三位一体

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アンドレイ・ルブリョフによるイコン至聖三者』。創世記におけるアブラハムを三天使が訪れた記述を、至聖三者の啓示・象徴として捉える伝統が正教会にはあるが、そのもてなしの食卓の情景を描いたイコンを元に三天使のみが描かれたもの。至聖三者(三位一体の神)そのものは描けないが、至聖三者を象徴する三天使を描いたイコンであるとされる[1]

三位一体(さんみいったい、ギリシア語: Αγία Τριάδα[2], ラテン語: Trinitas[3], 英語: Trinity, ドイツ語: Dreifaltigkeit[4], ロシア語: Святая Троица[注釈 1])とは、キリスト教において「父」と「子(キリスト)」と「聖霊(聖神)[注釈 2]」が「一体(唯一の神)」であるとする教え。正教会[5]東方諸教会[6]カトリック教会[7]聖公会[8]プロテスタント[9][10][11][12]といった大半の教派が、この教えを共有している。

上述の諸教会[注釈 3]において、三位一体は、「三神」(三つの神々)ではない[13][14][15][16]。また「父と子と聖霊は、神の三つの様式でしかない」「神が三役をしている」といった考え(様態論)も否定される[17][18][19]

正教会日本ハリストス正教会)では「至聖三者(しせいさんしゃ)」と訳される(但し「三位一体」の表記も用いられないわけではない)[20]聖公会日本聖公会)等では聖堂名・学園名など主に固有名詞の一部として、「聖三一」の語も使われる[21]

この語は、キリスト教神学を離れて、三者が心を合わせることや、3つのものを一つに併せることを指して用いられる場合もある。

認める派・認めない派[編集]

「三位一体」は、正教会[5]東方諸教会[22]カトリック教会[3]聖公会[8]プロテスタント[9][10][11][12]といった、キリスト教における中心的な教えの1つであり、正統教義のひとつである。

なお、東方諸教会(非カルケドン派)も三位一体論においては他派と異なるところはない。東方諸教会が他派と異なるのはキリスト論合性論)においてである。

他方、上記諸教派に比較すれば極めて少数であるが、ユニテリアンなど三位一体を認めない派もある[23]

三位一体論の難解さ[編集]

三位一体論が難解であることはキリスト教会においても前提となっている。

正教会においては、「三つが一つであり、一つが三つというのは理解を超えていること」とし、三位一体についても「理解する」対象ではなく「信じる」対象としての神秘であると強調される[5]

カトリック教会においても、神は自身が三位一体である事を啓示・暗示してきたが、神自身が三位一体であることは理性のみでは知り得ないだけでなく、神の御子受肉聖霊の派遣以前には、イスラエルの民の信仰でも知り得なかった神秘であるとされる[24]

概念[編集]

定式[編集]

三位一体論をめぐり整理された定式において、神は、一つの実体(本質、本體[25]: ουσία[注釈 4], : substantia)と、「父なる神」・「ロゴス」(λόγος) である子なる神(イエス・キリスト)・および「聖霊(聖神)[注釈 2]」の三つの位格(: υπόστασις[注釈 5], : persona)において、永遠に存在すると言い表されている[4][19]

箇条書きにすれば

となる。

第1ニカイア公会議(第一全地公会、325年)の頃から第1コンスタンティノポリス公会議(第二全地公会、381年)の頃にかけて、こうした三位一体論の定式が(論争はこの二つの公会議が終わった後もなお続いていたが)整理されていった[5][26]

西方教会における「三位一体の盾」(紋章)の説明[編集]

西方教会カトリック教会聖公会プロテスタント)の優勢な地域において中世から現代まで各種紋章に使われる「三位一体の盾」と呼ばれる図式がある。現代でも聖公会トリニダード・トバゴ教区やチャンネル諸島ジャージーのトリニティ行政区の紋章などに使われている[27][28]

正教会でも現代では三位一体の説明に使われないわけではないが[29]、用例は稀である。

「三位一体の盾」の事例
1210年頃に描かれた『三位一体の盾』の図式。言語はラテン語。子なる神(ラテン語: FILIUS、子)が下方に配置され、十字架で中央と連結されているタイプ。 
『三位一体の盾』の図式。聖霊なる神(ラテン語: SPIRITUS SANCTUS、聖霊)が下方に配置されているタイプ。 
父なる神、子なる神、聖霊なる神の配置に様々なバリエーションが『三位一体の盾』にある事を示す図。 
チャンネル諸島ジャージーのトリニティ行政区の紋章 
左側は1210年頃に描かれた図式を抽出したもの。右側は20世紀末のプロテスタントの書籍に使われた図式[30]

この図式には諸画像からも分かる通り、「父なる神」(ラテン語: PATER)、「子なる神」(ラテン語: FILIUS)、「聖霊なる神」(ラテン語: SPIRITUS SANCTUS)の配置場所や、その繋ぎ方等において、様々なバリエーションがあるが、共通する内容を箇条書きすると以下のようになる。

  • 「父」は神である(ラテン語: PATER est DEUS, 英語: The Father is God)。
  • 「子」は神である(ラテン語: FILIUS est DEUS, 英語: The Son is God)。
  • 聖霊は神である(ラテン語: SPIRITUS SANCTUS est DEUS, 英語: The Holy Spirit is God)。
  • 神は「父」である(ラテン語: DEUS est PATER, 英語: God is The Father)。
  • 神は「子」である(ラテン語: DEUS est FILIUS, 英語: God is The Son)。
  • 神は聖霊である(ラテン語: DEUS est SPIRITUS SANCTUS, 英語: God is The Holy Spirit)。
  • 「父」は「子」ではない(ラテン語: PATER non est FILIUS, 英語: The Father is not The Son)。
  • 「子」は「父」ではない(ラテン語: FILIUS non est PATER, 英語: The Son is not The Father)。
  • 「父」は聖霊ではない(ラテン語: PATER non est SPIRITUS SANCTUS, 英語: The Father is not The Holy Spirit)。
  • 聖霊は「父」ではない(ラテン語: SPIRITUS SANCTUS non est PATER, 英語: The Holy Spirit is not The Father)。
  • 「子」は聖霊ではない(ラテン語: FILIUS non est SPIRITUS SANCTUS, 英語: The Son is not The Holy Spirit)。
  • 聖霊は「子」ではない(ラテン語: SPIRITUS SANCTUS non est FILIUS, 英語: The Holy Spirit is not The Son)。

これらの図には、中心に配置されている「神」(ラテン語: Deus)を含め4つの要素で図が構成されているが、上述の定式(一本質、三位格)にも示されている通り、「四つの神」「四神論」等を示すものではない。

いわゆる異端との比較[編集]

「(いわゆる正統派における)三位一体論ではないもの」を説明する、いわば消去法のような形で、(いわゆる正統派における)三位一体論に接近する手法がある。正教会においては「三位一体そのものを説明するよりも、三位一体でないもの(異端の教え)を説明し、それを否定する方がより正確」とされる[17]

「『子』と聖霊は被造物である」[編集]

「『子』と聖霊は被造物である」とする考えは、いわゆる正統派から否定される[17][31]

アリウス派は「子」も神的であるとは言おうとしていたが、その神性は神の養子とされたことによるものであり、「子」は被造物であるとした。この主張は第1ニカイア公会議(第一全地公会、325年)、および第1コンスタンティノポリス公会議(第二全地公会、381年)で否定された[32]

モナルキア主義[編集]

三位一体を否定するほどに神の唯一性を主張するモナルキア主義英語: Monarchianism)も、いわゆる正統派から否定される[33]。モナルキア主義は大きく二つに分けられる。

様態論的モナルキア主義(「三様式」「三役」)[編集]

「イエスも事実、神であり、聖霊も事実、神である」と主張する一方で、「『父』、『子』、『聖霊』とは、時代によって神が自分を表す様式(mode)を変えていったもの」「一人三役のようなもの」と主張する考えは、様態論的モナルキア主義(英語: modalistic monarchianism)と呼ばれ、いわゆる正統派から否定される[17][33][34]

サベリウス主義が代表的事例として挙げられるが、史料の不足・欠如により、サベリウス(2世紀~3世紀)本人が何を教えたのかを厳密に知る事は不可能である[19]

力動的モナルキア主義[編集]

「父だけが神であり、イエスに宿ったのは神の『力』(デュナミス、ギリシア語: δύναμις[注釈 9])に過ぎない」とする考えは、力動的モナルキア主義(英語: dynamic monarchianism)と呼ばれ、いわゆる正統派から否定される[33][34]

三神論[編集]

父なる神・子なる神・聖霊は、三つの神ではないとされ、三位格は三神ではないとされる[14][15][17][35](なお、こうした「異端」が歴史上まとまった形で出現したことはないともされるが[36]、幾つかの事例につき「三重の神性」への傾斜として批判的に指摘されることはある[37])。

教会での用例[編集]

祈祷文[編集]

祈祷においては、正教会奉神礼で「父と子と聖神(せいしん)の名に依る(よる)」[38]カトリック教会典礼・祈祷、聖公会および一部プロテスタントの祈りにおいて「父と子と聖霊の御名において」と唱えられることに反映されている(ギリシア語: Εις το όνομα του Πατρός και του Υιού και του Αγίου Πνεύματοςラテン語: In nomine Patris et Filii et Spiritus Sancti)。

図像における表現[編集]

正教会では、アンドレイ・ルブリョフが描いたものが代表的な、アブラハムを訪ねる三人の天使(『創世記』)に拠る『至聖三者』の聖像が、唯一正当な至聖三者の図像表現として公認される。これは西方にも伝わり、聖像を用いる教派で使われている[39]

西方ではルブリョフとともに「老人の姿の父、キリスト、鳩または火の姿で表される聖霊」の図像も広く用いられている。代表的な作例にマザッチオの『聖三位一体』がある。これは十字架上のキリストとともに父および鳩の形をした聖霊を描いたものである。

このほかに、正教会でも近代に西方から入った「老人の姿の父、全能者ハリストス(キリスト)、鳩または火の形をした聖霊」という図像もある。これは公認されていないが、ロシアを中心に伝播している。それより古く西方から入った「老人の姿の父、幼子キリスト、鳩または火の形をした聖霊」の図像は、1667年のモスクワ教会会議により、「見えざる父を描くことはできない。父を顕わす事が出来るのはキリストだけである」との理由にもとづき禁止された。[40]

関心の復興[編集]

西方教会においては、16世紀から19世紀にかけて、三位一体論は不合理であるとしたり、信仰者の生活への実際的意味が見出せないとしたりする批判が多くなされた。しかし近年では、共同体における生き方のパラダイムとして捉えたり、単純な非三位一体的唯一神論よりも権威主義に通じにくい神の唯一性の再定義を求めるものとして捉えるといったかたちで、三位一体論に対する関心の復興がみられる[41]

キリスト教以外での用例[編集]

以下は、固有名詞・キャッチフレーズに用いられた例。

トリニティ実験

注釈[編集]

  1. ^ Святая Троица (Православная энциклопедия "Азбука веры"), ギリシア語"Αγία Τριάδα]"と同様、"Святая Троица"のうち"Святая"は「聖なる」の意なので、"Святая Троица"は直訳的には聖三位一体とも表記し得る。日本正教会訳では「聖三者」となる。
  2. ^ a b 聖霊について、正教会の一員である日本ハリストス正教会は「聖霊」ではなく、「聖神(せいしん)」「神聖神(かみせいしん)」を訳語として採用している
  3. ^ 正教会東方諸教会カトリック教会聖公会プロテスタント
  4. ^ a b (ousia):古典ギリシア語再建音からはウーシア、現代ギリシア語からはウシアもしくはウシーアと転写し得る(現代ギリシア語のアクセントは長音のように転写されることも多いが、厳密には現代ギリシア語には長短の区別は無い)。
  5. ^ a b (hypostasis):古典ギリシア語再建音からはヒュポスタシス、現代ギリシア語からはイポスタシスと転写し得る。
  6. ^ 正教会での訳語。読みは「かみちち」
  7. ^ 正教会での訳語。読みは「かみこ」
  8. ^ 正教会での訳語。読みは「かみせいしん」
  9. ^ (dynamis):古典ギリシア語再建音からはデュナミス、現代ギリシア語からはディナミスもしくはジナミスと転写し得る

参照元[編集]

  1. ^ 至聖三者(三位一体)のイコン - 大阪ハリストス正教会のページ
  2. ^ Αγία Τριάδα orthodoxwiki, なお"Αγία Τριάδα"のうち"Αγία"は「聖なる」の意なので、"Αγία Τριάδα"は直訳的には聖三位一体とも表記し得る。日本正教会訳では「聖三者」とも訳される。
  3. ^ a b Catholic Encyclopedia > T > The Blessed Trinity
  4. ^ a b キリスト教大事典 改訂新版』451頁 - 453頁、教文館、昭和52年 改訂新版第四版
  5. ^ a b c d 正教会からの出典:信仰-信経:日本正教会 The Orthodox Church in Japan
  6. ^ 東方諸教会シリア正教会からの出典:■信仰と教義(シリア正教会)
  7. ^ カトリック教会からの出典:教皇ベネディクト十六世の2006年6月11日の「お告げの祈り」のことば
  8. ^ a b 聖公会からの出典:英国聖公会の39箇条(聖公会大綱)一1563年制定一
  9. ^ a b ルーテル教会からの出典:私たちルーテル教会の信仰
  10. ^ a b 改革派教会からの出典:ウェストミンスター信仰基準
  11. ^ a b バプテストからの出典:Of God and of the Holy Trinity.
  12. ^ a b メソジストからの参照:フスト・ゴンサレス 著、鈴木浩 訳『キリスト教神学基本用語集』p103 - p105, 教文館 (2010/11)、ISBN 9784764240353
  13. ^ 正教会からの出典 - 編著:司祭 ダヴィド水口優明『正教会の手引き』42頁、発行:日本ハリストス正教会 全国宣教委員会、改訂:2013年5月
  14. ^ a b カトリック教会からの出典:カトリック教会のカテキズム #253(日本語版2008年第3刷80頁) カトリック中央協議会 ISBN 978-4877501013
  15. ^ a b プロテスタントからの出典:『キリスト教大事典 改訂新版』452頁、教文館、昭和52年 改訂新版第四版
  16. ^ プロテスタントからの出典:The Father, the Son, and the Holy Spirit: The Trinity as Theological Foundation for Family Ministry (Family Ministry Today - The Southern Baptist Theological Seminary)
  17. ^ a b c d e 信仰-神:日本正教会 The Orthodox Church in Japan
  18. ^ Dictionary : MODALISM - Catholic Culture
  19. ^ a b c ゴンサレス、鈴木、p103
  20. ^ 至聖三者(三位一体)のイコン (大阪ハリストス正教会)
  21. ^ 聖三一幼稚園東京聖三一教会
  22. ^ 東方諸教会アルメニア使徒教会からの出典:St. Sahag & St. Mesrob Armenian Apostolic Church
  23. ^ ゴンサレス、鈴木、p255 - p256
  24. ^ カトリック教会からの出典:カトリック教会のカテキズム #237(日本語版2008年第3刷76頁) カトリック中央協議会 ISBN 978-4877501013
  25. ^ a b c モスクワ府主教マカリイ著、上田将訳『正教定理神学』 (リンク先は近代デジタルライブラリー)、54頁ほかに登場する訳語。
  26. ^ ゴンサレス、鈴木、p104
  27. ^ The Anglican Church in the Diocese of Trinidad and Tobago - Home
  28. ^ Trinity - Home
  29. ^ Троица (Центр апологетических исследований)
  30. ^ "The Moody Handbook of Theology" by Paul P. Enns (1989) and "Charts of Christian Theology and Doctrine" by H. Wayne House (1992), etc.
  31. ^ リチャードソン著、パウルス訳 1978, p. 59
  32. ^ ゴンサレス、鈴木、p19
  33. ^ a b c ゴンサレス、鈴木、p251
  34. ^ a b CATHOLIC ENCYCLOPEDIA: Monarchians
  35. ^ リチャードソン著、パウルス訳 1978, p. 71
  36. ^ Vladimir Lossky (ウラジーミル・ロースキイ) 2001, p. 37
  37. ^ CATHOLIC ENCYCLOPEDIA: Holy Ghost
  38. ^ 『小祈祷書』1頁、日本ハリストス正教会教団 府主教庁 平成三年四月再版
  39. ^ L. Ouspensky, "The Holy Trinity", in: Ouspensky & Lossky, Meaning of Icons, 1952, 1982.
  40. ^ ibid.
  41. ^ ゴンサレス、鈴木、p105

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]