マテーラの洞窟住居

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
世界遺産 マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園
イタリア
マテーラの住居群
マテーラの住居群
英名 The Sassi and the Park of the Rupestrian Churches of Matera
仏名 Les Sassi et le parc des églises rupestres de Matera
登録区分 文化遺産
登録基準 文化遺産(iii) (iv) (v)
登録年 1993年
公式サイト ユネスコ本部(英語)
地図
マテーラの洞窟住居の位置
使用方法表示

マテーラの洞窟住居(どうくつじゅうきょ)は、イタリアバジリカータ州の町マテーラにあるユネスコ世界遺産登録物件。

目次

[編集] 概要

[編集] サッシ

サッシ(岩壁を意味するサッソの複数形)とは、洞窟住居のことである。マテーラのあるグラヴィナ渓谷は石灰岩の侵食により造成され、渓谷にはこのサッシが何層にも重なって存在している。このサッシがいつ頃から作られたかは不明だが、8世紀から13世紀にかけて、東方からイスラム勢力を逃れた修道僧が住み着き、130以上の洞窟住居を構えていたといわれている。マテーラ周囲からは、旧石器時代の出土品も発見されているため、かなり古くから人々が住んでいたと考えられている。

15世紀から16世紀には、オスマン帝国に追われたアルバニア人やセルビア人などが移住。当時マテーラを支配していたアランゴーナ家は、この地域をジャンカルロ・トラマンターノ伯爵に売り渡す。トラマンターノ伯爵は、マテーラに重税を課すが、住民はこれに反発し伯爵を惨殺する。

その後、マテーラは1663年にバジリカータの州都となり繁栄期を迎える。しかし1806年にポテンツァに州都が移され、その後の経済逼迫の影響もあり衰退していく。

その後、長らく小作農民の住居であったサッシは、南イタリアの貧しさの象徴的な見方がなされ、第二次世界大戦時には不衛生で不便な暮らしが嫌われ、廃墟と化していった。

その評価を気にしたイタリア政府が、1970年代以降、建築学上貴重なものとして省みるようになった。政府が保存に乗り出し、世界遺産へ登録が後押しとなり、人が戻り始め、現在は洞窟住居の7割に人が住んでいる。また、サッシを利用したホテル、オフィス、レストランも開業した。

[編集] ドゥオモ

サッシの中心には、13世紀に建築された石造のドゥオモ(大聖堂)がある。

[編集] 旧石器時代の遺跡

世界遺産の登録外であるが、グラヴィナ渓谷を挟んでマテーラの反対側には、ムルジェッキアという旧石器時代の集落跡が発見されている。

[編集] アクセス

ローマからマテーラ行きの長距離バスが出ている。所要時間約6時間。またナポリからもマテーラ行きのバスがある。 新市街から見下ろせる位置にある。

[編集] 登録基準

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター[1]からの翻訳、引用である)。

  • (iii) 現存する、または、消滅した文化的伝統、または、文明の、唯一の、または少なくとも稀な証拠となるもの。
  • (iv) 人類の歴史上重要な時代を例証する、ある形式の建造物、建築物群、技術の集積、または景観の顕著な例。
  • (v) 特に、回復困難な変化の影響下で損傷されやすい状況にある場合における、ある文化(または、複数の文化)を代表する伝統的集落、または、土地利用の顕著な例。


[編集] 関連項目

Icon of Sekaiisan.svg Icon of Sekaiisan.svg イタリアの世界遺産
World Heritage Sites in Italian Republic

文化遺産
北西部 クレスピ・ダッダ | ジェノヴァのレ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度 | マントヴァサッビオネータ | ポルトヴェーネレチンクエ・テッレと小島群 (ティーノ島,ティネット島) | サヴォイア王家の王宮群 | レーティシュ鉄道アルブラ線/ベルニナ線と周辺の景観(スイスと共有)| ヴァルカモニカの岩絵群 | ピエモンテ州とロンバルディア州のサクリ・モンティ | レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院
北東部 アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバシリカ | パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ) | モデナの大聖堂市民の塔グランデ広場 | フェラーラ:ルネサンス期の市街ポー川デルタ地帯 | ラヴェンナの初期キリスト教建築物群 | ヴェネツィアとその潟 | ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ | ヴェローナ市街
中央部 アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群 | チェルヴェーテリとタルクイーニアのエトルリア墓地遺跡群 | フィレンツェ歴史地区 | ヴィッラ・アドリアーナ (ティヴォリ) | ピサのドゥオモ広場 | ピエンツァ市街の歴史地区 | ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂 | サン・ジミニャーノ歴史地区 | シエーナ歴史地区 | ウルビーノ歴史地区 | ヴァル・ドルチャ | ティヴォリのエステ家別荘
南部 アルベロベッロのトルッリ | アマルフィ海岸 | デル・モンテ城 | パエストゥムヴェーリアの考古遺跡群やパドゥーラのカルトゥジオ修道院を含むチレントおよびヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園 | ナポリ歴史地区 | カゼルタ18世紀の王宮と公園ヴァンヴィテッリの水道橋サン・レウチョの邸宅群 | ポンペイエルコラーノおよびトッレ・アヌンツィアータの遺跡地域 | マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園
島々 ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々 | アグリジェントの考古的地域 | ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ | シラクサパンターリカの岩壁墓地遺跡 | スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ
自然遺産
エオリア諸島 | ドロミーティ| サン・ジョルジョ山(スイスと共有)
世界遺産 | ヨーロッパの世界遺産 | イタリアの世界遺産 | 五十音順 | [編集]
Commons-logo.svg ウィキメディア・コモンズに、イタリアの世界遺産に関連するカテゴリーがあります。
個人用ツール
名前空間
変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語