アルベロベッロのトゥルッリ
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|---|---|---|---|
とんがり屋根のトゥルッリ
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| 英名 | The Trulli of Alberobello | ||
| 仏名 | Les trulli d'Alberobello | ||
| 登録区分 | 文化遺産 | ||
| 登録基準 | 文化遺産(3),(4),(5) | ||
| 登録年 | 1996年 | ||
| 公式サイト | ユネスコ本部(英語) | ||
| 使用方法・表示 | |||
アルベロベッロのトゥルッリは1996年に世界遺産に登録されたイタリアの建造物群。
目次 |
[編集] 家のつくり
南イタリアのプッリャ州のアルベロベッロにあり、キノコのような形のとんがり屋根はトゥルッリという家が集まっている。一つの屋根に平らな石を何層にもつみかさねており、一つの屋根に一つの部屋がある。玄関や廊下がないので、ドアをあけるといきなり部屋に入る構造になっている。とんがり屋根がひしめき合う、まるでおとぎの国のような街である。
[編集] 歴史
トゥルッリがこの形になったのは深いわけがある。今のような町ができる前、人々は石だらけの痩せた土地で細々と暮していた。15世紀末、この町を支配していたナポリからジャンジローラモ2世(アクアヴィーバ伯爵)が送り込まれた。当時、ナポリ王は伯爵から家の数によって税金を取っていた。しかし、アクアヴィーバ伯爵は、税金をごまかすためにすぐに解体できる家作りを指示した。国の役人がやってきたときに屋根を壊して、これは家ではないと主張する為であった。農民たちはアクアヴィーバ伯爵の命令で何度も解体と建設を繰り返さなくてはならなかった。農民たちは家の形を必死に考え、ついにトゥルッリを作り上げた。
17世紀から続くアルベロベッロの守護聖人の祭りでは、1797年、長きにわたって人々を苦しめたアクアヴィーバ伯爵家の圧政は終わり、住民たちは自ら町を治める権利を勝ち取った喜びを分かち合い、苦しみを癒してきた。アルベロベッロは人々が苦難の末に築き上げた町だったのである。
[編集] 観光
世界中から年間100万人以上の観光客が訪れる。通りにはトゥルッリを利用しておしゃれな店が立ち並んでいる。
[編集] 登録基準
この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター[1]からの翻訳、引用である)。
- (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。
- (4) 人類の歴史上重要な時代を例証する建築様式、建築物群、技術の集積または景観の優れた例。
- (5) ある文化(または複数の文化)を代表する伝統的集落、あるいは陸上ないし海上利用の際立った例。もしくは特に不可逆的な変化の中で存続が危ぶまれている人と環境の関わりあいの際立った例。
[編集] 関連項目
| この「アルベロベッロのトゥルッリ」は、イタリアの地理関連の書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています。(PJイタリア/P:イタリア) |