アンナ・リンド

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アンナ・リンド
Anna Lindh
生年月日 1957年6月19日
出生地  スウェーデンストックホルム
没年月日 (2003-09-11) 2003年9月11日(46歳没)
死没地  スウェーデン・ストックホルム
出身校 ウプサラ大学
所属政党 社会民主労働党
配偶者 ボー・ホルムベルイスウェーデン語版

在任期間 1994年 - 1998年

在任期間 1998年10月7日 - 2003年9月11日
テンプレートを表示

アンナ・リンドスウェーデン語: Ylva Anna Maria Lindh1957年6月19日 - 2003年9月11日)は、スウェーデン政治家1994年から1998年まで環境相、1998年から暗殺されるまで外相を歴任した[要出典]

ストックホルムの郊外Enskede-Årstaで生まれ、エンシェーピングで育った。1982年ウプサラ大学を卒業[要出典]

暗殺[編集]

2003年9月10日、リンドはストックホルムの中心部にあるNK(エヌコー)デパートで買い物をしていたところ、ナイフを持った男に襲われ病院に運ばれたものの、翌朝5時29分に死亡が確認された[要出典]

リンドの死亡の3日後である9月14日ユーロ通貨統合に関する国民投票があり、ユーロ導入は否決された。導入賛成派であったことがリンド暗殺の原因であるとも言われたが、犯人として逮捕されたミハイロ・ミハイロビッチ精神疾患を患っていたとされ、当人も政治的意図やリンドに対する恨みを否定し、刺すのは別に誰でも構わなかったと述べている[1]

脚注[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]