15世紀
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| 千年紀: | 2千年紀 |
|---|---|
| 世紀: | 14世紀 - 15世紀 - 16世紀 |
| 10年紀: | 1400年代 1410年代 1420年代 1430年代 1440年代 1450年代 1460年代 1470年代 1480年代 1490年代 |
大航海時代 新世界を発見したコロンブス
15世紀(じゅうごせいき)とは、西暦1401年から西暦1500年までの100年間を指す。
目次 |
[編集] 15世紀の歴史
[編集] 世界
ヨーロッパでは1453年、オスマン帝国により東ローマ帝国が滅ぼされ、古代から続いてきたローマ帝国は完全に滅亡した(これを以て、「中世の終わり」とする場合がある)。オスマン帝国の勢力が拡大し地中海の交易を支配すると、15世紀中頃から新たな交易ルートの開拓を目指して、ポルトガル・スペインを中心に航海ブームが起き、大航海時代に突入した。1492年、クリストファー・コロンブスがアメリカ大陸に到達すると大きな転機となり、ヨーロッパ諸国は凌ぎを削って新大陸への進出を開始することとなる。
また、イタリアで始まった文化、哲学、科学、芸術などにおけるルネサンスが、アルプス以北の西ヨーロッパ諸国にも波及する(北方ルネサンス)。
[編集] 日本
室町時代の中期にあたる。応仁の乱(1467年)、または明応の政変(1493年)以後は戦国時代に区分される場合もある。戦国時代には室町幕府権力の著しい低下、幕府と守護の体制の崩壊などにより、戦国大名の乱立が起き全国動乱の時代に突入した。この動乱は約1世紀に渡り続くことになる。
[編集] できごと
- 1401年
- 1402年
- 1403年 - 明が首都・北平を北京と改名。
- 1404年 - 冊封使が初めて琉球へ来琉。日明貿易(勘合貿易)始まる。
- 1405年 - 明の成祖永楽帝、鄭和を南海遠征に派遣( - 1433年)。
- 1406年
- 1407年 - フランスにてオルレアン公ルイがブルゴーニュ公ジャン(無畏公)の配下によって暗殺される。
- 1408年 - 足利義満死去。
- 1410年 - グルンヴァルド(タンネンベルク)の戦い、ポーランド王国がドイツ騎士団を破る。
- 1410年 - 周文、「芭蕉夜雨図」。
- 1411年 - 明使の入京拒否による国交断絶( - 1432年)
- 1412年 - 後小松天皇が譲位し、第101代称光天皇が即位。
- 1414年 - コンスタンツ公会議( - 1418年)
- 1419年 - 応永の外寇。
- 1421年 - 明の永楽帝、首都を南京から北京に遷す。
- 1423年 - 足利義量が室町幕府第5代将軍となる。
- 1424年 - 明の洪熙帝が第4代皇帝に即位。
- 1425年 - 明の宣徳帝が第5代皇帝に即位。
- 1428年
- 1429年 - 足利義教が室町幕府第6代将軍となる。
- 1431年 - バーゼル公会議。
- 1431年 - アゾレス諸島発見。
- 1434年 - コジモ・デ・メディチ、フィレンツェにおける支配権を確立( - 1494年)。
- 1435年
- 1437年 - フェラーラ公会議。
- 1438年 - パチャクテク即位によってインカ帝国は国家として再編する。
- 1439年
- 1441年 - 嘉吉の乱
- 1442年 - 足利義勝が室町幕府第7代将軍となる。
- 1449年
- 1453年
- オスマン帝国がコンスタンティノポリスを陥落させ、東ローマ帝国滅亡。
- 英仏百年戦争が終結。
- 1454年
- 1455年
- 1457年 - 明の英宗天順帝が第8代皇帝に重祚。
- 1464年
- 1467年 - 応仁の乱(-1477年)。室町幕府が衰退し、戦国時代へ。
- 1473年 - 足利義尚が室町幕府第9代将軍となる。
- 1474年 - 越前一向一揆
- 1476年 - 青松寺開創
- 1479年 - スペイン王国成立。オロモウツの和約、ハプスブルク家、オーストリアの支配権を失う(1479年 - 1490年)。
- 1480年
- 1485年
- 1487年 - 明の弘治帝が第10代皇帝に即位。
- 1488年 - 加賀一向一揆
- 1490年 - 足利義材が室町幕府第10代将軍となる。
- 1492年 - ナスル朝が滅亡しレコンキスタ完了。クリストファー・コロンブスがカリブ海の島々に航海。
- 1493年 - 明応の政変によって足利義材が将軍職から追放される(日本の戦国時代の幕開けとされる)。
- 1494年
- 1498年 - 南アメリカ大陸発見。ヴァスコ・ダ・ガマがインドまで航海。
- 1500年
[編集] 人物
[編集] キリスト教世界
- ヴワディスワフ2世(1351年 - 1434年) - ヤギェウォ朝の君主・タンネンベルクの戦いでドイツ騎士団に勝利
- ピエール・ダイイ(1351年 - 1420年) - 枢機卿・パリ大学総長・コンスタンツ公会議で主導的な役割を果たす
- ファン・エイク兄弟(兄フーベルト(1366年頃 - 1426年)、弟ヤン(1395年頃 - 1441年)) - 初期フランドル派の画家で油彩技法を大成
- ジギスムント(1368年 - 1437年) - ルクセンブルク家の神聖ローマ皇帝(在位1410年 - 1437年)・コンスタンツ公会議を招集
- マルティヌス5世(1368年 - 1431年) - ローマ教皇(在位1417年 - 1431年)・コンスタンツ公会議で選出され教会大分裂は終結
- ヤン・フス(1369年 - 1415年) - ボヘミアのカレル大学学長・宗教改革の先駆者とされる・コンスタンツ公会議で火刑に処される
- フィリッポ・ブルネッレスキ(1377年 - 1436年) - 建築家・ルネサンス様式のフィレンツェ大聖堂(花の聖マリア大聖堂)を建立
- トマス・ア・ケンピス(1380年 - 1471年) - ドイツ生まれの神秘思想家・聖書に次いで読まれた『キリストに倣いて』の著者
- コジモ・デ・メディチ(1389年 - 1464年) - フィレンツェの銀行家・メディチ家のフィレンツェ支配を確立
- エンリケ航海王子(1394年 - 1460年) - ポルトガル王ジョアン1世の王子・航海者の育成を支援し大航海時代を準備する
- フィリップ3世(善良公)(1396年 - 1467年) - ブルゴーニュ公・百年戦争でイングランド側に接近・北方ルネサンスのパトロン
- ギヨーム・デュファイ(1397年 - 1474年) - ブルゴーニュ楽派の作曲家
- トスカネリ(1397年 - 1482年) - フィレンツェの地理学者・数学者・天文学者・地球球体説を唱えコロンブスに影響
- ヨハネス・グーテンベルク(1398年頃 - 1468年) - ドイツのマインツ出身の金属加工職人・活版印刷術を発明
- ヨハンネス・ベッサリオン(1399年? - 1472年) - 東ローマ帝国から亡命した人文主義者・正教会からカトリックに転じ枢機卿となる
- ニコラウス・クザーヌス(1401年 - 1464年) - ドイツの枢機卿・神学者・哲学者・フィレンツェ公会議で教会合同を推進
- シャルル7世(勝利王)(1403年 - 1461年) - ヴァロワ朝フランスの第5代国王(在位1422年 - 1461年)・百年戦争で最終的に勝利
- ピウス2世(1405年 - 1464年) - ローマ教皇(在位1458年 - 1464年)・もとは人文主義者・オスマン朝に対する十字軍提唱
- コンスタンティノス11世(1409年 - 1453年) - 東ローマ帝国最後の皇帝(在位1448年 - 1453年)
- ジャンヌ・ダルク(1412年 - 1431年) - フランスの農民の娘・「オルレアンの乙女」・百年戦争でフランス軍を鼓舞・魔女裁判で火刑
- フリードリヒ3世(1415年 - 1493年) - ハプスブルク家の神聖ローマ皇帝(在位1452年 - 1493年)・帝位を世襲化
- ヴラド・ツェペシュ(1431年 - 1476年) - ルーマニアのワラキア公・通称ドラキュラ公または串刺し公・トルコから国を救った英雄
- マルシリオ・フィチーノ(1433年 - 1499年) - フィレンツェの人文主義者・哲学者・神学者・プラトンの著作を翻訳
- イヴァン3世(1440年 - 1505年) - モスクワ大公(在位1462年 - 1505年)・ゾイ・パレオロギナと結婚し「ツァーリ」の称号を用いる
- エドワード4世(1442年 - 1483年) - イングランド王でヨーク朝の祖(在位1461年 - 1483年)・ヘンリー6世を退位させる
- マーチャーシュ1世(正義王)(1443年 - 1490年) - ハンガリー王(在位1458年 - 1490年)・ルネサンス文化をハンガリーに広げる
- サンドロ・ボッティチェッリ(1445年? - 1510年) - フィレンツェ出身の画家でルネサンスを代表する「春」「ヴィーナスの誕生」を描く
- ロレンツォ・デ・メディチ(イル・マニフィコ)(1449年 - 1492年) - フィレンツェの銀行家・コジモの孫・事実上のフィレンツェの僭主
- バルトロメウ・ディアス(1450年頃 - 1500年) - ポルトガルの航海者でヨーロッパ人として初めて喜望峰に到達した
- イサベル1世(1451年 - 1504年) - トラスタマラ家のカスティーリャ女王(在位1474年 - 1504年)・夫フェルナンドとの結婚でスペイン王国成立
- クリストファー・コロンブス(1451年頃 - 1506年) - ジェノヴァ出身の探検家・スペイン王の支援でいわゆる「アメリカ大陸を発見」
- ジロラモ・サヴォナローラ(1452年 - 1498年) - フィレンツェの修道院長・メディチ家が失脚してフィレンツェを支配・火刑に処される
- リチャード3世(1452年 - 1485年) - イングランド王(在位1483年 - 1485年)・ヘンリー7世に敗北
- フェルナンド2世(1452年 - 1516年) - トラスタマラ家のアラゴン王(在位1479年 - 1516年)・妻イサベルとの結婚でスペイン王国成立
- レオナルド・ダ・ヴィンチ(1452年 - 1519年) - 画家・彫刻家・建築家など「万能の天才」・「モナリザ」他がある
- ジョアン2世(無欠王)(1455年 - 1495年) - アヴィシュ朝のポルトガル王(在位1481年 -1495年)・ポルトガル最盛期の王
- ヘンリー7世(1457年 - 1509年) - イングランド王(在位1485年 - 1509年)・薔薇戦争に勝利しテューダー朝を開く
- ピコ・デラ・ミランドラ(1463年 - 1494年) - メディチ家のプラトン・アカデミーの中心人物・『人間の尊厳について』を著す
- エリザベス・オブ・ヨーク(1466年 - 1503年) - エドワード4世の娘でヘンリー7世の妻・ランカスター家とヨーク家を結びつける
- ヴァスコ・ダ・ガマ(1469年頃 - 1524年) - ポルトガルの航海者で・探検家・喜望峰を経てインド洋からインド(カリカット)に到着
- シャルル8世(温厚王)(1470年 - 1498年) - ヴァロワ朝第7代のフランス王(在位1483年 - 1498年)・イタリア戦争を始める
- ニコラウス・コペルニクス(1473年 - 1543年) - ポーランドの天文学者・『天球回転論』で天動説を唱える
- ミケランジェロ(1475年 - 1564年) - 画家・彫刻家・「ダヴィデ像」「ピエタ」・「最後の審判」などの作品で知られる
[編集] イスラム世界
- ティムール(1336年 - 1405年) - 中央アジアの征服者でティムール朝の建設者(在位1370年 - 1405年)・アンカラの戦いで勝利
- ルイ・ゴンザレス・クラビホ(? - 1412年) - カスティリャ王エンリケ3世がティムール朝へ派遣した外交官・『ティムール帝国紀行』を残す
- ヒズル・ハーン(? - 1421年) - サイイド朝の初代君主(在位1414年 - 1421年)・もともとはティムール朝に仕えた軍人
- カラ・ユースフ(? - 1420年)- アナトリアの黒羊朝(カラ・コユンル朝)の第3代君主(在位1389年/1390年 - 1400年、1406年 - 1420年)
- カラ・ユルク・オスマン(? - 1435年) - アナトリアの白羊朝(アク・コユンル朝)の初代君主(在位1378年 - 1435年)
- シャー・ルフ(1377年 - 1447年) - ティムール朝の第3代君主(在位1409年 - 1447年)・サマルカンドからヘラートに都を遷す
- ハーフェズ・アブルー(? - 1430年) - ティムール朝のシャー・ルフに命じられ『歴史集成』を撰述
- アシュラフ・バルスバーイ(? - 1438年) - マムルーク朝のスルタン(在位1422年 - 1438年)・マムルーク朝の中興の祖
- ウルグ・ベク(1394年 - 1449年) - ティムール朝の第4代君主(在位1447年 - 1449年)・天文学者・歴史家としても知られる
- ムラト2世(1404年 - 1451年) - オスマン朝の第6代スルタン(在位1421年 - 1444年、1446年 - 1451年)・ヴァルナの戦いで勝利
- アブー・サイード(1424年 - 1469年) - ティムール朝の第7代君主(在位1451年 - 1469年)・ティムール朝再統一・バーブルの祖父
- メフメト2世(1432年 - 1481年) - オスマン朝のスルタン(在位1451年 - 1481年)・東ローマ帝国を滅ぼす
- バフロール・ロディー(? - 1489年) - ロディー朝の初代君主(在位1451年 - 1489年)・アフガン系ロディー族のサルダール(指導者)
- ミールホーンド(1433年 - 1498年) - ティムール朝の歴史家・天地創造からティムール朝までの歴史書『清浄の園』を著す
- スルタン・フサイン(1438年 - 1506年) - ティムール朝ヘラート政権の初代君主(在位1470年 - 1506年)・最盛期の君主
- ボアブディル(ムハンマド12世)(1460年? - 1527年) - ナスル朝(グラナダ王国)の最後の君主(在位1482年 - 1492年)
[編集] 南アジア・東南アジア
- パラメスワラ(? - 1414年) - マラッカ王国の初代国王(在位1402年 - 1414年)・もとはシュリーヴィジャヤ王国の王子
- ボーロマトライローカナート(1431年 - 1488年) - タイのアユタヤ朝の国王(在位1448年 - 1488年)・サックディナー制度を完成させる
[編集] 中国と周辺国家
- 永楽帝(1360年 - 1424年) - 明の第3代皇帝(成祖)(在位1402年 - 1424年)・靖難の変に勝利し北京に都を遷す
- 楊士奇(1365年 - 1444年) - 明の政治家・洪熙帝と宣徳帝の治世(仁宣の治)を支えた「三楊」の一人(他に楊栄・楊溥)
- 鄭和(1371年 - 1434年) - 明の武将・宦官(太監)・永楽帝の命で南海大遠征を指揮する
- 宋希璟(1376年 - 1446年) - 李氏朝鮮の官僚・応永の外寇の処理のため派遣され来日・『老松堂日本行録』がある
- 黎利(1385年 - 1433年) - ベトナム(大越国)の後黎朝の初代皇帝(太祖)(在位1428年 - 1433年)・明から独立を果たす
- 世宗(大王)(1397年 - 1450年) - 李氏朝鮮の第4代国王(在位1418年 - 1450年)・ハングル(訓民正音)を制定する
- 宣徳帝(1398年 - 1435年) - 明の第5代皇帝(在位1425年 - 1435年)・その治世が仁宣の治・鄭和の最後の南海大遠征を派遣
- 于謙(1398年 - 1457年) - 明の政治家・土木の変で正統帝が捕虜になると弟の景泰帝を擁立し北京に迫ったオイラト軍を撃退
- 王振(? - 1449年) - 明の宦官・正統帝の教育係としてオイラト遠征を勧め土木の変にて戦死する
- 鄧茂七(? - 1449年) - 明の農民反乱指導者・曹吉祥の軍に鎮圧される
- エセン・ハーン(? - 1454年) - オイラト部の部族長・土木の変で明の正統帝を捕虜とする・後にハーンとなるが反対が多く殺される
- 李賢(1408年 - 1466年) - 明の政治家・奪門の変で権勢を振るった石亨や曹吉祥を倒し天順帝の信任を得る
- 申叔舟(1417年 - 1475年) - 李氏朝鮮の官僚・来日した記録に『海東諸国紀』がある
- 正統・天順帝(1427年 - 1464年) - 明の第6代・第8代皇帝(英宗)(在位1435年 - 1449年、1457年 - 1464年)
- 沈周(1427年 - 1509年) - 明の文人・画家で呉派の中心人物・唐寅や祝允明や文徴明らは弟子
- 万貴妃(1430年 - 1487年) - 明の第9代皇帝成化帝の寵姫・後宮を支配し皇帝の後継者問題に容喙した
- ダヤン・ハーン(1464年 - 1524年) - モンゴルのハーン・長らく分裂状態にあったモンゴル諸部を再統一
[編集] 日本の主要人物
- 満済(1378年 - 1435年) - 真言宗の僧・醍醐寺中興の祖・准后として将軍足利義教の選出に尽力
- 赤松満祐(1381年? - 1441年) - 守護大名・嘉吉の乱で将軍足利義教を暗殺
- 足利義持(1386年 - 1428年) - 室町幕府第4代将軍(在位1394年 - 1423年)・父の足利義満の政策を否定
- 善阿弥(1386年? - 1482年?) - 庭師・河原者という身分ながら将軍足利義政に重用される・花の御所庭園などを造営
- 足利義教(1394年 - 1441年) - 室町幕府第6代将軍(在任1429年 - 1441年)・「万人恐怖」と呼ばれる強権政治を行う
- 一休宗純(1394年 - 1481年) - 臨済宗大徳寺派の禅僧・漢詩人として『狂雲集』がある・一休さんの頓知話でも知られる
- 足利持氏(1398年 - 1439年) - 室町幕府の鎌倉公方・永享の乱で室町将軍と対立し滅ぼされる
- 周文(生没年不詳) - 水墨画家・禅僧・「水色巒光図」「竹斎読書図」が残る
- 如拙(生没年不詳) - 水墨画家・禅僧・将軍足利義持の命で書いた「瓢鮎図」が残る
- 一条兼良(1402年 - 1481年) - 公卿・摂政・関白・古典学者で『花鳥余情』などの著者
- 山名宗全(1404年 - 1473年) - 守護大名・応仁の乱では西軍の総大将を務める
- 足利義量(1407年 - 1425年) - 室町幕府第5代将軍(在任1423年 - 1425年)
- 上杉憲実(1410年? - 1466年?) - 室町時代中期の武将・関東管領・鎌倉公方足利持氏と対立・足利学校を再興
- 蓮如(1415年 - 1499年) - 本願寺第8世・北陸地方で信者を開拓し一向一揆を指導する
- 雪舟等楊(1420年 - 1506年?) - 水墨画家・禅僧・渡明して技法を学ぶ・「秋冬山水図」や「天橋立図」で知られる
- 宗祇(1421年 - 1502年) - 連歌師・東常縁より古今伝授を受ける・『新撰菟玖波集』を撰集
- 村田珠光(1422年/1423年 - 1502年) - 茶人・一休に参禅・唐物を賞玩する茶を否定しわび茶を創始
- 朝倉孝景(1428年 - 1481年) - 守護大名・斯波義廉と組んで応仁の乱では西軍に参加するが後に裏切る
- 細川勝元(1430年 - 1473年) - 室町幕府管領・守護大名・応仁の乱では東軍の総大将を務める
- 骨皮道賢(? - 1468年) - 応仁の乱では細川勝元の東軍に参加・足軽大将として略奪放火を繰り返し乱の被害を拡大させる
- 太田道灌(1432年 - 1486年) - 武将・関東管領上杉氏の一族(扇谷上杉家)の家宰・江戸城を築く
- 足利義勝(1434年 - 1443年) - 室町幕府第7代将軍(在任1442年 - 1443年)
- 狩野正信(1434年? - 1530年?) - 室町幕府御用絵師・狩野派の祖・「周茂叔愛蓮図」などがある
- 斯波義敏(1435年 - 1508年) - 守護大名・武衛騒動の後に応仁の乱では東軍に参加
- 足利義政(1436年 - 1490年) - 室町幕府第8代将軍(在任1449年 - 1473年)・東山文化を代表する慈照寺銀閣を建てる
- 足利義視(1439年 - 1491年) - 足利義政の弟で将軍候補の一人・後に子の足利義稙が10代将軍となる
- 日野富子(1440年 - 1496年) - 足利義政の正室・将軍後継をめぐり実子の足利義尚を推し応仁の乱の原因をなす
- 大内政弘(1446年 - 1495年) - 守護大名・応仁の乱には西軍側の参加し乱の動向を左右する・本拠地山口で大内文化を育む
- 三条西実隆(1455年 - 1537年) - 公卿・内大臣・宗祇から古今伝授を受ける・『実隆公記』を残す
- 足利義尚(1465年 - 1489年) - 室町幕府第9代将軍(在任1473年 - 1489年)・六角征伐の鈎の陣で病没
- 足利義稙(1466年 - 1523年) - 室町幕府第10代将軍(在任1490年 - 1493年、1508年 - 1521年)・通称「流れ公方」
- 足利義澄(1480年 - 1511年) - 室町幕府第11代将軍(在任1493年 - 1508年)