ナポリ

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ナポリ
Napoli
ナポリの風景
ナポリ の紋章
イタリア
カンパニア州
ナポリ
測地系 北緯: 40°50′0″ 東経: 14°15′0″
標高 海抜 17 m
面積 117.27 km²
人口 995,171 31-12-04 
人口密度 8490 人/km²
分離集落
隣接コムーネ アルツァーノカザンドリーノカザヴァトーレカゾーリアチェルコラマラーノ・ディ・ナーポリメリート・ディ・ナーポリムニャーノ・ディ・ナーポリポルティチポッツオーリクアルトサン・ジョルジョ・ア・クレマーノサン・セバスティアーノ・アル・ヴェズーヴィオヴォッラ
CAP(郵便番号) 80100
市外局番 081
ISTATコード 063049
IDコード F839
住民の呼称 napoletani
守護聖人 San Gennaro
祝祭日 9月19日
Comune
Posizione del comune nell'Italia
公式サイト
ウンベルト1世のガッレリア
19世紀の建築で、高さ58mのガラス天井を備える
ナポリから眺めたヴェスヴィオ火山
ナポリの街並みとナポリ湾
ヌォーヴォ城 13世紀の建築

ナポリ市: Comune di Napoli)は、イタリア南部・カンパニア州州都で、ナポリ県県庁所在地である。世界三大夜景の街として有名。ナポリ語が話されていて、ナポリ語での名称はナプレ(Napule)となる。英語名はNaples(ネイプルズ)。

目次

[編集] 概要

「ナポリを見てから死ね」(日本のことわざでいうところの「日光を見ずに“結構”と言うな」)と言われるほど風光明媚な土地としても知られる(但し、現在では「ナポリが死なないうちに見ておけ」という皮肉の意も含まれる)。ナポリ市の人口は約100万で、ナポリ都市圏の人口300万だが、古くから過密が社会問題になっている。

イタリア以外の外国人が想像する輝く太陽と温暖な気候、陽気な人々というイタリアのイメージは、この都市が元になっている。その一方で、今日でもカモッラによる影響が強い都市としても有名である。

[編集] 歴史

ナポリ市は、紀元前6世紀古代ギリシア人(特にアテネ人)の植民活動によって建市されたと考えられている。「ナポリ」の語源はギリシア語の「ネアポリス」(新しいポリス)であり[1]、最初に建設された植民都市パルテノペから数キロはなれた場所に新しく建設された町という意味である。その後、ナポリは長くローマ帝国の支配下にあったが、476年西ローマ帝国滅亡後、南イタリアは東ゴート族ランゴバルド族の支配が及ぶなど流動的な状況となった。6世紀になると、東ローマ帝国ユスティニアヌス1世がイタリアの再征服に乗り出し、イタリア半島はラヴェンナを首府とするビザンツ帝国の属州となった。ナポリ市には660年にビザンツ系の公国が設置されている。

11世紀にはノルマン人が南イタリアに到来し、イスラム教徒が支配するシチリア島を征服してシチリア王国オートヴィル朝)を建国するが、ノルマン人の支配は南イタリアでも拡大され、ナポリ公国も1140年ノルマン人の手に落ちた。12世紀にはシチリア王国は婚姻関係によってホーエンシュタウフェン家神聖ローマ皇帝の支配に移った。1224年には異色の皇帝フェデリーコ2世(神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世)がナポリ大学を設立した。

フランスの王族シャルル・ダンジューによりホーエンシュタウフェン家のシチリア支配が断絶すると、ローマ教皇クレメンス4世1266年、シチリア王国をシャルル・ダンジューにあてがい、アンジュー家は王国の首都をパレルモからナポリに遷都した。しかし1284年シチリアの晩鐘事件を契機にシチリア島で反乱が起こると、アラゴン王ペドロ3世がシチリアを占領するが、ナポリを中心とする南イタリアはアンジュー家が依然として押さえていたので、王国は2つに分割された。2つの王国は共に「シチリア王国」を公称していたが、この時にナポリ王国が成立したと見ることができる。

トラスタマラ家のアラゴン王アルフォンソ5世はシチリア王を兼ねていたが、内紛続きのナポリ王国を征服して、1443年にナポリ入りし、2つの「シチリア王国」の王を兼ねた。アルフォンソはアラゴン王であるにもかかわらず、ナポリに長く滞在して統治した。1458年のアルフォンソの死後は私生児のドン・フェランテがフェルディナンド1世としてナポリ王位のみを継承するが、失地回復をめざすフランス・ヴァロワ朝シャルル8世がこれにつけ込んで、1494年にナポリを武力占領した。これに対してスペイン(カスティーリャ=アラゴン連合王国)から派遣されたコルドバ将軍は、1503年にナポリを征服し、フランス軍を南イタリアから追放した。ナポリ王家は取り潰され、スペインのナポリ総督によって支配される属州となった。

スペイン継承戦争1701年 - 1714年)のさなか、1707年にオーストリア・ハプスブルク家の軍隊がナポリに入城し、スペインの総督は追い払われた。オーストリアの支配は1734年まで続く。ポーランド継承戦争が起こると、フランス・ブルボン家スペイン・ブルボン家の支援を求め、1734年にスペイン王子でもあるパルマ公ドン・カルロスがナポリに入城してナポリ王カルロ7世として即位、シチリアも回復した。カルロスは1759年にスペイン王カルロス3世として即位した際、ナポリ王位を息子のフェルディナンド4世に譲った。この1734年をもって両シチリア王国の成立とする見方もある。ただこの時は正式名称としては使用されなかった。

ナポレオン戦争の間、ナポリ王フェルディナンドはナポリから追放され、シチリアを領有するのみとなった。ナポリは1806年から1815年にかけてナポレオン・ボナパルトの兄ジョゼフ、次いで妹婿のミュラを王に戴くことになる。1816年にフェルディナンドがナポリとシチリアの王として返り咲くと、間もなく国名を正式に両シチリア王国とした。1860年、両シチリア王国はジュゼッペ・ガリバルディに征服され、翌1861年に成立するイタリア王国に併合された。

1995年世界遺産(文化遺産)『ナポリ歴史地区』として登録された。

[編集] ごみ問題

元々ゴミの分別には無縁で、観光地を抱えているにもかかわらず、平気で路上にゴミを捨てる人間が多い。しかし2002年頃から路上清掃が滞りがちになったのを皮切りに、ゴミの回収も滞りがちになった。2004年頃からは、夏期になると強烈な異臭を放つゴミに火を放つのが恒例行事となってしまい、二次火災などが発生している。2007年になってからは、ゴミ埋め立て処分場の不足によりゴミの回収がほぼ完全に停止し、足の踏み場もないほどに町中にゴミが溢れかえっている。カンパニア州にあった5つの埋め立てゴミ処理場がすべて満杯になり、閉鎖してしまったことや、当局に賄賂を払ってゴミ収集を請け負ってきたマフィアと当局との関係悪化で、マフィアがゴミ回収を中止したことが原因である。そのため現在、観光客が激減している。住民による自主的な片付けや一部他都市への輸送が決定されたが、住民の出すゴミの量と散乱した状況により、2008年10月の時点でも抜本的な改善はなされていない。ゴミ焼却施設も未だ建設中で、運転開始は2009年以降とされている。

[編集] 観光

建築物
遺跡
自然

[編集] 食文化

[編集] 姉妹都市

[編集] 出身著名人

[編集] 参考文献

  1. ^ 塩野七生『ローマ人の物語1 ローマは一日にして成らず[上]』、新潮文庫2002年、p.149。
  • 澤井繁男「ナポリの肖像 血と知の南イタリア」中公新書(2001年)、書籍情報: ISBN 4-12-101609-2

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ウィキメディア・コモンズ
公式
観光


ナポリ県の紋章
ナポリ県コムーネ
アジェーロラ , アチェッラ , アナカプリ , アフラゴーラ , アルツァーノ , イスキア , ヴィーコ・エクエンセ , ヴィシャーノ , ヴィッラリッカ , ヴォッラ , エルコラーノ , オッタヴィアーノ , カーゾラ・ディ・ナーポリ , カイヴァーノ , カザヴァトーレ , カザマルチャーノ , カザミッチョラ・テルメ , カザルヌオーヴォ・ディ・ナーポリ , カザンドリーノ , カステッランマーレ・ディ・スタービア , カステッロ・ディ・チステルナ , カゾーリア , カプリ , カルヴィッツァーノ , カルディート , カルボナーラ・ディ・ノーラ , カンポザーノ , クアリアーノ , クアルト , グラニャーノ , クリスパーノ , グルーモ・ネヴァーノ , コミツィアーノ , サヴィアーノ , サン・ヴィタリアーノ , サン・ジェンナーロ・ヴェズヴィアーノ , サン・ジュゼッペ・ヴェズヴィアーノ , サン・ジョルジョ・ア・クレマーノ , サン・セバスティアーノ・アル・ヴェズーヴィオ , サン・パオロ・ベル・シート , サンタ・マリーア・ラ・カリタ , サンタナスタジーア , サンタニェッロ , サンタンティモ , サンタントーニオ・アバーテ , シシャーノ , ジュリアーノ・イン・カンパーニア , ストリアーノ , セッラーラ・フォンターナ , ソレント , ソンマ・ヴェズヴィアーナ , チェルコラ , チッチャーノ , チミティーレ , テルツィーニョ , トゥフィーノ , トッレ・アンヌンツィアータ , トッレ・デル・グレーコ , トレカーゼ , ナポリ , ノーラ , バーコリ , バラーノ・ディスキア , パルマ・カンパーニア , ピモンテ , ピャーノ・ディ・ソッレント , フォリーオ , フラッタマッジョーレ , フラッタミノーレ , ブルシャーノ , プローチダ , ボスコトレカーゼ , ボスコレアーレ , ポッジョマリーノ , ポッツオーリ , ポッレナ・トロッキア , ポミリアーノ・ダルコ , ポルティチ , ポンペイ , マッサ・ディ・ソンマ , マッサ・ルブレンセ , マラーノ・ディ・ナーポリ , マリリアーノ , マリリアネッラ , ムニャーノ・ディ・ナーポリ , メータ , メリート・ディ・ナーポリ , モンテ・ディ・プローチダ , ラッコ・アメーノ , リーヴェリ , レッテレ , ロッカライーノラ