シラクサのルチア

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聖ルチア、フランチェスコ・デル・コッサ画。ワシントンD.C.国立博物館蔵

シラクサのルチア (イタリア語Santa Lucia, 英語Saint Lucy 伝承による生没年:283年-304年)は、聖ルチアの名で知られるキリスト教の殉教者。カトリック正教会聖女である。、及び視覚障害者、そしてシラクサの守護聖人。聖名祝日は、西欧では12月13日(旧ユリウス暦では1年で最も夜の長い日)である。ルーテル教会信徒が圧倒的に多いスウェーデンフィンランドデンマークノルウェーで崇拝される数少ない聖人の一人である。これら北欧諸国では、キリスト教伝来前の晩の祝祭『光の祭り』がルチア信仰と結びつき、12月13日に『聖ルチア祭』として国中で祝われる行事となっている(他にスカンディナヴィア諸国で知られる聖人は、洗礼者ヨハネとノルウェーの守護聖人聖オーラヴである)。また、彼女はナポリの船乗りたちの守護聖人でもあり、サンタ・ルチアという有名なナポリ民謡も作られている。街中には同名のもある。

ここでは出生地主義を採用し、名前イタリア語の『ルチア』とする。


[編集] 生涯

『ルチア』とはラテン語を意味するLuxまたはLucidから派生した名前である。ルチアの伝説が伝搬したのは中世だが、彼女の生涯は不明なことが多い。確かなことは、ディオクレティアヌス帝支配下のシラクサで304年に殉教したという事のみである。彼女の犠牲はローマに広まり、6世紀には彼女を信仰の守護者として、教会全体で讃えるようになった。

ローマ人であったルチアのが死ぬと、彼女とエウティシアは何の後ろ盾もなかった。エウティシアは4年あまりも瀉痢に苦しんだが、ルチアは聖女シチリアのアガタの奇跡を聞きつけ、ミサに参加した。エウティシアの病が癒されるよう、2人は聖アガタの墓前で一晩中祈り続けた。いつしか母子は眠ってしまうと、ルチアの枕元に聖アガタが姿を見せ、『私がそうしたように、あなたはすぐシラクサの栄光となるのです。』と言った。エウティシアはたちまち全快した。

エウティシアはルチアを異教徒と政略結婚させようとしたが、ルチアは自身の処女を守るために、持参金を貧者への施しとしてほしいと拒んだ。エウティシアは持参金が良い遺産になると示唆したが、ルチアは逆に母を説き伏せた。自分にはより高貴な婚約者(すなわちキリスト)がいるというのである。その異教徒は思いのままにならないルチアに怒り、彼女を実はキリスト教徒であり、への犠牲として火炙りにすべきだと密告した。ルチアを引き立てに来た兵士たちは、彼女を動かすことができなかった。ルチアは聖霊に満たされた、のように強固な存在となっていたのである。の一群に彼女をつないでも動かなかった。彼女の元にを突き立てても、ルチアは自らを迫害する者たちに予言していたのである。最後の拷問として、ルチアは両目をえぐり出された。奇跡が起き、ルチアは目がなくとも見ることができた。絵画では、彼女はしばしば黄金の上に自分の眼球を載せた姿で描かれる。

[編集] 関連項目

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