ルーテル教会
ルーテル教会は、マルティン・ルターによりドイツに始まる、キリスト教の教派または教団で、ルター派とも言われる。
代表的なプロテスタントの流れの一つであり、全世界に推定8260万人の信徒が存在する。発祥の地ドイツを始め、北欧諸国では国民の大半がルター派であり、そこから移民が渡った先のアメリカ合衆国、カナダでも信徒数が多い。
なお「ルーテル」という日本語名は、舞台ドイツ語読みに由来する。信徒をルテラーナー(ドイツ語:Lutheraner)、ルーサラン(英語:Lutheran)ということがある。
大バッハやヘンデルが所属し、ルター自身も作詞・作曲家であったことから、音楽に縁が深い教会としても知られる。
ルーテル教会にはいくつかの伝統があり、相互に聖壇と講壇の交わりを結んでいる教会同士もあるが、同じルーテル教会でも他の伝統のルーテル教会の信徒への配餐を認めない場合もある。また他の教派の教会との関係は、それぞれのルーテル教会ごとに異なる。
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[編集] 歴史
1517年、マルティン・ルターによってドイツのプロテスタント宗教改革が始められた(ドイツ・ヴィッテンベルクにおける「95ヶ条の論題」)。ルターは最初新しい教会を建てるつもりはなかった、しかし、カトリック教会との戦いが妥協を許さない状況になり、ルターは明確な信仰基準や組織を必要とするようになった。北欧にもルター派の教義は広まり、スウェーデンではグスタフ1世が、デンマーク=ノルウェーではクリスチャン3世がルター派をそれぞれの国教とし、権力強化に利用した。
1555年、アウクスブルクの和議の結果、ルーテル教会はドイツ国内での法的権利が認められた。1580年、ルター派の教理的な立場を示す「和協信条」が制定される。
アメリカへはヨーロッパからの移民と共に、ルター派の勢力が拡大、18世紀の中頃になり本格的な教派の生成が行われた。19世紀以降、ドイツや北欧のルター派が大量に移住し、アメリカ中西部を中心にして定住した。
1817年のプロイセンにおいてルター派と改革派による合同教会が設立された。教会合同によって設立されたプロイセン福音主義教会には、フリードリヒ・ヴィルヘルム3世によって作成された礼拝式文が下賜された。その式文はニュルンベルクのルター派教会礼拝式に倣ったものであり、ローマ・カトリック教会のミサに準拠したものであった[1]。この復古的式文の影響はプロイセン以外のドイツのルター派領邦教会にまで及び、簡素な礼拝に向かっていたドイツのルター派教会の礼拝は宗教改革以前の様式に戻ってしまった。プロイセン福音主義教会はその後、古プロイセン福音主義合同教会と名称を変えていく。この合同教会内ルター派から告白教会の指導者マルティン・ニーメラーと神学者ディートリッヒ・ボンヘッファーが輩出される。
この合同に加わらなかったドイツ人ルター派の一部がアメリカに移民し、セントルイス周辺で発展して、ミズーリ・シノッド・ルター派教会を形成した。このミズーリ・シノッド・ルター派教会はその後も独自の保守的路線を一貫して守り、20世紀におこなわれたアメリカ国内のルター派教会合同の流れにも加わらなかった。アメリカには880万人のルター派教会の会員がいる。19世紀以降、ドイツ、北欧やアメリカからアジアやアフリカへ伝道がなされ、タンザニア、インドネシアには大きなルター派教会が存在している。19世紀以降、ドイツからの移民が南米諸国にも向かい、ルター派教会が各地で設立された。
1947年、スウェーデンのルンドでルーテル世界連盟が組織されて、多くのルター派教会(ルーテル教会)が加盟した。この連盟は、世界のルーテル教会の友好、協力、エキュメニカル運動への参加を目的として活動している(世界的共同体であり、79ヶ国、145の加盟教会、約7千万人のキリスト者を擁している)。2009年には、宗教改革の口火を切った都市ヴィッテンベルクにも出先機関が置かれた。しかし、独立福音ルター派教会(ドイツの自由教会)や米国のミズーリ・シノッド、ウィスコンシン・シノッドのような保守的なルター派教会は、この連盟の神学的姿勢やエキュメニカル運動への積極的関与を批判して、加盟していない。
[編集] ルーテル教会とエキュメニカル運動
ルター派(ルーテル)世界連盟とカトリック教会は1999年10月31日に「義認の教理に関する共同宣言」Joint Declaration on the Doctrine of Justificationに調印し、カトリック教会も信仰によって福音を理解することを公式に宣言した。この宣言では、トリエント公会議による信仰義認主張者への断罪はルター派(ルーテル)教会に適用されず、またルターによる信仰義認否定者への断罪はカトリック教会に適用されないと定めた。この共同宣言の支持者たちは、このことをもってカトリック教会が信仰義認の教理をルター派に適用したとみなしているが、ミズーリ・シノッド、ウィスコンシン・シノッドのような保守的なルター派はそのような解釈を拒んでいる。 調印される前年の1988年、テュービンゲン大学神学部教授のエーバーハルト・ユンゲルを代表にして160人の福音主義神学者たちがこの共同宣言に反対を表明した[2]。ドイツのルター派内において反対者がいることに注意しなければならない。
北欧を中心にヨーロッパの一部のルター派(ルーテル)教会は使徒継承性を主張しており、同じく使徒継承を主張するヨーロッパのアングリカン・コミュニオン所属教会らと、1994年フィンランドのポルヴォーで合意文書に調印した。この合意文書に調印した教会をポルヴォー・コミュニオンといい、これらの教会は相互にフルコミュニオンの関係にある。
[編集] 教義
宗教改革の3原則-「聖書のみ」「信仰のみ」「恵みのみ」―に基づく信仰義認の立場をとる。
教会で保持されるべきものはみ言葉(「聖書」とその福音の正しい説き明かしである「説教」)と二つの聖礼典(洗礼と聖餐)であるとする。
ただし聖餐は「パン」と「ぶどう酒」の二種陪餐であり、カトリックのような「パン」のみの一種陪餐とは異なる。
信条として
- 使徒信条
- ニケア信条
- アタナシオ信条
- アウクスブルク信仰告白
- アウクスブルク弁証論
- 大教理問答
- 小教理問答
- シュマルカルデン信条(シュマルカルド信条)
- 和協信条
が採用されている。ただし、シュマルカルド信条については採用しない教団もある。
洗礼前教育においては、ルター以来、十戒、使徒信条、主の祈りを重視し、それぞれが教義、神の正しい崇拝、信徒としての生活を教えるものと考える。
聖職者階級や修道制度をもたず、牧師は妻帯することができる。ただし、プロテスタントには珍しく修道院(マリア福音姉妹会)があり、シスターもいる(日本では福岡県福岡市にある)。
[編集] 日本のルーテル教会
日本におけるルター派の伝道は1892年、アメリカの宣教師によって始まった。後に北欧系、ドイツ系が加わり、第二次世界大戦中の日本基督教団時代を経て、それぞれに教団を構成している。
[編集] 4団体
日本における主な教団と宣教母体は以下の通り。この4団体は相互に連絡組織を持ち、提携関係にある。
- 日本福音ルーテル教会(アメリカ福音ルーテル教会などに由来) - ルーテル世界連盟(LWF:The Lutheran World Federation)に当初より加盟。日本キリスト教協議会にも加盟。日本ルーテル教団と共同でルーテル学院大学・日本ルーテル神学校を運営。独自に九州学院中学校・高等学校、ルーテル学院中学校・高等学校、九州ルーテル学院大学を運営。
- 日本ルーテル教団(アメリカのルーテル・ミズーリ・シノッドに由来) - 日本福音ルーテル教会と共同でルーテル学院大学・日本ルーテル神学校を運営。独自に浦和ルーテル学院及び聖望学園を運営。
- 西日本福音ルーテル教会(ノルウェー、フィンランドのルーテル教会などに由来) - 千葉、滋賀、大阪、兵庫、岡山、鳥取、広島、島根、徳島、香川の各府県に合計43箇所の地方教会を持つ。ノルウェー・ルーテル伝道会 (NLM) 、フィンランド・ルーテル海外宣教会 (FLOM) 、フィンランド・ルーテル宣教会 (FLM) などと宣教協力関係にある。近畿福音ルーテル教会などと合同で神戸ルーテル神学校(ATA認定校)、単独で神戸ルーテル聖書学院を経営。ラジオで宗教番組「心に光を」(旧「ルーテルアワー」)を放送。
- 近畿福音ルーテル教会(ノルウェー伝道会、ノルウェー・ルーテル自由教会に由来)
[編集] 福音派
- 日本ルーテル同胞教団(米国ルーテル同胞教会に由来) - ルーテル同胞聖書神学校を運営。日本福音同盟に加盟。
- フェローシップ・ディコンリー福音教団
[編集] 保守派
[編集] ドイツのルター派教会
ドイツにある全てのルター派教会を組織の上で包括しているのは、ドイツ福音主義教会(EKD)である。EKDはルター派、改革派、合同派の信仰告白を持つ22の州教会の共同体である。したがって、そこには改革派教会も含まれる。しかしながら、ドイツにある全てのルター派教会を包括しているのはEKDだけである。
EKD内には、ルター派州教会の属するドイツ合同福音ルター派教会と合同派州教会の属する福音主義合同教会がある。さらに、どちらの組織にも加盟していないルター派州教会が2つある。 ドイツ合同福音ルター派教会は多くのルター派州教会を組織しているが、全てのルター派州教会を包括しているわけではない。
また、ルター派と改革派が並存している福音主義合同教会に加盟している州教会にも多くのルター派教会が含まれているが、これらのルター派教会はドイツ合同福音ルター派教会には加盟していない。福音主義合同教会に加盟している州教会においてルター派が9割以上を占めることも多く、ルター派の影響力は合同派州教会においても圧倒的である。この福音主義合同教会内のルター派を無視して、ドイツのルター派教会の全体像を語ることはできない。福音主義合同教会に属しているルター派教会は、常にルター派としてのアイデンティティを意識することが求められており、神学的立場、礼拝様式においても、ドイツ合同福音ルター派教会に属している州教会よりもルター派らしさを保持していることも多い。改革派の州教会に分類されているリッペ州教会においても、ルター派教会が少数派として存在している。ドイツ合同福音ルター派教会に組織上入ることのできない合同教会内のルター派教会にとって、全てのルター派教会が属するEKDの存在は大きい。EKDにおいて、ルター派(ルター派州教会と合同派内ルター派)が圧倒的多数を占めており、EKD常議員会議長には常にルター派か合同教会の人間が選ばれている。
2009年1月1日、キルヘンプロヴィンツ=ザクセン福音主義教会とテューリンゲン福音ルター派教会の合同によって、中部ドイツ福音主義教会が設立された。テューリンゲン福音ルター派教会はドイツ合同福音ルター派教会に加盟していたルター派州教会であり、キルヘンプロヴィンツ=ザクセン福音主義教会は福音主義合同教会に加盟していた合同派州教会であった。この二つの性格の異なる州教会が一つに統合されたが、加盟組織との関係はそのまま維持されている。したがって、この中部ドイツ福音主義教会はルター派州教会であると同時に、合同派州教会の一員として存在していくのである(3304のルター派教会共同体と5の改革派教会共同体)。ルター派と改革派の並存は、従来、EKD、もしくは合同派州教会での組織状況であったが、ルター派州教会においても改革派との並存という状況を迎えたのである。ルター派州教会の中部ドイツ福音主義教会はEKDに類似した組織形態を持つに至った。2012年5月27日に、合同派州教会のポンメルン福音主義教会と、ルター派州教会のメクレンブルク福音ルター派州教会、ノルトエルビエン福音ルター派教会の統合によって、北ドイツ福音ルター派教会が設立される予定である。今後も、合同派州教会とルター派州教会の統合によって、新しい形のルター派州教会が設立されていくことになる。
[編集] 参考文献
- 『よくわかるキリスト教の教派』徳善義和、今橋朗著 キリスト新聞社
[編集] 脚注
- ^ クピッシュ『ドイツ教会闘争への道』(雨宮栄一 訳、新教出版社、1967年)
- ^ Rezension der NZZ zu Jüngels Buch: Das Evangelium von der Rechtfertigung des Gottlosen als Zentrum des christlichen Glaubens. Eine theologische Studie in ökumenischer Absicht.
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
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