イエスの母マリア

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『聖母子像』(Bartolommeo Coriolano、1630 - 1655)

イエスの母マリア(イエスのははマリア、Maria Mother of Jesus)は、ナザレのイエスイエス・キリスト)の

生涯[編集]

ヨセフと婚約。結婚前にイエスを身ごもった。ヨセフは婚約者のマリアが身ごもっていることを知る。律法に忠実な義人であればマリアを不義姦通として、世間に公表し、申命記22・23に基づく石打ちの刑にする権利があったがそれを行使せず、全てを受け入れマリアと結婚した。ただしこのことはヨセフが神を深く信じ、情け深かったからであり、義人でなかったことを意味するものではない。

カトリック教会ではマリアにはイエス以外に子はいなかったとしている(新約聖書中の「兄弟」という記述は「親類」という意味だと解釈している。中東では家族と親族の区別は実際上は無く、呼びわけもなされていないため)。プロテスタントの中には、新約聖書中の「兄弟」という記述を、文字通り「兄弟」だと解釈し、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの4人もマリアの子だったのだろう、としている宗派もある。

イエスの磔刑の後、晩年はイエスの十二人の弟子・使徒の一人である使徒ヨハネとともに小アジアのエフェソスで余生を送ったとも伝えられる。   

福音書が描写するマリア[編集]

福音書に拠れば、処女懐胎により、イエスを身ごもったとされている。 『マタイによる福音書』(1:18-25)では、マリアは聖霊による受胎をすでに知っていたが、ヨセフはナザレではない地で(2:22-23、恐らくベツレヘムで)夢にあらわれた天使のお告げによってマリアと結婚した。『ルカによる福音書』(1:26-38)では、ナザレで、天使ガブリエルがマリアの前に現れ、受胎告知した。

マタイによる福音書やルカによる福音書より、先に著述された『マルコによる福音書』では、イエスが30歳頃に洗礼者ヨハネからヨルダン川で洗礼を受けるところから書き始めている。もしも、イエスが聖霊によって受胎したという話が既にあったのならば、それを書かなかったということが『マルコによる福音書』の著者の信仰を示している。近年紀元後70年代に著述されたという説が強い[誰によって?]が、その場合は、マタイやルカと10年~20年しか隔たっていないことになる。

宗教上のマリア[編集]

キリスト教[編集]

聖母マリアを参照のこと。

イスラム教におけるマリア[編集]

クルアーンの第19章「マルヤム」ではイエスの生誕物語が語られる(なお、クルアーン中の表記では「マリア」→「マルヤム」/「イエス」→「イーサー」となる)。新約聖書におけるより中東の風土を強く感じさせる描写となっている。なお3章にも平行する記述がある。

比較宗教学[編集]

比較宗教学的見地としては、マリアのイメージに、さまざまな女神信仰が混淆(習合)して、聖母マリアのイメージが形成されてきたと考えられている[誰によって?]。初期キリスト教時代には地中海地域で多くの信者を有していたアルテミスイシスキュベレーなどの信仰が聖母マリアに転嫁されたと考えられる[誰によって?]。またケルト系の民族においてはケルト系の女神などが混淆し、西ヨーロッパのさまざまな民族においてもそれぞれの女神信仰がマリアのイメージと混淆したと考えられる[誰によって?]

脚注[編集]

関連項目[編集]