アマルフィ海岸
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
|||
|---|---|---|---|
アマルフィ海岸
|
|||
| (英名) | Costiera Amalfitana | ||
| (仏名) | Côte amalfitaine | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | 文化遺産(2),(4),(5) | ||
| 登録年 | 1997年 | ||
| 拡張年 | |||
| 備考 | |||
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) | ||
| 地図 | |||
![]() |
|||
| 世界遺産テンプレートを使用しています | |||
アマルフィ海岸(Costiera Amarfitana)はイタリアはカンパニア州サレルノ県、ソレント半島南岸の海岸。ティレニア海・サレルノ湾に面する。ヴィエトリ・スル・マーレからアマルフィを抜け、ポジターノへ到るまでの一帯を言う。世界一美しい海岸と言われ、1997年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録された。
[編集] 登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
- (5) 特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、または土地利用の際立った例。
[編集] 関連項目
| 文化遺産 | |
|---|---|
| ヴァルカモニカの岩絵群 | ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂 | レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院 | フィレンツェ歴史地区 | ヴェネツィアとその潟 | ピサのドゥオモ広場 | サン・ジミニャーノ歴史地区 | マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園 | ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ | シエーナ歴史地区 | ナポリ歴史地区 | クレスピ・ダッダ | フェラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯 | デル・モンテ城 | アルベロベッロのトルッリ | ラヴェンナの初期キリスト教建築物群 | ピエンツァ市街の歴史地区 | カゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョの邸宅群 | サヴォイア王家の王宮群 | パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ) | ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレと小島群 | モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカとグランデ広場 | ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域] | アマルフィ海岸 | アグリジェントの考古的地域 | ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ | スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ | アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバシリカ | ウルビーノ歴史地区 | パエストゥムとヴェーリアの考古遺跡群やパドゥーラのカルトゥジオ修道院を含むチレントおよびヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園 | ヴィッラ・アドリアーナ (ティヴォリ) | ヴェローナ市街 | アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群 | ティボリのデステ家別荘 | ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々 | ピエモンテ州とロンバルディア州のサクリ・モンティ | ヴァル・ドルチャ | チェルヴェーテリとタルクイーニアのエトルリア墓地遺跡群 | シラクサとパンターリカの岩壁墓地遺跡 | ジェノヴァのレ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度 | レーティシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観(スイスと共有)| マントヴァとサッビオネータ | |
| 自然遺産 | |
| エオリア諸島 | ドロミーティ | |
| 世界遺産 | ヨーロッパの世界遺産 | イタリアの世界遺産 | 五十音順 | | |
| この「アマルフィ海岸」は、イタリアの地理関連の書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(PJイタリア/P:イタリア) |


