7世紀

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千年紀: 1千年紀
世紀: 6世紀 - 7世紀 - 8世紀
10年紀: 600年代 610年代 620年代 630年代 640年代
650年代 660年代 670年代 680年代 690年代
天使ジブリールから啓示を受けるムハンマド(14世紀,エディンバラ大学所蔵『集史』「預言者ムハンマド伝」載録の細密画)。
インドへの求法の旅をした玄奘三蔵
飛鳥時代を代表する工芸の「天寿国繍帳」。聖徳太子の妃である橘大郎女の発願で作成されたと伝わる。
吐蕃の王ソンツェン・ガンポと二人の妃(唐から来た文成公主とネパールから来たチツン)。吐蕃はチベットを統一し唐に倣った律令体制を発展させた。
洛陽郊外の龍門にある奉先寺大仏。則天武后にの命で造営されたもので、大仏の顔は則天武后をモデルにしているといわれる。

7世紀(ななせいき、しちせいき)とは、西暦601年から西暦700年までの100年間を指す。

できごと[編集]

日本[編集]

日本では飛鳥時代古墳時代終末期)にあたる。

645年孝徳天皇が即位するとこの年を大化元年と定め、日本における最初の元号が誕生した(「大化の改新」を参照)。また、7世紀後半から8世紀初頭ごろに対外的な国号を「倭国」から「日本」へ改めている[1]

人物[編集]

イスラム世界[編集]

キリスト教世界[編集]

フランク王国[編集]

ローマ教皇[編集]

イングランド・アイルランド[編集]

西ゴート王国[編集]

ブルガリア[編集]

東ローマ帝国[編集]

イラン[編集]

インド・チベット[編集]

東アジア[編集]

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  • 煬帝(楊広)(569年 - 618年) - 隋王朝第2代皇帝(在位604年 - 618年)・高句麗遠征に失敗し殺害される
  • 李密582年 - 618年) - 隋末に割拠した群雄・楊玄感の反乱に続いて挙兵し河南で自立・王世充に敗北する
  • 王世充(? - 621年) - 隋末に割拠した群雄・洛陽にて恭帝侗を擁立・さらに自ら皇帝を名乗るが李淵に敗北

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渤海[編集]

朝鮮[編集]

日本[編集]

10年紀と各年[編集]

600年代 600 601 602 603 604 605 606 607 608 609
610年代 610 611 612 613 614 615 616 617 618 619
620年代 620 621 622 623 624 625 626 627 628 629
630年代 630 631 632 633 634 635 636 637 638 639
640年代 640 641 642 643 644 645 646 647 648 649
650年代 650 651 652 653 654 655 656 657 658 659
660年代 660 661 662 663 664 665 666 667 668 669
670年代 670 671 672 673 674 675 676 677 678 679
680年代 680 681 682 683 684 685 686 687 688 689
690年代 690 691 692 693 694 695 696 697 698 699
700年代 700 701 702 703 704 705 706 707 708 709

注釈[編集]

  1. ^ ただし、日本成立以前の倭国および倭国王の勢力範囲に関しては諸説ある。