新自由主義

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新自由主義(しんじゆうしゅぎ)は、「新しい自由主義」を主張する思想や諸政策であるが、歴史的には複数の用語の日本語訳として使われている[1]

当初はニューリベラリズム: New Liberalism)が「新自由主義」と訳された。ニューリベラリズムは、初期の個人主義的で自由放任主義的な古典的自由主義に対して、社会的公正を重視して社会保障公共事業など政府の介入を推進する諸思想諸政策で、「社会自由主義」などとも訳される[2]

しかし1980年代以降は、ネオリベラリズム: neoliberalism)が「新自由主義」と訳される場合が増加した。ネオリベラリズムは市場による自由競争や古典的自由主義を再評価し、市場機能を歪めることとなる政府による介入は、民間では適切に行えないものに極力限定すべきとする諸思想諸政策である。

当記事では後者のネオリベラリズムの意味で記述する。

目次

[編集] 概説

市場原理主義経済思想に基づき、低福祉、低負担、自己責任を基本として小さな政府を推進する。経済政策については、均衡財政、福祉・公共サービスなどの縮小、公営事業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、労働者保護廃止などを基本とする、市場原理を極力活用した資本主義経済体制が新自由主義である。

新自由主義を主張した主な学者・評論家にはミルトン・フリードマンジョージ・スティグラーゲーリー・ベッカージェームズ・M・ブキャナンなどがいる[3]。また新自由主義に基づく諸政策を実行した主な政治家にはロナルド・レーガンマーガレット・サッチャー中曽根康弘、などがいる[4]

高度経済成長期の経済体制(フォーディズム[注釈 1]に続く資本主義経済の体制であり、国家による富の再分配を主張する社会民主主義(英:Democratic Socialism)、国家が資本主義経済を直接に管理する開発主義の経済政策などと対立する。計画経済で企業のすべてが、事実上、国家の管理下である国家社会主義とは極対にある経済思想である。

[編集] 理論的背景

国営事業では、価格メカニズムが上手く機能しないことなどから常に最善を目指すというインセンティブが働きにくい。また、政治的判断で行われる公共事業では、経済的合理性を欠いた事業の推進が行われ得る。これらは経済を非効率な状態にするため、政府の介入は、市場にだけ任せると問題が発生する公共財の供給など市場の失敗への対応や、政府・中銀にしか実行できない財政政策金融政策といったマクロ経済安定化策だけに限るべきであり、市場原理に任せられることについては極力、手を出さない方がいいとする考え方が背景にある。そのため、民間でも過不足なく供給可能な公共サービスの縮小や、公営企業の民営化、経済の対外開放、規制緩和による競争促進、情報公開などを一体とする構造改革の政策を実行し、それにより整えられた舞台の上で、経済主体を自由に競争させようとする。

これらの経済政策を個々にとりだせば、それは決して新自由主義に固有のものではない[注釈 2]

[編集] 歴史

第二次世界大戦後から1970年代ごろまで、先進諸国の経済政策はフォーディズムとも呼ばれるケインズ主義が主流であった。これは、伝統的な自由放任主義で発生し得る個々人の自主的な流動性選好が、経済全体での貨幣退蔵へと繋がるという欠陥が世界恐慌を引き起こしたとする認識のもと、公共事業による景気の調整、主要産業の国家によるコントロールなどを推進し、国家が経済に積極的に介入して、潤沢な財政支出により年金・失業保険・医療保険等の社会保障の拡充、個人の社会権(実質的な自由)などの保障を行って、人々を資本主義の中に主体的に統合し資本主義経済を安定化させる経済・社会体制であった。

このような、「大きな政府」、「福祉国家」と呼ばれる体制は、1970年代に石油危機への対応が適切に出来なかったことから政策の有効性への疑問を招き、マネタリストサプライサイダー(供給重視の経済学)からの批判にさらされた。当時、イギリスは「英国病」と揶揄された慢性的な不況に陥って財政赤字が拡大し、アメリカでもスタグフレーションが進行し失業率が増大した。こうした行き詰まりの状況を生み出した責任が国家による経済への恣意的な介入と政府部門の肥大化にあるという主張である。

既に、1970年代に、チリではチリ・クーデターによって政権を握ったアウグスト・ピノチェト将軍がミルトン・フリードマンの影響下にあるシカゴ学派マネタリストを登用して、それまでの輸入代替工業化政策から世界初の新自由主義的な経済政策に移行したが、主要先進国で登場したのは1980年代であり、新自由主義そのものも1980年代にその名が付けられたともされる(ハイエクの新自由主義論:1986年)。それが基盤とする新古典派経済学が、英国・米国を中心として発展してきたところから、新自由主義は、まず、米・英とその覇権下にある国々に広まった。すなわち、英国のマーガレット・サッチャー政権によるサッチャリズム、米国のロナルド・レーガン政権によるレーガノミクスと呼ばれる経済政策である。サッチャー政権は、電話石炭航空などの各種国営企業の民営化労働法制に至るまでの規制緩和社会保障制度の見直し、金融ビッグバンなどを実施し、労働者を擁護する多くの制度・思想を一掃した。レーガン政権も規制緩和や大幅な減税を実施し、民間経済の活性化を図った。また、同時期、日本においても中曽根康弘政権によって電話、鉄道などの民営化が始まった。

さらに、ビル・クリントン政権の経済政策、いわゆるワシントン・コンセンサスにより、新自由主義はIMF世界銀行を通じて世界中に広められた。その政策パッケージを各国に受け入れさせることにより、アングロサクソン諸国の資本はより大きな資本移動の自由を手に入れた。1997年にアジア経済危機の打撃を受けた韓国では、金大中・盧武鉉両政権によって推進された新自由主義政策により、大きな財閥企業や銀行が米国資本に買収された。

中国では、2000年代からWTO加盟など自由貿易を推進し、対米輸出によって米国に強く依存するようになった[5]。国営企業の比重が依然として高いが、その「国営企業」の大半は改革開放によって利権を取得しやすい一握りの党幹部及びその家族の「家産」となっているのが現状であり、ほぼ「民営」であるのが実態である[6]。土地が国有で、戸籍制度のため国内労働力移動は完全に自由でないが、愛知大学教授高橋五郎によると中国農業は実態の判明しないコングロマリットによって企業経営化しているという。したがって農民はもはや農民ではなく、米国以上に農村企業に雇われた労働者化しており、自由主義の極致に達しているとの指摘もある[6]。インターネットなどによる情報公開については強く規制・弾圧され、以前からの社会主義が公式のイデオロギーとなっている。

中国、シンガポールベトナムウラジミール・プーチン大統領時代のロシア連邦などの経済体制は、ポジティブな資源外交他で大胆に採用した国家資本主義ないし東西冷戦期の韓国やインドネシアのような開発独裁国家とされる。しかしこれも新自由主義に該当するという主張もある[7]

また、フランスドイツなど大陸EU諸国では新自由主義政策が採用される一方、EU域内の結束を図るなど共同体的な思想が生き続けている。特に、フランスではインターネットに代表されるグローバリゼーションの功績を認めた上、アルテルモンディアリスムの試みが草の根レベルで進められている。

新自由主義では、たとえば(1, 1)という配分より(2, 100)という効率性は高まるが公平の落ちた配分の方を是とすることが多く貧富の差を拡大させ得るので、1人1票の民主的な普通選挙を行えば、富裕層を無為に優遇する新自由主義政策を推進する政府は打倒されるという見解もある。[要出典]この「新自由主義のパラドクス」が急速に進行しているのが、1980年代後半から1990年代を通して、累積債務問題やハイパーインフレを背景に新自由主義の洗礼を受けたラテンアメリカであり、アルゼンチンキルチネル政権、チリバチェレ政権、ブラジルルーラ政権、ウルグアイバスケス政権、ペルーガルシア政権などの中道左派ばかりか、ベネズエラボリビアエクアドルニカラグア反米左派政権が誕生している。

[編集] 議論

[編集] 評価

「社会などというものは無い(There is no such thing as society)」[8]と説き、また、「市場の代替物は無い(There is no alternative to market)」として市場を絶対視したサッチャーの下、自助の精神が取り戻されたという評価されている。 また、日本におけるバブル後不況の克服も新自由主義的改革の成果と評価されることもある。なぜならば、小泉政権期において、小渕政権期に高止まりしていた実質実効為替レートを押し下げ、輸出の好調により、失業率・有効求人倍率[9]や中小企業倒産件数[10]は大幅に改善した。しかし、失業率・有効求人倍率が改善したとはいえ、その中身をみると、1998年(2月)から2007年(1-3月)までの10年間で、非正規雇用が1173万人から1726万人へと増加する一方、正規雇用は同時期に3794万人から3393万人と大幅に減少している[11]。また、デフレ傾向が続いたため企業が労働者に支払った給与の総額は、1998年から2007年の10年間に222兆8375億円から201兆2722億円と、約22兆円も減少しており、労働者の平均給与は465万円から437万円に低下するなど、減少傾向が続いた[12]

[編集] 批判

新自由主義は冷戦に勝利をもたらした思想として世界中に広まり、1992年頃に思想的に全盛期を迎えたが、労働者に対する「自己責任」という責任転嫁は、格差社会を拡大したとの批判もあり、また、チリにおけるシカゴ学派の功績は事実と大きく異なると主張しているジョセフ・E・スティグリッツは新自由主義的な政策で国民経済が回復した国は存在しないと主張している[注釈 3]

韓国ではIMF管制下で新自由主義路線をとった金大中政権下で20万人以上もの人々が失業し、事実上「刑死」(=失業による自殺)に追い込まれた者も多い。その後を受けた盧武鉉政権では「左派新自由主義」の名の下に格差の解消に取り組んだが、根本的な政策転換はなされないまま格差がさらに広がる結果となり、経済が回復しても正規雇用が増えずに非正規雇用が増加する「両極化」が大きな社会問題となった。2008年に発足した李明博政権は、法人税減税と規制緩和を中心とした新自由主義政策を実施している。

20世紀末の西ヨーロッパでは、新自由主義の台頭を受け、イギリス労働党トニー・ブレアが唱え、公正と公共サービスの復興を訴える第三の道に代表される中道左派政党を含む政権が台頭した。ユーロ同入前夜である97年の時点で、イギリス、フランス、イタリアといったEUを構成する主要三ヶ国に加え、スウェーデン、ポルトガル、ギリシャを含めた6ヶ国が与党となっていた。

[編集]

新自由主義と呼ばれる主な学者・政治家・地域には以下がある。

[編集] 注釈

  1. ^ 労働者に高賃金を支払って大量生産による工業製品を一般市民に購入させ、それにより資本蓄積を図るとともに、大量の消費財(自動車、家電など)を手に入れた市民の生活水準向上により、市民の意識を保守化させ社会の安定を図る。1929年の世界恐慌後、ワイマール体制崩壊期にあって極めて労働分配率を高めた雇用確保で急速に経済を立て直したドイツの事例などにそれが見られる
  2. ^ 例えば、電力業の民営化は南米諸国で典型的な新自由主義政策とみられているが、日本では第二次世界大戦前から電力は民営だった。他の政策のかなりの部分も19世紀までの産業資本主義には一般的なものだった。
  3. ^ スティグリッツは、『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』において、IMFの支援パッケージが主として新自由主義の元で市場経済を自由化させていくことを重視しすぎるあまり、倒産、民事裁判による債権実現、市場取引のルールなど、その前提たる社会的基盤を軽視しがちであり、その結果、経済的混乱を招き、かえって経済を停滞させる場合が多いことを厳しく批判している。ジョセフ・E・スティグリッツ 『世界を不幸にしたグローバリズムの正体』 鈴木主税訳、徳間書店(原著2002年5月)。ISBN 9784198615192

[編集] 出典

  1. ^ リベラリズムの多義性(川崎修) - 思想 2004年 第9号
  2. ^ ニュー・リベラリズムにおける「社会的なるもの」(髙田 実) - 政治経済学・経済史学会 28062008
  3. ^ ネオリベ現代生活批判序説 pp.29-30
  4. ^ 「新自由主義」とは何か p.25,pp.49-50
  5. ^ 酒井亨『加速する脱中国経済 取り残された日本の行方』(晋遊舎)105p
  6. ^ a b 酒井亨『加速する脱中国経済 取り残された日本の行方』(晋遊舎)104p
  7. ^ 酒井亨『加速する脱中国経済 取り残された日本の行方』(晋遊舎)102p
  8. ^ http://www.margaretthatcher.org/speeches/displaydocument.asp?docid=106689
  9. ^ “失業率・有効求人倍率”. 日本経済新聞. http://www.nikkei.co.jp/keiki/shitugy/ 2009年12月4日閲覧。 
  10. ^ 倒産件数・負債額推移”. 全国企業倒産状況. 東京商工リサーチ. 2009年12月4日閲覧。
  11. ^ 総務省『労働力調査』
  12. ^ 国税庁『民間給与実態統計調査』
  13. ^ The Hong Kong Experiment by Milton Friedman on Hoover Digest accessed at March 29, 2007

[編集] 参考文献

  • 『ネオリベ現代生活批判序説』 白石嘉治,大野英士、新評論、東京、2008年4月、増補。ISBN 978-4-7948-0770-0
  • 友寄英隆 『「新自由主義」とは何か』 新日本出版社、東京、2006年8月。ISBN 4-406-03307-6

[編集] 関連項目

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