エドワード5世 (イングランド王)

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エドワード5世Edward V, 1470年11月4日 - 1483年7月6日?)は、ヨーク朝イングランド王(在位:1483年4月10日 - 6月26日)。エドワード4世と王妃エリザベス・ウッドヴィルの長男。戴冠式挙行前に退位させられた。

1483年4月9日、フランス討伐の準備中に死去した父エドワード4世の跡を襲って、12歳の遺児エドワードがエドワード5世として王位を継承した。エドワード5世が居城ラドロー城からロンドンへ急行中、摂政に就任した父方の叔父グロスター公リチャードは、母方の叔父でエドワードの側近でもあったリヴァース伯アンソニー・ウッドヴィルを逮捕し処刑した。その後、エドワード5世は弟ヨーク公リチャードとともにロンドン塔に幽閉された(「塔の中の王子達」 (Princes in the Towerと呼ばれる)。3ヵ月後の6月26日、議会はエドワード5世の王位継承の無効を議決し、グロスター公リチャードが推戴され、リチャード3世としてイングランド王に即位した。1485年、リチャード3世も王位請求者リッチモンド伯ヘンリー・テューダーによって撃ち破られ、ヘンリー・テューダーはヘンリー7世として即位し、エドワード5世の姉エリザベス・オブ・ヨークと結婚した。

ロンドン塔に幽閉された後のエドワード5世と弟リチャードの消息は、現在に至るまで判明していない。かつては2人がリチャード3世によって暗殺されたと広く伝えられてきたが、現在の研究ではヘンリー7世が2人の運命に深く関わったとする説も有力である。リチャード3世、そしてヘンリー7世、いずれの王位簒奪者にとってもエドワード5世と弟リチャードの存在は障害でしかなかったのは確かである。

1674年、ロンドン塔の改修に携わった作業員が、子供の遺骨とみられる大小の頭蓋骨や骨片が入った木箱を発見した。初めは放置されたが、後にウェストミンスター寺院に安置された。1933年、専門家によってその遺骨が鑑定されたが、性別・年齢が特定されることはなかった。

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