王位請求者

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
王権のシンボル(オーストリア帝国帝冠宝珠王笏

王位請求者(おういせいきゅうしゃ、: Pretender, : Prétendant au trône, : Thronprätendent)は、王位を請求する者のこと。広義には帝位皇位を請求する者を含める。王位僭称者王位覬覦者きゆしゃ[1]と呼ぶこともある。

それまでの王統・皇統の断絶に際して旧王朝と血縁関係や姻戚関係にある者が君主位を請求するケース、簒奪やクーデター、宮廷革命などで廃位された君主の子孫や縁戚関係の者が君主位を請求するケース、君主位の継承権を持ちながらも順位が低い、あるいは順位を下げられたり継承権を奪われた者が君主位を請求するケース、また革命や他国の併合などで君主制王朝)そのものが廃止された国家もしくは地域において、君主制の復活や独立とともに自身の君主位を請求するケースなどがある。

最後のケースの場合、実際に君主制の復活を求める者に限らず、世が世なら君主の座に就くことができたであろう者について(本人が君主位を望んでいるかは別として)こう呼び、王位請求者に含める。日本を例にとるならば、現在の沖縄県に当たる旧琉球王国の王家であった尚氏の当主は、たとえ王位の復活を求めていなかったとしても、その立場上は王位請求者と見なされうる、といった具合である。

現在、王位請求者とされる者はそのほとんどが君主制の復活を求める活動をしておらず、一般人として人生を送っている者が多いが、中には旧王朝の当主やその一族の血を引く者が君主制の復活を求め、亡命政府や政治団体を作って政治活動をしたり、あるいは共和制国家の枠内で政治家として活動している例もある。例えば、前者ではラオスの旧王室の一族にラオスにおける立憲君主制の復活を求めて活動している者がおり、後者ではブルガリア王国最後の国王シメオン・サクスコブルクゴツキが同国の首相を務めたのが好例である。グルジアでも、グルジア正教会を中心に近年王制復帰が浮上することになり[2]、バグラチオン(バグラティオニ)王家の当主もそれに前向きである[3]

また、朝最後の皇帝溥儀辛亥革命により君主制が廃止されたにもかかわらず、およそ10年にわたり紫禁城で皇帝のような生活を送ったが、彼自身は紫禁城から外に出られない生活を嫌がっていたという。そのため、これは本人は望んでいないのに王位請求者となることを強制された例といえる。

主な王位請求者[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]
  1. ^ 覬覦は「(分不相応なことを)うかがい狙う」の意
  2. ^ EURASIA.net
  3. ^ 「国民が望むなら祖国に帰り国王に就任すると明言」、朝日新聞、1992年2月22日付
  4. ^ 『NNA.EU』の中東欧記事『元ルーマニア国王ミハイ1世、初の議会演説[社会]』より