奇跡
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
奇跡(奇蹟、きせき、英: Miracle)とは、人間の力や自然現象を超えたできごと。神の力などとされ、宗教と結びついていることが多い。
シャーマニズムの支配する世界ではシャーマンは病気を霊力で治すと信じられている。
旧約聖書でもモーセはさまざまな奇跡を行ったと記述されている。
キリスト教、そのうちの福音主義陣営では、キリストの処女降誕(懐妊)、キリストの肉体的復活など、キリストの生涯そのものが最大の奇跡であるとする。それに対しリベラルな聖書学者は、それを奇跡とは認めず、信仰上のイエス・キリストと史的キリストとを分離するアプローチを可としている。
人間にはできないことをするために聖霊が遣わされ、その人の救いのために必要な行い(すべきことやしてはならないことなど)を示すとの教えがある。
目次 |
[編集] 聖書における「奇跡」を表す用語
聖書には「奇跡」と言う語は使用されていない。聖書では「奇跡」は、以下の3語によって言い表されている。
- 「神の力」(The Power of God):奇跡の起因からの名称である。奇跡は、被造物の世界に創造主である神が力をもって介入した時に起こることから、そのように称されている。
- 「驚き」(Wonders):奇跡の及ぼした結果からの名称である。奇跡は人々に常に驚きをもたらした。聖書には多くの奇跡が記録されているように思えるが、「驚き」という命名を見る限りにおいては、そうしばしば起こったことではないようである。もしそうなら、驚きをもたらさなかったであろう。
- 「しるし」(Signs):聖書が使用する名称の中で、特に特徴的なのがこの語で、奇跡の意義からの名称である。奇跡は単に驚きをもたらすためのものではなく、「しるし」・指標であった。それは、奇跡を行ったイエスがメシヤ、それゆえ単なる人ではなく神的な存在、であったことを立証するためになされたものであることを、聖書はこの語の使用によって主張している。ヨハネの福音書において顕著である。
[編集] 転用
スポーツでは、格上に対する劇的な勝利や信じがたいプレーを奇跡と呼ぶことがある。(例)キンシャサの奇跡
- サッカーでは、ある国やチームが後半ロスタイムに同点・逆転した場合や、圧倒的に格上のチームに勝利した場合にその出来事を開催地の名を取って「~の奇跡」と名付ける事がある。(例)イスタンブールの奇跡、マイアミの奇跡、ロッテルダムの奇跡、カンプ・ノウの奇跡
- 野球ではおもに、9回や延長戦で後攻が2死無走者から同点や逆転をする場合や、サヨナラ負けが濃厚な場面でそれを防いだ場合に奇跡と言われる。
スポーツ以外では、急激な経済発展を指すことがある。(例)東洋の奇跡、漢江の奇跡
また、極めて低い確率でしか起こらない(望ましい)ことが実現した場合にも用いられる。(例)奇跡の星地球(液体の水を持ち、気候が安定し、高等生物が多数生息する星はめったに生まれないという立場からみた地球のこと)
[編集] 悪用
「奇跡」という語は時として人々を惹きつける力を持ち、それゆえこれを悪用する例もある。悪徳商法や悪意のある新興宗教の勧誘で用いられる手法である。
[編集] 奇跡に関連する作品
- 映画
- 戯曲
- 歌謡曲・ポップス
[編集] 関連項目
[編集] 外部リンク
- (百科事典)「Miracles」 - インターネット哲学百科事典にある「奇跡」についての項目。(英語)
- (百科事典)「Miracles」 - スタンフォード哲学百科事典にある「奇跡」についての項目。(英語)

