提供されている。世界的に有名なザグレブのおみやげは、80年以上前にザグレブ出身のSlavoljub Penkalaが発明したボールペンや、ネクタイがある。ネクタイは、17世紀の三十年戦争からフランス革命に至るヨーロッパの戦線で、首に特徴的なスカーフを着けて戦ったクロアチアの騎兵にちなんだ名前を持っている(フランス語ではクラヴァットcravateという)。また、ザグレブの名産品としては、高品質の水晶、磁器、陶器、ヤナギ細工や藁細工のおしゃれなバスケット、最高品質のクロアチアワインや料理がある。
ザグレブにはクロアチア料理を提供する多くのレストランがある。シチメンチョウ、カモまたはガチョウのムリンチ(パスタの一種)添え、シュトラクリ(カッテージチーズのシュトルーデル)、カッテージチーズとクリーム、伝統的なナッツケーキなどがある。またザグレブは比較的海に近いので、レストランで新鮮なシーフードも食べることもできる。これらの本格的なレストランとは別に、市内にはファーストフード店やピッツァスタンドもある。カフェも数多くあるが食事は供さない。
スポーツ [編集]
ザグレブには幾つかのスポーツおよびレクリエーションセンターがある。レクリエーションスポーツセンターJarunは、市の南西のJarun湖畔にあり、すばらしい小石だらけのビーチ、世界級のレガッタコース、湖を一周するジョギングコース、幾つかのレストランとひとつのディスコを有する。スポーツ施設としては水泳、日光浴、水上スキー、魚釣り、その他ウォータースポーツが楽しめる。また、ビーチバレー、バレーボール、ハンドボール、サッカー、陸上ホッケーのコートもある。屋内バレーボール場は公園内にある。
スポーツレクリエーションセンターSalataは、市の中心部から数百メートルの距離にあり、テニスプレイヤーにとっては最も魅力的な場所である。1面の大きなテニスコートと、8面の小さなものがあり、そのうち2面はいわゆる陽圧ドーム屋根付き、別の2面は照明付きである。このセンターには水泳プール、バスケットボールコート、野球場、ジムとフィットネスセンター、4レーンのボウリング場もある。Salataでは野外のアイススケートは人気のある冬の娯楽である。センター内およびセンター周辺にはいくつかの素敵なレストランがある。
テニスセンターMaksimirは、市中央部の東に位置するRavniceと呼ばれる区域にあり、二つのスポーツブロックから成る。一方はコート4面の大型屋内テニス場から成る。また22面の照明付き屋外テニスコートを有する。もう一方は多目的スポーツ施設である。テニスコートを別にすると、ハンドボール、バスケットボール、屋内サッカー場、また、陸上競技場、ボッチボールのレーン、および卓球場を有する。
水泳が趣味の人は、Daniciceva通りの小型屋内水泳プール、またはNovi Zagrebに新しくオープンしたUtrineスポーツセンターにあるオリンピックサイズの屋内プールが楽しめるだろう。スケーターならTrg Sportova(スポーツ広場)のスケートリンク、またはJarun湖スケーター公園でスケートが出来る。ザグレブ馬術競技場では乗馬が出来るし、また冬以外では毎週末に競馬が行われている。
また、小規模なスポーツセンター、公園、ジム、フィットネスセンターは市内全域に存在する。
その他 [編集]
- ザグレブに拠点を置くサッカークラブはNKディナモ・ザグレブ(ホームスタジアムはMaksimir)と、NKザグレブ(ホームスタジアムはKranjceviceva通りにある)。
- ザグレブは、映画会社ザグレブフィルムの所在地でもある。
- 007映画「ロシアより愛をこめて」の劇中、オリエント急行の停車駅として登場し、ザグレブ駅構内でドラマが繰り広げられる。
姉妹都市 [編集]
ザグレブは以下の都市と公式に姉妹都市関係を結んでいる:
脚注 [編集]
- ^ http://www.dzs.hr/Eng/censuses/census2011/htm/e11_RH.html
- ^ a b c “Climate - Monthly values”. Croatian Meteorological and Hydrological Service. 2011年1月20日閲覧。
- ^ “Zagreb Climate Data”. 2006年7月2日閲覧。
- ^ “World Weather Information Service”. UN. 2010年5月1日閲覧。
- ^ “Population by ethnicity, by towns/municipalities”. Census 2001. Croatian Bureau of Statistics. 2011年1月20日閲覧。
- ^ “About Zagreb Economy”. 2006年7月2日閲覧。
- ^ “Velike razlike u BDP-u: Zagreb najrazvijeniji” (Croatian). Javno.hr (2008年2月22日). 2008年11月9日閲覧。
- ^ a b “Gospodarstvo Grada Zagreba i Zagrebačke županije (PDF)” (Croatian). Croatian Chamber of Economy (2007年12月11日). 2008年11月11日閲覧。 [リンク切れ]
- ^ (クロアチア語) “Prosječna zagrebačka neto plaća za srpanj 6.228 kuna” (Croatian). Suvremena.hr (2008年9月26日). 2008年10月9日閲覧。
- ^ “City of zagreb 2006”. City of Zagreb, Statistics Department. 2008年1月25日閲覧。
- ^ (クロアチア語) “Economic Profile of Zagreb Chamber of Commerce”. Croatian Chamber of Commerce, Zagreb Chamber of Commerce. 2008年1月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月25日閲覧。
- ^ "Zagreb's facts and details".
- ^ "Legend about Zagreb". Croatian National Tourist Board. Retrieved on 2008-11-12.
- ^ "The Iranian origin of the Croats"
- ^ “Zagreb 19th to 20th century history”. 2007年1月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2006年7月2日閲覧。
- ^ “Na Laništu gradnja iznad 9 katova” (Croatian). Javno.hr (2007年6月21日). 2009年9月21日閲覧。
- ^ “About Zagreb Administration”. 2006年7月2日閲覧。
- ^ “City of Zagreb - Population by districts”. Census 2001. Croatian Bureau of Statistics. 2011年1月20日閲覧。
- ^ “From Zagreb to Rijeka in an hour”. Product of Croatia (2008年10月22日). 2008年11月11日閲覧。
- ^ “South East Europe Core Regional Transport Network Development Plan”. South-East Europe Transport Observatory (2006年5月). 2008年11月13日閲覧。
- ^ “Project appraisal document on a proposed loan to the Republic of Croatia (PDF)”. The World Bank (2000年9月27日). 2008年11月13日閲覧。
- ^ ZET Funicular--2010年5月15日閲覧
- ^ “Predstavljen 71. niskopodni tramvaj” (Croatian). Zagrebački električni tramvaj (ZET) (2007年12月27日). 2007年12月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年1月8日閲覧。
- ^ Vojković, Ana Marija (2008年8月1日). “Zagreb kupuje 18 vlakova za brži prigradski promet” (Croatian). 24 sata. 2008年12月8日閲覧。
- ^ “Uskoro Samoborček i novi prigradski vlakovi” (Croatian) (PDF, 134 KB). Zagrebački komunalni vjesnik (№ 362): 11. (2007-11-28). ISSN 1845-4968 2008年7月31日閲覧。.
- ^ Pupačić, Tomislav (2004年9月20日). “Nagibni vlakovi više nisu nagibni” (Croatian). Vjesnik. 2008年11月13日閲覧。
- ^ “Zagreb International Airport terminal”. 2006年7月2日閲覧。
- ^ “Zagreb Airport - History” (Croatian). 2008年8月1日時点のオリジナルよりアーカイブ。2008年10月2日閲覧。
- ^ ザグレブ-現代美術館がオープン--クロアチア政府観光局--2010年5月16日閲覧
外部リンク [編集]
- ザグレブ市公式サイト (クロアチア語)(英語)
- ザグレブ観光局 (クロアチア語)(英語)
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