ユーヤイヤコ

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ユーヤイヤコ
Llullaillaco.jpg
2002年撮影
標高 6,723 m
所在地 チリの旗 チリアルゼンチンの旗 アルゼンチン国境
位置 南緯24度43分12秒 西経68度32分12秒 / 南緯24.72000度 西経68.53667度 / -24.72000; -68.53667座標: 南緯24度43分12秒 西経68度32分12秒 / 南緯24.72000度 西経68.53667度 / -24.72000; -68.53667
山系 アンデス山脈
種類 成層火山
最新噴火 1877年
ユーヤイヤコの位置(チリ内)
ユーヤイヤコ
ユーヤイヤコ
ユーヤイヤコの位置(チリ
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ユーヤイヤコ(Llullaillaco)とは、アルゼンチンサルタ州)とチリの国境に位置する標高6723m[1]成層火山ジュージャイジャコとも[1]アタカマ砂漠に広がる乾燥地帯アタカマ高原(プーナ・デ・アタカマ)[1]にあり、アンデス山脈では7番目に高いでもある[2]。広大な岩屑地帯に囲まれており、標高が高く寒冷な割には[1]、極めて乾燥しているため氷河は一切存在しない。山体は氷期の氷河によって浅い氷食谷が放射状に刻まれ、万年雪が山頂の極一部に見られるのみである[3]。当該地域の雪線は約6500mと世界最高を誇り、ヒマラヤ山脈よりも1000m程度、コロンビア及びエクアドルに連なるアンデス山脈よりも2000m程度それぞれ高い[3]

山の名は、「濁水」を意味するアイマラ語(llulla=「濁った」、yacu=「水」)に由来するとも、「偽りの(乃至は当てにならない)水」を意味するケチュア語(Lullac=「偽りの(乃至は当てにならない)」、yacu=「水」)に起源を有するとも言われる。先コロンブス期にはインカ人が登攀[4]。山頂からの出土品が、人間の存在を示す世界最高レベルの証拠である事が、19世紀末以前より世界的に知られていた。1952年12月1日ビオン・ゴンサレスフアン・アルセイムが初登頂に成功。

登山ルート[編集]

標高の高さから多大なる困難が伴うものの、特殊な登山技術を要さない登山ルートが複数存在。殆どが残雪地帯を通るため、アイゼンピッケルが必須である。なお、ビーグル紛争期(1978年 - 1982年[5]地雷が設置されており、チリ側から登攀する際は注意を要する。

考古学[編集]

山頂の遺構

アメリカ考古学ヨハン・ラインハルト1983年から1985年にかけて、山頂やその付近で3箇所の遺構を調査。

1999年には、ラインハルトとアルゼンチンの考古学者コンスタンサ・チェルティ率いる、アルゼンチン・ペルー合同遠征隊が、山頂にて約500年以上前のものと見られる、人身御供とされたインカ人の子ども3体のミイラを発見[6]。非常に保存状態が良好であった[7]スペイン宣教師が執筆した当時の文献によると、子ども3名がインカ帝国の弥栄を讃える、「カパコチャ」と呼ばれる生贄儀式に参加していたという。

3体は「ラ・ドンチェラ」(「乙女」の意)と渾名された15歳の少女、7歳の男児、そして「ラ・ニーニャ・デル・ラヨ」(「輝ける少女」の意)と渾名された6歳の女児であった。後者のニックネームが付けられたのは、発見時に遺体や身に付けていた儀式用の工芸品に数度落雷し、一部が燃えていたためである。その後、サルタ州の考古学博物館に展示[8]

2013年に行われた、これらのミイラに関する生物学的分析によると、人身御供となる前年にコカアルコールを摂取していたなど、特異な生活様式や食生活が明らかになったという[9]

「ラ・ドンチェラ」[編集]

調査中のラ・ドンチェラ

壮麗な頭飾りを付けていたため、「アクヤ」(「太陽処女」の意)ではないかとされる。つまり、王家の僧、そして生贄となるであろう他の少女や女性と共になるべく選ばれ、生贄として捧げられたという事である。また茶色い服を着ており、複数の塑像と共に埋葬頭髪は丹念に編み込まれており、精神的ストレスからか白髪が数本あった。3体は人身御供として山に遺棄される前、コカののみならず、トウモロコシから造られたビールであるチチャを服用[10]

男児のミイラ[編集]

男児のミイラの顔

男児の服の一部には、血液が混じった吐瀉物が付着している事から、肺水腫に罹患しており、窒息死したものと見られる。唯一で括られ、肋骨が折れ骨盤脱臼する程、服がきついものであった[11]

輝ける少女[編集]

死後数回が直撃。額には金属付きの頭飾りを装着。チチカカ湖クスコ周辺で造られたと共に埋葬されていた事から、長距離を移動していたのが分かる。3体のうち唯一仰向けの状態で発見された。

地質[編集]

パラネル天文台とユーヤイヤコ間の距離は200km

火山の形成史においては、重要な地質学上の変容を経験。現在の元となるユーヤイヤコIは更新世にまで遡る。溶岩流が長さ20kmにわたり、山を2箇所侵食したものと見られる。

その上にはユーヤイヤコⅡと呼ばれる、氷河期以降現在も火山活動が続く山が形成。完新世の溶岩流が見られたのはこの時期である。溶岩流は火山の南北に広がり、このうち南の溶岩流の1つが3kmに及んだ。

この他に極めて顕著な溶岩流は、約15万年前にユーヤイヤコIの部分崩壊によって引き起こされたもので、東のアルゼンチン側へと拡大。17km先のチェロ・ロサド成層火山付近で分岐し、サラール・デル・ユーヤイヤコにまで到達する。この堆積物は十分に解明されていない。

なお、1854年1868年、そして1877年噴火の記録が残されており、外見が極めて黒いため、周辺では最も新しい溶岩流を引き起こしたとされる。

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d ユーヤイヤコ山コトバンク
  2. ^ Andes 6000m peak list
  3. ^ a b Clapperton, Chalmers M.; “The quaternary glaciation of Chile: a review” in Revista Chilena de Historia Natural, 1994
  4. ^ Ricker, John F.; Yuraq Janka: Cordilleras Blanca and Rosko; p. 4. ISBN 093041005X
  5. ^ Main, Douglas (2012年6月20日). “Extreme Microbes Found Near Mummy Burial Site”. OurAmazingPlanet. 2013年3月1日閲覧。
  6. ^ Secretaría de Cultura de Salta Argentina – MISSION AND ORIGINS. Maam.culturasalta.gov.ar (2007-12-16). Retrieved on 2010-12-14.
  7. ^ ナショジオピープル ヨハン・ラインハルト(Johan Reinhardt)ナショナルジオグラフィック公式サイト
  8. ^ Grady, Denise (2007年9月11日). “In Argentina, a Museum Unveils a Long-Frozen Maiden”. The New York Times. http://www.nytimes.com/2007/09/11/science/11mummu.html 2007年9月11日閲覧。 
  9. ^ A. S. Wilson, E. L. Brown, C. Villa, N. Lynnerup, A. Healey, M. C. Ceruti, J. Reinhard, C. H. Previgliano, F. A. Araoz, J. Gonzalez Diez, T. Taylor. Archaeological, radiological, and biological evidence offer insight into Inca child sacrifice.Proceedings of the National Academy of Sciences, 2013; DOI: 10.1073/pnas.1305117110
  10. ^ Secretaría de Cultura de Salta Argentina – ORIGEN Y MISION. Maam.org.ar (2007-12-16). Retrieved on 2010-12-14.
  11. ^ Child mummies yield 'grim' evidence. Metro.co.uk (2007-10-02). Retrieved on 2010-12-14.

参考文献[編集]

  • Reinhard, Johan: The Ice Maiden: Inca Mummies, Mountain Gods, and Sacred Sites in the Andes. National Geographic Society, Washington, D.C., 2005.
  • Reinhard, Johan and Ceruti, María Constanza: "Inca Rituals and Sacred Mountains: A Study of the World's Highest Archaeological Sites" Los Angeles: UCLA, 2010.
  • Reinhard, Johan and Ceruti, María Constanza: Investigaciones arqueológicas en el Volcán Llullaillaco: Complejo ceremonial incaico de alta montaña. Salta: EUCASA, 2000.
  • Reinhard, Johan and Ceruti, María Constanza: "Sacred Mountains, Ceremonial Sites and Human Sacrifice Among the Incas." Archaeoastronomy 19: 1–43, 2006.
  • Ceruti, María Constanza: Llullaillaco: Sacrificios y Ofrendas en un Santuario Inca de Alta Montaña. Salta: EUCASA, 2003.
  • Reinhard, Johan: "Llullaillaco: An Investigation of the World's Highest Archaeological Site." Latin American Indian Literatures Journal 9(1): 31–54, 1993.
  • Beorchia, Antonio: "El cementerio indígena del volcán Llullaillaco." Revista del Centro de Investigaciones Arqueológicas de Alta Montaña 2: 36–42, 1975, San Juan.
  • Previgliano, Carlos, Constanza Ceruti, Johan Reinhard, Facundo Arias, and Josefina Gonzalez: "Radiologic Evaluation of the Llullaillaco Mummies." American Journal of Roentgenology 181: 1473–1479, 2003.
  • Wilson, Andrew, Timothy Taylor, Constanza Ceruti, Johan Reinhard, José Antonio Chávez, Vaughan Grimes, Wolfram-Meier-Augenstein, Larry Cartmell, Ben Stern, Michael Richards, Michael Worobey, Ian Barnes, and Thomas Gilbert: "Stable isotope and DNA evidence for ritual sequences in Inca child sacrifice." Proceedings of the National Academy of Sciences 104 (42): 16456-16461, 2007.

外部リンク[編集]