ヴィッテキント・ツー・ヴァルデック=ピルモント

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ヴィッテキント・ツー・ヴァルデック・ウント・ピルモントWittekind Prinz zu Waldeck und Pyrmont, 1936年3月9日 アロルゼン - )は、ドイツヘッセン地方の旧諸侯ヴァルデック=ピルモント家の家長(1967年 - )。全名はヴィッテキント・アドルフ・ハインリヒ・ゲオルク・ヴィルヘルム(Wittekind Adolf Heinrich Georg Wilhelm zu Waldeck und Pyrmont)。

ヴァルデック=ピルモント侯世子ヨシアスと、その妻でオルデンブルク大公フリードリヒ・アウグストの娘であるアルトブルク(1903年 - 2001年)の間の第4子、長男として生まれた。父がナチス党親衛隊(SS)の将軍だったため、洗礼の代父はアドルフ・ヒトラーハインリヒ・ヒムラーが務めた。フランクフルト・アム・マインケルン経営経済学を学んだ後、インターンシップを通して様々な職種を経験したほか、ドイツ空軍に所属して空軍中佐まで昇進した。1967年に父の死に伴い、ヴァルデック侯家の家督を継承した。現在は歴史的建造物や、森林の保護のための活動に取り組んでいる。2001年8月9日、ヘッセン州首相ローラント・コッホよりドイツ連邦共和国功労勲章を授与された。

1988年にゴーエス=ザウラウ伯爵夫人ツェツィーリア(1956年 - )と結婚した。同年4月1日にフローンライテンオーストリアシュタイアーマルク州)において民事婚が、5月19日にアロルゼンにおいて宗教婚が執り行われた。夫妻の間には3人の息子がいる。

  • カール・アントン・クリスティアン・グスタフ・クレメンス・アレクサンダー(1991年 - )
  • ヨシアス・クリスティアン・アレクサンダー(1993年 - )
  • ヨハンネス・エーバーハルト・ヴィッテキント(1993年 - )

参考文献[編集]

  • Petropoulos, Jonathan (2006). Royals and the Reich: The Princes Von Hessen in Nazi Germany. Oxford University Press. pp. 265, 266. ISBN 0195161335.
上位:
ゾフィー・ディアバッハ
イギリス王位継承順位
継承順位第 683
他の英連邦王国の王位継承権も同様
下位:
カール・アントン・ツー・ヴァルデック=ピルモント
旧ヴァルデック=ピルモント候家