サヴォイア王家の王宮群
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
|
|||
|---|---|---|---|
サヴォイア家の王宮
|
|||
| (英名) | Residences of the Royal House of Savoy | ||
| (仏名) | Les résidences des Savoie | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | 文化遺産(1),(2),(4),(5) | ||
| 登録年 | 1997年 | ||
| 拡張年 | |||
| 備考 | |||
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) | ||
| 地図 | |||
![]() |
|||
| 世界遺産テンプレートを使用しています | |||
サヴォイア王家の王宮群は、イタリアのトリノ周辺の世界遺産登録物件名。
目次 |
[編集] 概要
イタリア統一運動の際主力となったサヴォイア家は、統一イタリアの首都をトリノに定め、その周辺に様々な建築を残した。多くの建物は当時の最新技術を駆使したもので、現在でもその威容を誇る。
トリノ市中心部のカステッロ広場に面する王宮とその庭園をはじめ、当時政治を行った建物や王家の居所、狩猟要の建物等市内外に点在する建造物を含む。
[編集] 主な構造物
[編集] 王宮(Palazzo Reale)及びその庭園
トリノ市内中心部カステッロ広場に面し、左右対称の優美な建築物。16世紀から17世紀に建てられた。1584年から1596年にはトリノ都市計画を行ったアスカニオ・ヴィトッツィ(Ascanio Vitozzi)が設計及び建築を開始し、その後が1658年にカルロ・モレッロ(Caro Morello)の設計により完成した。さらにその後一部追加され、18世紀に現在の形に完成した。裏手(北側)に広がる庭園はアンドレ・ル・ノートル(André Le Notre)が1697年に造ったものである。
[編集] マダマ宮殿(Palazzo Madama)
同じくカステッロ広場に面する。元々ローマ帝国時代の砦であった場所に、14世紀にアカイヤ家により建築がはじまり、諸侯の后の宮殿とされた。1584年にアスカニオ・ヴィトッツィがファサードの設計をした。1718年にフィリッポ・ユヴァッラ(Filippo Juvarra)が主要部分の拡張工事を実施し、現在に至る。2006年のトリノオリンピックではこの建物が国際オリンピック委員会のラウンジ(「オリンピック・クラブ」)として使用された。
[編集] カリニャーノ宮殿(Palazzo Carignano)
1679年、グアリーノ・グアリーニ(Guarino Guarini)によって建築が開始され、その後他の建築家に引き継がれた。レンガ造り建築としては大変ユニークで貴重。1831年までサヴォイア家の宮殿として使用され、その後1848年にサルデーニャ王国議会(Parlamento Subalpino)の議事堂となった。現在は国立イタリア統一博物館(Museo Nazionale del Risorgimento Italiano)となっている。
[編集] ヴァレンティーノ城(Castello del Valentino)
1564年にエマヌエーレ・フィリベルトが余暇を過ごす建物として購入。ポー川を望む宮殿自身は1641年にカルロ・ディ・カステラモンテ(Carlo di Castellamonte)によって完成。現在ではトリノ工学院(Politechnico di Torino)の建築学部に使用されている。
[編集] リヴォリ城(Castello di Rivoli)
スーザ谷に向かう戦略的な場所リーヴォリに位置する14世紀からのサヴォイア家の城。15世紀以降、居住用の宮殿に改築された。さらにその後、ミケランジェロ・ガローヴェが改築を開始し、フィリッポ・ユヴァッラがスペルガ寺院とを視覚的に結ぶ形で設計した。現在、現代美術館(Museo d'Arte Contemporanea)が併設されている。
[編集] モンカリエーリ城(Castello di Moncalieri)
モンカリエーリにある。元々の中世の古城を、徐々に拡張する形で発展。アンドレア・コスタグータ及びアメデオ・ディ・カステラモンテの設計した塔も現存。カルロ・ディ・カステラモンテも参加し、その後徐々に拡張された。
[編集] カッチャ宮殿及びストゥピニージ宮殿(Palazzina di Caccia di Stupinigi)
1729年にヴィットリオ・アメデオ2世がフィリッポ・ユヴァッラに狩猟用の宮殿の設計を依頼。その後、ベネデット・アルフィエリらが拡張。屋根の頂上にフランチェスコ・ラダッテの鹿のモニュメントが設置されている。聖アンデレ十字(サンタンデレ、聖アンデレの十字)の形に建物が左右に延びている。現在、美術品及び歴史的家具博物館(Museo d'Arte e Ammobiliamento storico)が内部に併設されている。トリノ市外ニケリーノにある。
[編集] 登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた。
- (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
- (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
- (5) 特に、不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている、ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落または土地利用の際立った例。
[編集] アクセス
トリノ空港へはパリ、フランクフルト、ローマ等から毎日フライトが就航している。ミラノからは鉄道または高速道路で約2時間。
[編集] 関連項目
| 文化遺産 | |
|---|---|
| ヴァルカモニカの岩絵群 | ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂 | レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院 | フィレンツェ歴史地区 | ヴェネツィアとその潟 | ピサのドゥオモ広場 | サン・ジミニャーノ歴史地区 | マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園 | ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ | シエーナ歴史地区 | ナポリ歴史地区 | クレスピ・ダッダ | フェラーラ:ルネサンス期の市街とポー川デルタ地帯 | デル・モンテ城 | アルベロベッロのトルッリ | ラヴェンナの初期キリスト教建築物群 | ピエンツァ市街の歴史地区 | カゼルタの18世紀の王宮と公園、ヴァンヴィテッリの水道橋とサン・レウチョの邸宅群 | サヴォイア王家の王宮群 | パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ) | ポルトヴェーネレ、チンクエ・テッレと小島群 | モデナの大聖堂、トッレ・チヴィカとグランデ広場 | ポンペイ、エルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域] | アマルフィ海岸 | アグリジェントの考古的地域 | ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ | スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ | アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバシリカ | ウルビーノ歴史地区 | パエストゥムとヴェーリアの考古遺跡群やパドゥーラのカルトゥジオ修道院を含むチレントおよびヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園 | ヴィッラ・アドリアーナ (ティヴォリ) | ヴェローナ市街 | アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群 | ティボリのデステ家別荘 | ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々 | ピエモンテ州とロンバルディア州のサクリ・モンティ | ヴァル・ドルチャ | チェルヴェーテリとタルクイーニアのエトルリア墓地遺跡群 | シラクサとパンターリカの岩壁墓地遺跡 | ジェノヴァのレ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度 | レーティシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観(スイスと共有)| マントヴァとサッビオネータ | |
| 自然遺産 | |
| エオリア諸島 | ドロミーティ | |
| 世界遺産 | ヨーロッパの世界遺産 | イタリアの世界遺産 | 五十音順 | | |


