オーラヴ2世 (ノルウェー王)
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| ノルウェーの聖オーラヴ | |
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聖オーラヴの中世の肖像。
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| 王・殉教者 | |
| 生誕 | 995年 |
| 死没 | 1030年7月29日(35歳頃) |
| 崇敬する教派 | カトリック教会、正教会、ルーテル教会 |
| 列聖日 | 1164年 |
| 列聖決定者 | アレクサンデル3世 |
| 主要聖地 | トロンハイム |
| 記念日 | 7月29日、または8月3日(昇天)、また10月16日 (改宗)[1][2] |
| 象徴 | 王冠、斧、ドラゴン |
| 守護対象 | 彫刻家; 難しい結婚; 王; ノルウェー、フェロー諸島、オーランド諸島 |
オーラヴ2世またはオーラヴ・ハラルズソン(オーラヴ・ハラルドソン、オーラヴ・ハーラルソンの日本語表記も。Olaf II Haraldsson。995年 – 1030年7月29日)は、1015年から1028年にかけてのノルウェーの王であった。彼は、1030年7月29日のスティクレスタズの戦いでその命を落とした1年後、「Rex Perpetuus Norvegiae (英語: Norway's Eternal King。「ノルウェーの永遠の王」の意)」の称号を死後に与えられ、司教のGrimkellによってニーダロス(トロンハイム)において聖者の列に加えられた(en)。彼はニーダロス大聖堂に祭られた。オーラヴの局地的な列聖は、1164年に教皇アレクサンデル3世に確認されたことでカトリック教会における世界的に容認された聖者とされた。1536年から1537年にかけてのルーテル派による偶像破壊主義によって、ニーダロスの聖オーラヴの墓の正確な位置が1568年以降はわからなくなった。聖オーラヴはこんにちも国における法律面ならびに文化面での著名な位置にある。彼はノルウェーの国章の中では斧で象徴されている。そして、Olsok(7月29日)今もなお彼の祝日である。聖オーラヴ勲章(en)は彼に由来して名付けられている。
脚注[編集]
関連項目[編集]
- オーラヴ聖王の伝説サガ(en)
- Oldest Saga of St. Olaf
- Separate Saga of St. Olaf
- ヘイムスクリングラ (オーラヴの一生の伝記を含む)
- ニーダロス大聖堂
- パッショ・オラヴィ - エイステイン・エルレンズソンによるオーラヴ2世にまつわる伝説集。
外部リンク[編集]
- St. Olavs Orden (ノルウェー語)
- St. Olavsloppet (英語)
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