エリザベス・オブ・ヨーク

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ヘンリー7世妃エリザベス

エリザベス・オブ・ヨーク(Elizabeth of York, 1466年2月11日 - 1503年2月11日)は、ヨーク朝イングランドエドワード4世の王女で、続く王エドワード5世の姉であり、ヨーク朝最後の王リチャード3世の姪であり、テューダー朝の創始者ヘンリー7世の王妃。次王ヘンリー8世の母親であり、娘を通じてステュアート朝以降の全てのイングランド君主の祖先でもある。

エリザベス・オブ・ヨークの紋章

王の娘[編集]

父はイングランドエドワード4世、母はエリザベス・ウッドヴィルウェストミンスター宮殿で生まれた。

ヨーク派の実力者ジョン・ネヴィル (初代モンターギュ侯)の息子ジョージ・ネヴィル (ベッドフォード公)と婚約するが、ジョン・ネヴィルが反乱を起こし敗れたために破約となる。次にフランス王ルイ11世の王子シャルルと婚約するが、ルイ11世によって破られた。

王の姉[編集]

父のエドワード4世が1483年に急死し、エリザベスの幼い弟が後を継いでエドワード5世となり、父エドワード4世の弟グロスター公リチャードが摂政となった。グロスター公はエドワード5世をその母エリザベス・ウッドヴィルから切り離そうとし、エドワード5世を捕えてロンドン塔に監禁した。エリザベス・ウッドヴィルはウェストミンスター寺院に末息子のリチャードおよび娘たちと共に閉じこもり、後にグロスター公の要求に応じて、リチャードをエドワード5世の話し相手としてロンドン塔に送った。

2カ月後、亡き王エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルの婚姻は無効であると宣言され、議会の決議によって二人の間の子供たちはすべて庶子となり、王位継承権を失った。これによりグロスター公が正当な王位継承権を持つことになり、リチャード3世として即位した。ロンドン塔に監禁されたエドワード5世と弟のリチャードはこれ以後姿を消し、殺されたと噂された。

王の姪[編集]

エリザベスの葬儀での木像, 1503, ウェストミンスター寺院

リチャード3世に追い込まれた母エリザベス・ウッドヴィルは、ランカスター派で最も有力な王候補であったリッチモンド伯ヘンリー・テューダーの母親のマーガレット・ボーフォートと同盟を結び、ヘンリーとエリザベスを婚約させた。ヘンリーは王の血を引いていたものの、祖先が庶子から嫡出子にされたときに王位継承権を放棄していたためにその立場は弱かった。エリザベスとの婚約により、ヘンリーの王位継承権は強化されることになった。

1485年、ヘンリーは軍を率いてウェールズに上陸し、ボズワースの戦いで勝利してリチャード3世を戦死させ、ヘンリー7世として即位し、テューダー朝を創始した。

王の妻[編集]

エリザベス・オブ・ヨークの18世紀の模写。ヨーク朝の白いバラを持っている。

エリザベスの父エドワード4世の息子はすべて死に、エリザベスが最年長の娘であったため、エリザベスは有力な王位継承権を有していた。ヘンリーは当初、エリザベスとの結婚による王位継承権の強化を選ばず、自らの征服による王位継承権を主張し、エリザベスと結婚する前に1485年に戴冠した。

次にヘンリーは、エドワード4世とエリザベス・ウッドヴィルとの結婚を無効とした議会の決議を覆し、二人の間の子を庶子から嫡出子の状態に戻し、エリザベスの弟で亡くなったと見なされたエドワード5世を前王として認知した。その上でエリザベスと1486年に結婚し、同年二人の間にアーサーが生まれた。翌年1487年に、エリザベスは正式に王妃として戴冠された。その後、二人の間には5人の子が生まれ、うち3人が成長した。

政略結婚であったにもかかわらず、二人の結婚生活はうまく行き、二人は互いを愛するようになった。姑のマーガレット・ボーフォートの強い意思の下で、エリザベスは政治的な影響力は行使せず、静かな生活を送った。

1502年、長男のアーサーが亡くなった。ヘンリーは息子が一人だけとなったことを嘆き、テューダー朝が存続しないのではないかと心配したが、エリザベスはヘンリー自身が一人息子でありながら無事成長して王朝を開いたことを指摘して慰めた。その後エリザベスは再び妊娠するが、産褥死を遂げた。夫のヘンリーは深く悲しんだと伝えられる。アーサーは短い間ながらスペイン王国キャサリン・オブ・アラゴンと結婚していたため、ヘンリーは自身がキャサリンと再婚することを考慮したが、実現はしなかった。

妻の死に悲しむヘンリー7世と子供たち。左上が若きヘンリー8世。ヘンリー7世は6週間隠遁した

子女[編集]

ヘンリー7世との間に4男4女が生まれる。以後のイングランドの君主は、いずれも彼らの血を引く子孫である。

  1. アーサー(1486年 - 1502年) - コーンウォール公ウェールズ公
  2. マーガレット(1489年 - 1541年) - スコットランドジェームズ4世妃、のち第6代アンガス伯アーチバルド・ダグラスと再婚。イングランド王ジェームズ1世(スコットランド王ジェームズ6世)にとって父方・母方双方で曾祖母に当たる。
  3. ヘンリー(1491年 - 1547年) - はじめヨーク公、アーサーの死後に王太子となり、父の死後に即位(ヘンリー8世)。
  4. エリザベス(1492年 - 1495年)
  5. メアリー(1496年 - 1533年) - フランス王ルイ12世妃、のち初代サフォーク公チャールズ・ブランドンと再婚。短期間イングランド王位に就いたジェーン・グレイの祖母に当たる。
  6. エドマンド(1499年 - 1500年) - サマセット公
  7. エドワード(?)
  8. キャサリン(1503年)

備考[編集]

エリザベス・オブ・ヨークと呼ばれる人物には他に、エドワード4世の妹(ヨーク公リチャードの三女)がいる(en, 1444年 - 1503年)。本項人物の叔母に当たるこの人物は、サフォーク公ジョン・ドゥ・ラ・ポールと結婚した。

関連項目[編集]