尚巴志王
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| 尚巴志王 | |
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| 琉球国中山王 | |
| 在位 | 1421年-1439年 |
| 全名 | 巴志、尚巴志 |
| 神号 | 勢治高真物 |
| 居城 | 首里城 |
| 出生 | 1372年 南山王国佐敷城 |
| 死去 | 1439年 琉球王国首里城 |
| 埋葬 | 1439年 天山陵(後に読谷尚巴志王三代の墓改葬) |
| 王世子 | 尚忠王 |
| 子女 | 別記 |
| 王家 | 第一尚氏 |
| 王朝 | 第一尚氏王統 |
| 父親 | 尚思紹王 |
| 母親 | 美里子の娘(伝承) |
尚 巴志王(しょう はしおう、1372年 - 1439年6月1日、在位1421年 - 1439年)は、尚思紹王の子で、琉球王国・第一尚氏王統、第2代目の国王。神号は勢治高真物(せじたかまもの)。
目次 |
概要 [編集]
父・思紹、母・美里子の娘の長男として生まれる。父の思紹は、「鮫川大主(さめかわうふぬし)」ともいわれ、伊平屋島から馬天港へ渡ってきた。
1406年、中山王武寧を攻撃して察度王朝を滅亡させ、首里(現在の那覇市)を首都とした。また父・尚思紹を中山王に即位させた。
1416年、北山国を討伐し、次男尚忠を北山監守として北部の抑えにした。
1429年、南山王他魯毎を滅ぼして三山を統一、第一尚氏王統による琉球王国最初の統一王朝を成立させた。
在位中は首里城を拡張整備し、王城にふさわしい城とした。あわせて安国山に花木を植え、中山門を創建し外苑を整備した。また那覇港の整備を進め、中国をはじめ日本、朝鮮、南方諸国等、海外諸国との交易を盛んに行い、琉球の繁栄の基礎をもたらした。
系譜 [編集]
- 父:尚思紹王
- 母:不詳。美里子の娘(伝承)
- 妃:伊波按司の妹
参考文献 [編集]
- ^ 第一尚氏物語・大盛永意著
関連項目 [編集]
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