スウェーデン

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スウェーデン王国
Konungariket Sverige
スウェーデンの国旗 スウェーデンの国章
国旗 国章
国の標語:För Sverige i tiden
(スウェーデン語: スウェーデンのために、時代と共に)
国歌古き自由な北の国
スウェーデンの位置
公用語 スウェーデン語(2009年から)
首都 ストックホルム
最大の都市 ストックホルム
政府
国王 カール16世グスタフ
首相 ステファン・ロベーン
面積
総計 449,964km254位
水面積率 8.7%
人口
総計(2013年 9,596,436人(84位
人口密度 20人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(2008年 3兆1,578億[1]スウェーデン・クローナ
GDP (MER)
合計(2008年 4,845億[1]ドル(19位
GDP (PPP)
合計(2008年 3,418億[1]ドル(???位
1人あたり 37,245[1]ドル
カルマル同盟より独立 1523年6月6日
通貨 スウェーデン・クローナ (SEK)
時間帯 UTC +1(DST:+2)
ISO 3166-1 SE / SWE
ccTLD .se
国際電話番号 46

スウェーデン王国(スウェーデンおうこく、スウェーデン語: Sv-Konungariket Sverige.ogg Konungariket Sverige[ヘルプ/ファイル])、通称スウェーデンは、北ヨーロッパスカンディナヴィア半島に位置する立憲君主制国家。西にノルウェー、北東にフィンランド、南西にカテガット海峡を挟んでデンマーク、東から南にはバルト海が存在する。首都はストックホルム。スウェーデン語ではSverige(スヴェーリエ)といい、スヴェーア族の国を意味する。

現王家はベルナドッテ家スウェーデン・アカデミーによるノーベル賞は世界的権威がある。歴代国王は王位につく際に、自分の統治をモットーとして表明する習慣になっている。現国王カール16世グスタフのモットーは「För Sverige i tiden(スウェーデンのために、時代と共に)」である(右の表中では国の標語としている)。

国名[編集]

正式名称はKonungariket Sverige(コゥーネゥンガリケト・スヴェリエ)。通称Sverige

英語の公式名称はKingdom of Sweden、通称Sweden。形容詞はSwedish(スウィディッシュ)。スウェーデン人を表す場合は名詞のSwede(スウィード)が使用される場合もある。

日本語の表記はスウェーデン王国。通称スウェーデン。他にスエーデンスェーデンという表記もされる。漢字による当て字は「瑞典」。スイスの当て字は「瑞西」で、いずれも「」と略されるが、これらの漢字名は一般に余り用いられないため混乱を生むことは少ない。なお、特にスイスと区別する場合はスウェーデンを「[2]、スイスを「瑞」と略する[3]

歴史[編集]

古代はスウェーデン・ヴァイキング(ヴァリャーグ)として主に東方で活動した。ヨーロッパ文化やキリスト教も受容し、13世紀頃にはフォルクンガ朝が現在のフィンランドを含む地域を統一。1397年にデンマーク・ノルウェーとカルマル同盟を結んで同君連合を形成する。

バルト帝国の版図

1523年、カルマル同盟から離脱し王政となる(ヴァーサ朝)。16世紀の宗教改革ではプロテスタントを受容し、バルト海地域へ進出する。17世紀にグスタフ2世アドルフ(獅子王)の時代にバルト帝国を建国する。新大陸にも植民地を築き、王国は最盛期を迎える。1654年にプファルツ朝に王朝替えするもバルト帝国を維持。しかし18世紀初頭にカール12世はバルト海の覇権を争い、ピョートル1世の時代のロシア帝国大北方戦争で戦って敗れ、沿岸の領土を失い一時没落する。18世紀後半にホルシュタイン=ゴットルプ朝グスタフ3世が中興させるも、ナポレオン戦争の経過によって、フィンランドを失った。

1809年の革命で立憲君主制が成立、1814年にキール条約ノルウェーを併合。1818年よりフランス人ベルナドット元帥(カール14世ヨハン)が国王に即位しベルナドッテ朝が始まる。ウィーン体制ではノルウェー同君連合(1814年 - 1905年)を結ぶが、1905年に分離。19世紀半ばにスウェーデン王の推奨した汎スカンディナヴィア主義が頓挫し、北欧は小国化に向かう。

1932年に社会民主労働党政権となり、以降のスウェーデンは福祉国家路線が支配的イデオロギーとなった。武装中立政策を取り、第一次世界大戦第二次世界大戦の両大戦にも参加していないが、両大戦とも義勇軍を組織していた事は事実である。第二次大戦の中立違反の政策は、戦中も戦後も、国内外から批判を浴びている。ただし、当時は連合国も枢軸国も国際法を守っておらず、一方的に批判されることではなく、デンマーク、ノルウェー、フィンランド人の反ナチスレジスタンスを匿い、ユダヤ人を保護したことは、人道にもっとも重きを置いた決定と言える。また、大日本帝国政府の終戦の事前交渉も行なっている。

東西冷戦中は、ノルディックバランスを構築し、アメリカ寄りの政策と中立主義政策を行き来したが、冷戦終結後は、中立主義を放棄し(軍事的非同盟と定義しなおし)、1995年にオーストリア、フィンランドとともに欧州連合 (EU) に加盟した。北欧諸国の中ではデンマークが1973年にEUに加盟している。

政治[編集]

政体立憲君主制。国家元首である国王は、国家の象徴であり、儀礼的職務のみを行う。

スウェーデンの立法機関たる議会リクスダーゲン (Riksdagen) と呼ばれる。1971年に両院制から一院制に変わった。2006年総選挙時の定数は349議席で、議員の任期は4年。議員の選出方法は比例代表制による。

行政府の長は首相である。議会の総選挙後に、国会議長が副議長及び各党の代表者を招集し、新首相を推挙し、議会の過半数の反対でないことで承認される(反対票を投じないまでも、賛成できない議員は、投票を棄権する)。その後、国王の臨席する任命式において国会議長が新首相を任命し、新首相は同時に各大臣を任命し組閣を行う。

このように、1974年改正後のスウェーデン憲法では、通常の立憲君主国の君主が有する首相任命権を始めとする全ての官吏任命権を形式的にも失っている。国王の権能は情報閣議による大臣からの情報収集(いわゆる内奏)や外国使節の接受などもっぱら儀礼的な機能に限られている。そのためもはや立憲君主制ではなく、象徴君主制という新たな統治形態であるとする学説もある。

2014年12月3日、1958年以来の議会が解散 (議会)された[4]

政党[編集]

2014年9月の選挙で議会に議席を獲得した政党は以下の8党。

その他特筆すべき政党 - 地方議会でのみ議席を保有

ジョーク政党

福祉[編集]

長年にわたる社会民主労働党政権の下で構築された社会保障制度が整い、税金制度や高齢者福祉など、社会政策が各国の注目を浴びている。

1971年から1984年において実質経済成長率、国民一人当たり GDP成長率が社会民主労働党政権の下においてのみ上昇、失業率、消費者物価上昇率は減少している。 1982年から1986年の公的部門の貯蓄の対GDP比は、米国、英国、フランス、日本、西ドイツに比較して高い[5]

スウェーデンは、「社会科学の実験国家」だとも言われている。時代状況の変化に対応し、実に簡単に制度(法律)が変更される。そのため、スウェーデンの研究は絶えずこの変化を追いかけ、変更された意図を正確に捉え、その目的と意義を探る必要がある。低所得者層、高齢者、障害者、失業者等、社会的弱者もあるレベル以上の生活をすることが保障される。

軍事[編集]

スウェーデン軍は陸軍海軍空軍の三軍と郷土防衛隊からなり、国防省の管轄下にある。東西冷戦期にはノルディックバランスに則った中立政策を保ち、兵器体系も専守防衛のための独特のものとなった。独自開発兵器も多い。現在もNATOには加盟せず、ロシアとも緊密な軍事協力関係を維持している。

徴兵制度(19歳~47歳の男子が対象。女子は対象外である)が実施されていた時代があり、兵役拒否を希望する男子に対して介護や医療などの代替役務を課すことにより、「良心的兵役拒否」が認められていた。2010年7月1日に徴兵制度は正式に廃止された。

地方行政区分[編集]

スウェーデンの地図

日本の県に相当するスウェーデンの地方自治体には2種類あり、その一つは国会と政府の出先機関であるレーンスウェーデン語: län)で、もう一方は県民の代表たるランスティングスウェーデン語: landsting)である。

レーンの総数は21で、ランスティングのそれは20であり、両者の境界線はほぼ一致する。ゴットランドは島という性格上、レーンの境、市の境、ランスティングの境が偶然一致してしまった特異な例である。レーンは、国会の決定に従い、政府の指示のもとで地域的に必要とされる行政を行うのがその主な役割。その最高議決機関である執行委員会は中央政府によって指名される執行委員長(日本の都道府県知事に相当)と、ランスティングを通じて住民により選挙で選ばれた委員で構成される。これに対してランスティングの主な役割は、県民の精神的・身体的健康の増進と公衆衛生の維持、県内にある学校等教育関連機関の指導・監督及び支援、県内で行われる文化的活動の支援にある。ランスティングの最高議決機関は県民から選挙で選ばれた議員によって構成される県(ランスティング)議会(スウェーデン語: landstingsfullmäktige)である。ランスティングの役割は地域によって細かい部分には差があり、レーンとの役割分担の度合いもそれぞれの地方によって細部は異なる。県庁所在地はレジデンススタード(スウェーデン語: residensstad)と呼ばれ、県の行政機関が集中している。

各県は日本の市に相当する基礎自治体である複数のコミューンスウェーデン語: kommun)[6] に分割される。2007年現在、コミューンの総数は全国で290である。最高議決機関は市(コミューン)議会(スウェーデン語: kommunfullmäktige)であり、その議員は当該コミューンの市民によって、4年毎に9月下旬に行われるリクスダーゲンや県議会(ランスティング)の総選挙と同時に選挙で選ばれる。スウェーデン国籍非取得者であっても、同一コミューン内に3年以上滞在していれば、滞在先のコミューンとそのコミューンが所属している県のランスティングについては選挙権がある。

市内の人口密集地はテートオート (tätort) と一般に呼ばれるが、市役所やコミューン議会が置かれている市の中心地は特にセントラルオート(スウェーデン語: centralort)と呼称される。嘗てはスウェーデンにも「町」や「村」といった行政区分もあったが、現在は存在しない。日本の政令指定都市に置かれている「区」と同様の組織は一部のコミューンに設けられる事もあるが、さほど一般的でない上に、規模もごく小さい。「区」に近い概念としてスタッツデール(スウェーデン語: stadsdel)という表現があり、市内にあるそれぞれ人口密集地内の各地域を指す「地区」といった意味合いで使われる。

スウェーデンには以前、「教会市(スウェーデン語: kyrkokommun)」や「教区(スウェーデン語: församling)」という教会が課税権を持つ行政区分があったが、町や村と同様に行政区分としては教会市も教区も現在は存在しない。但し、教区という区分は人口統計や歴史学の研究等、ごく限られた範囲では利用される事もある。

地方行政区分とは別に歴史的、言語的に繋がりのあるランドスカープスウェーデン語: landskap)と呼ばれる25の地方がある。詳細はスウェーデンの地方を参照

主要都市[編集]

ストックホルムは国内最大の都市であり、北欧有数の世界都市である。
順位 都市名 人口[7] 面積
(km2)
人口密度
1 ストックホルム 782,855 188 4,164.12
2 イェーテボリ 490,961 451 1,088.61
3 マルメ 278,319 156 1,784.10
4 ウプサラ 185,494 2,185 84.89
5 リンシェーピング 138,805 1,436 96.66
6 ヴェステロース 133,274 962 138.54
7 オレブロ 129,482 1,380 93.83
8 ノーショーピング 125,463 1,503.61 82.95
9 ヘルシングボリ 124,301 347 358.22
10 ヨンショーピング 122,524 1,489 82.29
11 ウメオ 110 587 2,331 47.44
12 ルンド 103,693 430 241.15
13 ボロース 100,570 915 109.91
14 スンツバル 94,549 3,209 29.46
15 イェヴレ 92,456 1,615 57.25

地理[編集]

スウェーデンの衛星写真(3月)。国土の大半が雪に覆われている。

スウェーデンの面積は日本よりやや広く、日本全土に北海道をもう一つ足した程度である。面積の割りに人口が少なく人口は日本の約1/12、人口密度は約1/19程度。世界の人口密度ランクでは235カ国中187位で低密度である。スカンディナヴィア半島の中央、東側に位置する。半島西部はスカンディナヴィア山脈が南北に連なっているが標高は2,000m程度しかないなだらかな山脈である。この山脈の最北部にあるケブネカイセ山の北峰で海抜2104メートルがスウェーデンの最高点である。 ボスニア湾バルト海に沿って平野部はあるが、それほど広大ではない。南部のスコーネ県を除き厳しい冬である。また夏も全般的に冷涼としている。湖沼も多く、中南部に最大のヴェーネルン湖と2番目に大きなヴェッテルン湖が位置する。肥沃な地はスコーネ県しかなく、中部から北部は農業には適さず酪農が主である。

経済[編集]

17世紀にヨーロッパで最初の紙幣が発行され、世界最古の中央銀行であるリクスバンク(スウェーデン国立銀行、ノーベル経済学賞を発行している)が設置されたことで知られている。

スウェーデンの経済の最大の特徴は公務員が多いことである。公的部門の人数は実に33%を超え全体の3分の1にも達する(日本は9.5%)。労働参加率は高く特に女性の労働参加率が高い(スウェーデン76%、日本48%)。そしてその女性の社会進出の場になっているのが公務員の福祉部門である。つまりスウェーデンにとって福祉国家と男女平等はそれ自体が国家と経済を支える重要な柱となっているのである。

農林水産業[編集]

国土の8割が冷帯に属し、コムギの栽培が可能な地域は北緯60度以南に過ぎない。農地は国土の6.5%であるが、農業従事者は国民の1.5%に過ぎない。しかしながら、高い生産性によって、穀類の自給率は121%(2002年)に達している。果実類と野菜類、油脂類を除く各項目の自給率はいずれも80%を上回る。穀類の生産量ではコムギ(241万トン、以下、2004年)、オオムギ(169万トン)のほか、燕麦(93万トン、世界シェア10位)が際立つ。

国土の65.9%は森林(針葉樹林)に覆われている。このため、針葉樹に限定すれば世界第5位の生産量(610万立方m、世界シェア5%)を占める。

1972年酸性雨の被害を世界に知らしめるため国連人間環境会議を招致し、ストックホルムで開催した。1980年代では、国内の85,000の湖沼のうち、18,000で魚がほとんど死滅、激減した。[8]

製造業[編集]

通信機器メーカーのエリクソンが有名。

SAAB(サーブ)は一般には自動車メーカーとして知られるが、元来は航空機メーカーで、ビゲンドラケングリペンといった戦闘機サーブ 340などのターボプロップ旅客機を開発した実績を持つ。2006年現在、民間機部門からは撤退し、自動車部門はオペルと統合予定のGM100%子会社である(詳細は該当項目参照のこと)。国内のもうひとつの自動車メーカー、ボルボ (VOLVO) の乗用車部門は中国浙江吉利控股集団の傘下。

ボフォースは、第二次世界大戦以前から存在し世界的なシェアを持つ重火器の老舗メーカーである。対空砲艦砲対潜ロケット等の製造に長けている。Sタンクもしくはバルカンタンクの名前で知られている戦車Strv.103はこの企業が主体となって開発された。

北部の都市キルナは鉄鉱石の産地として有名であり、これを背景とした鉄鋼業が盛んである。生産される鋼材はスウェーデン鋼と呼ばれ、国際的にも日本の安来鋼と並んで硬く上質の鋼材として評価が高い。

他にノーベル財団ノーベル賞で知られるアルフレッド・ノーベルが設立した火薬メーカーのノーベル社、ヨーロッパ第2位の家電メーカーエレクトロラックス社、プロ用カメラ・レンズ製造のハッセルブラッド社などが挙げられる。

その他[編集]

  • V&S - 元々は国営にしてスウェーデン最大のウォッカのブランドであるアブソルートを1979年から全世界に向けて発売。現在スピリッツで世界第3位の売り上げを誇る。
  • アブ・ガルシア - 釣り具メーカー、スウェーデン王室御用達、歴史のある両軸受けリール『アンバサダー』が有名で世界中に愛好家が存在する。
  • イケア - 世界最大の家具チェーン。
  • ヴィゲーンズ - 帽子のブランドとして世界各国でその名を知られている。
  • ファッションブランドWESCは世界の多くの国に展開している。
  • H&Mは世界22カ国で展開する衣料品チェーンである。
  • ハスクバーナ - チェーンソーメーカーとして日本でも知られているが、オフロードバイクの生産も行っており、モトクロス選手権やスーパーモタード選手権でもトップメーカーとして活躍している。

交通[編集]

道路[編集]

スウェーデンの道路は所有区分によって一般道 (allmän väg) とその他の道路 (övriga vägar) に分けられる。一般道は国が所有し、スウェーデン産業省の外局である道路庁 (Vägverket) が管理している。一般道はヨーロッパ道路 (Europavägar) 、国道 (Riksvägar) 、県道 (Länsvägar) 、その他の一般道 (Övriga allmänna vägar) に分類される。ヨーロッパ道路は例外的に国連欧州経済委員会 (UNECE) が事務的な管理を担当している(スウェーデン国内の部分についてはスウェーデン政府が所有し、整備を担当)。その他の道路は各市の所有であったり、道路の設置されている土地の所有者に帰属している場合もある。その他の道路には市道 (kommunal väg) か私道 (enkild väg) 分類される。一般道はスウェーデンの道路法 (Väglag, SFS 1971:948) によって定義、建設・整備の責任等が定められている。その他の道路は土地及び建物法 (Plan- och bygglag, SFS 1987:10) にその規則が定められている。

2007年8月1日からストックホルム中心部では、出入りする国内登録車両に対して、時間帯に応じた進入税 (trängselskatt) が課税されるようになった。この税金の目的は中心部の交通量を減らし、そのことによって公共交通機関たるバスの定時性を保持すると同時に、排ガスによる住民の健康を保護するなど中心部の環境保全にある。

鉄道[編集]

スウェーデンの鉄道は、政府が株式を100%所有するエスイー (SJ, Statens Järnväg) が全国の旅客輸送を担当している他、トーグコンパニーエット (Tågkompaniet) 、コネックス・スヴェリエ(Connex Sverige, Veolia Transport Sverigeに社名変更中)等の政府とは資本関係のない会社が一部地域の旅客鉄道輸送を担っている。線路はスウェーデン産業省の外局である鉄道線路庁 (Banverket, バーンベルケット) が所有・管理している。空港連絡鉄道としてはアーランダ空港ストックホルム中央駅をアーランダ・エクスプレス (Arlanda Express) が20分で結んでいる。貨物輸送はやはり政府が株式を100%所有するグリーン・カーゴ (GreenCargo) を中心に、ノルウェーの運送会社が筆頭株主のヘクター・レール (Hector Rail) 等によって運営されている。

地下鉄ストックホルムにのみあり、ストックホルムス・ロカールトラフィーク (SL, Stockholms Lokaltrafik) が運営している。ストックホルムス・ロカールトラフィークは郊外へのコミュータートレインも運行している。どちらもエスイー等、他の鉄道事業者とは乗り入れていない。

路面電車ストックホルムヨーテボリマルメノーショーピングの各都市で運行されており、特にヨーテボリノーショーピングの二都市では複数路線が市内の広い地域をカバーしている。

バス[編集]

スウェーデンの各都市で運行されている公共交通機関としてのバスは地方自治体であるランスティングレーン (län) がその出資母体となる株式会社として運営されている場合が多い。地方自治体とは資本関係のないバス会社も多数あるが、そのほとんどは観光目的の観光バスや都市間を結ぶ高速バスを運営している。

各都市で運行されているバスは市内の2拠点間を市中心部にあるバスターミナルを経由して(起・終点としてでなく)走っている。各都市には主要路線のバスが必ず経由するようなメインのバスターミナルが最低一つはあるが、そのようなターミナルが必ずしも日本のように駅前にあるわけではない。(もちろんバスターミナルが駅に隣接している場合もあり、離れていてもせいぜい500~600メートル程)ストックホルムヨーテボリのような大都市ではそのようなバスターミナルが複数設けられている。

空運[編集]

スカンジナビア三国(スウェーデン・ノルウェーデンマーク)のフラッグ・キャリアたるスカンジナビア航空を筆頭に複数の航空会社が国内・国外への旅客便を運航している。スカンジナビア航空は他の航空会社に先駆け、アンカレッジ経由で西欧・極東間の便を就航させた事でも知られている(いわゆる「北回りヨーロッパ線」)。貨物便としてはスカンジナビア航空の他に、アメリカ系のUPSドイツ系のDHLが航空貨物便として乗り入れている。(UPSとDHLはスウェーデン国内の陸上輸送へも進出している。)

スカンジナビア航空以外でスウェーデン国内を拠点としている航空会社としては、マルメ・アヴィテーション (Malmö Avitation) 、スカイウェイズ (Skyways) 、ゴットランズフリーグ (Gotlandsflyg) 等の航空会社がある。多くは国内・国外への両方ともに運行しているものの、ほとんどはヨーロッパの各都市への便に限られている。

国民[編集]

民族構成(スウェーデン)
スウェーデン人
  
85%
フィンランド人
  
5%
その他
  
10%
スウェーデンの人口推移(1961年-2008年

移民[編集]

移民はスウェーデンの歴史における人口増加と文化変容の大きな源である。移民は、経済・社会そして政治的側面において、人種・経済的扶助・非移民の職・集落体系・社会的流動性への影響・犯罪・投票行動など、さまざまな議論を巻き起こしている。[9]

スウェーデンには移民の人種的背景に関するはっきりとした統計はない。これは、スウェーデン政府は人種に基づいた統計を一切行わないからである。しかしながら、移民の国籍については記録されている。1998年の調査では、外国にルーツを持つ者(外国生まれの者、また移民の子供)は1,746,921人であった。これはスウェーデンの人口のおよそ20%にあたる。そのうち1,216,659人(約70%)が、北欧またはその他ヨーロッパの国出身であり、530,262人(約30%)がそれ以外の国出身である。

2011年の統計によると、スウェーデンの総人口の約27%にあたる2,000,000人が、全面的、または部分的に外国にルーツを持つ。[10][11][12]そのうち外国生まれの者は1,427,296人である。430,253人が父母共に外国生まれの両親を持ち、666,723人は、片方が外国生まれ、もう片方がスウェーデン生まれの親を持つ。

2010年のEurostatの調査によると、スウェーデンには133万人の外国生まれの住民がいるとされ、これは全人口の14.3%にあたる。そのうち 859,000人(全人口の9.2%)は非EU加盟国生まれで、477,000 (全人口の5.1%)がEU加盟国生まれである。[13][14]

2009年には年間の移民の数は過去最高に達し、102,280人を記録した。[15]移民のほとんどは、スヴェアランドイェータランドの都市圏に集中している。[14]1970年代初頭より、スウェーデンへの移民の殆どは中東や南米からの移民や、その家族の呼び寄せが占めている。[16] 2012年には、44,000人の難民を受け入れた。[17]また、シリア争乱の状況悪化に伴い、2013年9月には、シリアからスウェーデンへの亡命希望者全員を受け入れ、永住権を付与すると発表した。[18]

移民の主な出身国[19]

  1. フィンランドの旗 フィンランド (163,867)
  2. イラクの旗 イラク (127,860)
  3. ポーランドの旗 ポーランド (75,323)
  4. ユーゴスラビアの旗 ユーゴスラビア (69,269)
  5. イランの旗 イラン (65,649)
  6. ボスニア・ヘルツェゴビナの旗 ボスニア・ヘルツェゴビナ (56,595)
  7. ドイツの旗 ドイツ (48,731)
  8. トルコの旗 トルコ (45,085)
  9. デンマークの旗 デンマーク (44,209)
  10. ソマリアの旗 ソマリア (43,966)


移民問題[編集]

スウェーデンでは次世代先進国のモデルとして「高福祉高負担」の社会モデルが注目されていたが、その影には移民政策による歪みが拡大している。

移民排斥を唱える右翼政党のスウェーデン民主党が、反移民の空気の広がりを追い風にして2010年9月のスウェーデン総選挙で初めて国政に進出し20議席を獲得した。党首のジミー・オーケソンは「わが国の移民政策は失敗だった」と述べ、スウェーデン社会にとけ込まない移民に対する不満が右派政党躍進の背後にあったとみられている[20]

2013年5月中旬、警察による男性射殺事件に端を発した抗議暴動は瞬く間に拡大し、ストックホルム市内とその周辺では車や学校への放火が相次いだ。警察署や学校が襲撃され、22日には一晩で90件の火事が発生した[21]。これに関連しラインフェルト首相は、移民の社会統合の失敗がストックホルムにある諸問題の一因であることを認めており、拡大し続ける移民問題のひずみにどう対処するのか、スウェーデンの今後の社会動向が注目されている[22]

言語[編集]

2009年7月からスウェーデン語 (svenska) が正式な公用語に制定された。そのほか、フィンランド語メアンキエリロマ語サーミ語イディッシュ語を話す者も少数いる。スウェーデン語は隣国のノルウェー語デンマーク語と類縁関係(ゲルマン諸語)にあり、スウェーデン語話者とノルウェー語話者は相互に意思疎通ができる会話程度は可能であると言われる。

また、アメリカ英語については1940年後半から義務教育化されており、テレビ番組に米国製番組の字幕版が多いといった文化面の影響も含め、アメリカ英語での会話が可能である。[23]

宗教[編集]

福音ルーテル教会スウェーデン国教会である。実際に、その人口の8割が福音ルーテル教会に所属している。

文化[編集]

よく見られる伝統的な色づかいの家屋。
アンデシュ・ソーン画、『真夏の舞踊』(1897年)。
20世紀映画の巨匠、イングマール・ベルイマン

文化的嗜好(国民性)[編集]

文学[編集]

音楽[編集]

民族音楽[編集]

スウェーデンの民族音楽は、フォルクムジーク(folkmusik)と称され、フォルクダンス(folkdans、民族舞踊、正確には民間伝承舞踊と訳されるのが好ましい)と深いつながりがある。フォルクダンスの形態で有名なのはポルスカ(polska)で、また、スウェーデン独自の楽器にニッケルハルパ(nyckelharpa)がある。 (スヴェンスカ・)フォルクダンスリンゲン は、スウェーデン最大の民間伝承(伝統)音楽及び舞踊に関する組織であり、関連する情報の提供源として挙げておく。

クラシック音楽[編集]

バロック音楽の時代では、イギリスヘンデルペープシュに学んだユーハン・ヘルミク・ルーマン(1694年-1758年)は、ヘンデルばりの合奏協奏曲や、J.S.バッハ無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータに近い響きの 「ヴァイオリンのためのエッセイ」 を書いて、「スウェーデン音楽の父」 または 「スウェーデンのヘンデル」 と呼ばれた。古典派の時代にはドイツ生まれのヨーゼフ・マルティン・クラウス(1756年-1792年)が活躍し、短調の情熱的な曲を多く書いて 「スウェーデンのモーツァルト」 と呼ばれている。

ロマン派音楽の時代に入ると、フランス・アドルフ・ベルワルド(1796年-1868年)、ヴィルヘルム・ペッテション=ベリエル(1867年-1942年)、ヴィルヘルム・ステーンハンマル(1871年-1927年)、ヒューゴ・アルヴェーン(1872年-1960年)などの作曲家が挙げられる。

デンマークカール・ニールセンノルウェーエドヴァルド・グリーグフィンランドジャン・シベリウスなどと比べてクラシック音楽全体の知名度は劣るが、近年では北欧全体におけるそれぞれの自国の文化を保護・支援する制度が充実しているため、これらの作曲家のレパートリーも多く取り上げられるようになって来ている。

また合唱のレヴェルは世界最高水準を誇り、エリック・エリクソンが長く指揮者を務め、世界的な評価を誇るスウェーデン国立放送合唱団エリック・エリクソン室内合唱団などがある。

ポピュラー音楽[編集]

昔日は世界第3位の音楽輸出大国と言われたこともあった。1960年代にはスプートニクスがエレキインスト界を席巻した。1970年代後半にABBAが世界中を席巻した。1980年代にはヨーロッパロクセットなどのバンドが世界的レヴェルの人気を博した。1990年代中期に現れたエイス・オブ・ベイスは1994年に、ザ・サイン(The Sign)を全米シングルチャートの年間第1位にするという偉業を成し遂げている。スウェーデンのヨーロッパイングヴェイ・マルムスティーンなどを中心に1980年代頃から開拓されたヘヴィメタル系のロックは、北欧メタルと称される。1990年代以降は特にエクストリームメタルにおいて、アット・ザ・ゲイツイン・フレイムスアーチ・エネミーオーペスなどの数々のメロディックデスメタルバンドを生み、世界的な影響を与えている。

また、90年代はカーディガンズなど有名バンドを発信し、スウェーデンのポピュラー音楽日本でも親しまれていた。日本国内のポピュラー音楽にスウェーデンのスタッフが関わることも多く、BONNIE PINK原田知世パフィージャニーズ事務所所属のNEWSなどの楽曲に関わっている。

このように、一時はヨーロッパ外の国々にもその名を知らしめもしたが、1990年代も半ばを過ぎてアメリカのポピュラー音楽がアフリカン・アメリカンラテンアメリカ系ないしその血を引く者達を主力とするダンス・ミュージックの独擅場となってゆくにつれてしだいに凋落の時を迎え、特に若者を聴衆とした音楽がヒップホップの要素を必須とするという世界的な傾向に伴って欧州でも往時のような知名度はなく、大市場であった日本における知名度もほぼ無くなっているが、ロック音楽に関しては、iPodの宣伝にも起用されたシーザーズや日本の音楽フェスティバル「サマーソニック」に何度も出演しているマンドゥ・ディアオ、が、日本でも大人気である。

美術[編集]

映画[編集]

聖ルシア祭[編集]

スウェーデンでは毎年12月13日に聖ルチア祭が行われ、「一番大切な冬の行事」と言われている。イタリアシチリア生まれの女性聖者である聖ルチアは貧しい人々に財産の全てを提供した純粋な人と言われている。貧民の生活に光を与えた彼女は、光の聖人として、また農耕の守護神として親しまれている。

16世紀にグレゴリオ暦が改訂されるまで、聖ルチア祭は北半球冬至の日だった。冬至は一番日が短い日であるが故、日が長くなり始める日。日が長くなることを祝う古来からの民間信仰に、キリスト教の光の聖人がいつの間にか一体となって現在に至る。

長く暗く寒い三重苦の北欧の冬に一筋の光を投げ込むのが聖ルシア。この日の朝、女の子がいる家庭では白いドレスに蝋燭の冠を被った娘が父親にサフランパンとジンジャークッキーを持って行き、枕元でサンタ・ルチアの曲を歌う。父親はルシアのような光に包まれた娘に起こされる。

近年では職場や学校、教会などで聖ルシア祭が行われ、蝋燭の冠を被ったルシア姫を先頭に同じく白いドレスを着た女の子と星の使いに扮した男の子が行列を作ってサンタ・ルチアなどの歌を歌う。頭に載せたり手に持った蝋燭の淡い光が日の光を切望する北欧の人たちの気持ちを代弁しているようでもある。行列の後はサフランパンやジンジャークッキー、コーヒーやグレッグと呼ばれるホットワインが振る舞われる。

なお、イタリア語読みでルチアだったものが、スウェーデン語読みでルシアに変化している。

1990年代より、移民の増加により「ブロンドの白人でなければルシアになれないのか」という議論が巻き起こり、2000年に初めて非白人のルシアが誕生した。また近年では、移民の中にはキリスト教関連の行事に子供を参加させたくないという親がいることから、扮装などを取りやめた地域も存在する[24]

世界遺産[編集]

スウェーデン国内には、ユネスコ世界遺産リストに登録された文化遺産が11件、自然遺産が1件、複合遺産が1件存在する。

祝祭日[編集]

日曜日と重なっても振り替え休日にはならないが、祝日の前日が休みになっていたり、労働法により半日休暇を許可されていることが多い。キリスト昇天祭メーデーと重なる5月1日になる場合があるが(2008年など)、この場合でも振り替え休日は発生しない。

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日 Nyårsdagen
1月6日 公現祭(東方の三博士の来訪記念日) Trettondedag jul
復活祭2日前 聖金曜日 Långfredagen 金曜日
復活祭翌日 イースターマンデー Annandag påsk 月曜日
5月1日 メーデー Första maj
復活祭39日後 主の昇天(キリスト昇天祭) Kristi himmelsfärds dag 木曜日
6月6日 建国記念日 Svenska flaggans dag 2005年より法定休日
夏至祭前日 夏至祭前日 Midsommarafton 金曜日
6月20日から6月26日の間の土曜日 夏至 Midsommardagen 元々は6月24日
復活祭50日後 聖霊降臨後の月曜日 Annandag pingst 2004年まで法定休日
11月1日 万聖節 Allhelgonadagen
12月24日 クリスマスイヴ Julafton
12月25日 クリスマス Juldagen
12月26日 ボクシング・デー Annandag jul
12月31日 大晦日 Nyårsafton

スポーツ[編集]

手厚い国庫負担によって国民の半分が何らかのスポーツに関与している。

サッカー[編集]

特にサッカーが盛んで、FIFAワールドカップでは地元開催の1958年大会で準優勝、1950年ブラジル大会、1994年アメリカ大会では3位に入っている。ブロリンラーションリュングベリイブラヒモビッチなど欧州のビッグクラブで活躍する選手も輩出している。

ウィンタースポーツ[編集]

ウィンタースポーツも盛んに行われており、特にアイスホッケーはサッカーを凌ぐ人気スポーツである。NHLデトロイト・レッドウィングスに所属するヘンリク・ゼッターバーグは国民的スター。彼が原動力となり2006年はトリノオリンピックアイスホッケー世界選手権の両方で金メダルを獲得した。

その他[編集]

陸上競技では2004年アテネオリンピックで男子走高跳、男子三段跳、女子七種競技で金メダルを獲得するなど跳躍競技を中心に強い。また当初は陸上競技として捉えられていたものの、スウェーデン軍の斥候訓練が由来とされるオリエンテーリングも非常に盛んであり、他の北欧諸国と同じく強豪国として君臨している。他にボート競技、卓球繋駕速歩競走など。テニスは国技とされ、日本で言う国技館のようなテニス会場がある。

結婚[編集]

婚姻の際、以前は父姓に統一するのを原則とし、例外的に別姓とする慣習法があったが、1982年に夫婦同姓・複合姓・夫婦別姓が選択できることが明文化された婚姻法が施行されている。また、2009年からは、同性同士の結婚(同性婚)も認められた。その他、サムボ法がある。

著名な出身者[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d IMF Data and Statistics 2009年4月27日閲覧([1]
  2. ^ 1926年7月11日付の東京朝日新聞記事(神戸大学電子図書館システム)では「日典通商条約」「日瑞居住通商条約」の使用例が確認可能である。
  3. ^ 「西」はスペイン(西斑牙)の略字として現在も広く使用されている。
  4. ^ “スウェーデンのロベーン政権、解散総選挙を決定・任期満了前選挙の実施は実に半世紀ぶり”. (2013年12月4日). http://www.businessnewsline.com/news/201412041004580000.html 2014年12月18日閲覧。 
  5. ^ スウェーデン の社会保障 社会保障研究所編 東京大学出版会
  6. ^ kommunの訳語は一般書では「市」と表記(翻訳)されており、研究書では「コミューン」と音をそのままカタカナ転写するのが一般的である。具体的には一般書として『スウェーデンの分権社会』 (ISBN 4-7948-0500-4)、『スウェーデンの作業療法士』 (ISBN 4-7948-0475-X)、研究書としては『スウェーデンハンドブック』 (ISBN 4-657-97523-4)、『北欧の政治』 (ISBN 4-657-98946-4)、『スウェーデンの政治』 (ISBN 4-657-94626-9) の各書を参照してください。
  7. ^ 人口は2007年6月30日付のスウェーデン統計局(Statistiska centralbyrån)による統計結果。面積はナショナルエンスィークロペディーン(Nationalencyklopedin)調べの数値。人口密度は小数第三位を四捨五入。
  8. ^ 石弘之著『地球環境報告』岩波書店《岩波新書(新赤版33)》 1988年 216ページ
  9. ^ “Immigrants: The ins and the outs”. The Economist. (2013年2月2日). http://www.economist.com/news/special-report/21570836-immigration-and-growing-inequality-are-making-nordics-less-homogeneous-ins-and 2013年6月10日閲覧。 
  10. ^ Number of persons with foreign or Swedish background (detailed division) by region, age in ten year groups and sex. Year 2002–2011”. Statistics Sweden. 2013年1月5日閲覧。
  11. ^ Statistikdatabasen” (Swedish). Statistics Sweden. 2013年3月12日閲覧。
  12. ^ Antal personer med utländsk eller svensk bakgrund (grov indelning) efter region, ålder i tioårsklasser och kön. År 2002 – 2011” (Swedish). Statistics Sweden. 2013年3月12日閲覧。
  13. ^ 6.5% of the EU population are foreigners and 9.4% are born abroad (PDF)”. Eurostat. 2013年3月13日閲覧。
  14. ^ a b Tabeller över Sveriges befolkning 2009” (Swedish). Statistics Sweden (2009年1月24日). 2011年9月1日閲覧。
  15. ^ Befolkningsutveckling; födda, döda, in- och utvandring, gifta, skilda 1749–2007” (Swedish). Statistics Sweden. 2013年9月7日閲覧。
  16. ^ Sweden: Restrictive Immigration Policy and Multiculturalism, Migration Policy Institute, 2006”. Migrationinformation.org. 2013年3月13日閲覧。
  17. ^ “Stockholm riots raise questions about immigration policy”. Financial Times. (2013年5月22日). http://www.ft.com/intl/cms/s/0/c4843956-c2f3-11e2-9bcb-00144feab7de.html#axzz2UIBxfkhu 
  18. ^ “スウェーデン、亡命希望のシリア難民全員受け入れへ”. AFPBB News. (2013年9月4日) 
  19. ^ Foreign-born persons by country of birth, age, sex and period”. Statistics Sweden. 2013年1月3日閲覧。
  20. ^ スウェーデン総選挙、中道右派政権続投 右翼政党も議席 (アサヒ・コム)
  21. ^ News Week - 暴動で露呈したスウェーデンのひずみ
  22. ^ AFP News - ストックホルムで3夜連続の暴動、車や学校に放火
  23. ^ 北欧通信第3号 スウェーデン人から見た日本像
  24. ^ みゆき ポアチャ (2013年12月24日). “聖ルシア祭に見る移民社会の苦悩 試されるスウェーデンの寛容さ~北欧・福祉社会の光と影”. 日本ビジネスプレス. http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/39512 2013年1月5日閲覧。 

参考文献[編集]

  • 岡沢憲芙・宮沢太]編 『スウェーデンハンドブック』 早稲田大学出版部 1997 ISBN 4-657-97523-4
  • 岡沢憲芙・宮沢太郎編 『スウェーデンハンドブック第2版』 早稲田大学出版部 2004 ISBN 4-657-04512-1
  • 岡沢憲芙・奥島孝康編 『スウェーデンの政治』 早稲田大学出版部 1994 ISBN 4-657-94626-9 (Waseda libri mundi 10)
  • 岡沢憲芙・奥島孝康編 『スウェーデンの経済』 早稲田大学出版部 1994 ISBN 4-657-94627-7 (Waseda libri mundi 11)
  • 岡沢憲芙・奥島孝康編 『スウェーデンの社会』 早稲田大学出版部 1994 ISBN 4-657-94626-9 (Waseda libri mundi 12)
  • 岡沢憲芙 『スウェーデンの挑戦』 岩波新書 1991 ISBN 4-00-430177-7
  • オロフ・ペタション著、岡沢憲芙・斉藤弥生・木下淑恵訳 『北欧の政治』 1998 早稲田大学出版部 ISBN 4-657-04512-1 (スウェーデン語の原書は1995年初版)
  • 武田龍夫著 『北欧の外交』 東海大学出版会 1998 ISBN 4-486-01433-2
  • 武田龍夫著 『北欧』 中央公論社 1995 ISBN 4-12-002416-4
  • 武田龍夫著 『物語 北欧の歴史』 中公新書 1993 ISBN 4-12-101131-7
  • 百瀬宏・志摩園子・大島美穂著 『環バルト海』 岩波新書 1995 ISBN 4-00-430408-3
  • 百瀬宏・熊野聰・村井誠人編 『北欧史』 山川出版社 1998 ISBN 4-634-41510-0
  • 伊藤和良著 『スウェーデンの分権社会』 新評論 2000 ISBN 4-7948-0500-4
  • 河本佳子著 『スウェーデンの作業療法士』 新評論 2000 ISBN 4-7948-0475-X
  • ヤン・カールソン著、堤猶二訳 『真実の瞬間』 ダイヤモンド社 1990 ISBN 4-478-33024-7 (スウェーデン語の原書は1985年初版)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

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