ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
世界遺産 ヴィッラ・ロマーナ・
デル・カサーレ
イタリア
ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレに残るモザイク画
ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレに残るモザイク画
英名 Villa Romana del Casale
仏名 Villa romaine du Casale
登録区分 文化遺産
登録基準 (1),(2),(3)
登録年 1997年
公式サイト ユネスコ本部(英語)
使用方法表示
ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの位置
イタリア内の位置

ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレシチリア語:Villa Rumana dû Casali)とは、イタリアシチリア島ピアッツァ・アルメリーナ郊外約5キロメートルのところにある古代ローマの別荘(ヴィッラ)である。ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレにはローマ時代に描かれたモザイク絵画が数多く残っている。1997年に、UNESCO世界遺産に登録された。

概要[編集]

ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレの建設が始まったのは4世紀のはじめの頃と推測されている。周辺のラティフンディアを含めた中心の別荘地としての建設されたものと考えられる。実用として用いられていたのは約150年に満たない期間であるが、それでもなお、東ゴート王国ヴァンダル王国ビザンツ帝国アラブ人と次々と支配者が変わる中でも、人々は居住してきた。

ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレが完全に放棄されたのは、12世紀の頃であり、当時、ヴィッラに居住していた住民は現在のピアッツァ・アルメリーナに移動したと考えられる。

ヴィッラのことは完全に忘れられ、また、ヴィッラの地域は農地へと一部転じていた。19世紀の早い段階で、数本の円柱が再発見された。その後、19世紀中に発掘作業が何度か実施されたが、本格的な発掘は、1929年と1935年から39年の2回の発掘作業を待たなければならなかった。

その後も、1950年代から60年代に大規模な発掘作業が実施され、現在の形を見せるようになった。その後も1970年代に小規模ながら発掘作業が実施された。

建設目的[編集]

ヴィッラの建設目的は、複数考えられているが、1つは住居用の目的であり、ヴィッラの持ち主であるラティフンディアの農園経営者の邸宅というものである。また、公的な目的として役所の機能を果たしたとも考えられている。ただ、少なくとも商業的あるいは生産目的で建設されたとは考えられていない。

内部[編集]

ヴィッラは一層で構成されており、中央部には柱列で囲まれた中庭が設けられていた。中庭の周りには、公私に渡る部屋が設けられていた。中庭への入り口は、西側から(古代ローマの)開口部つき中央大広間であるアトリウムを経由する形態をとっていた。北西側には浴場へ、北側にはゲストルームが設けられていたと考えられる。東側には私的な部屋と巨大なバシリカが設けられていた。南側にも部屋が建設されているがその目的ははっきりとはわかっていない。

「10貴婦人の間」と呼ばれている部屋の床には、ビキニをまとった女性のモザイクが描かれている。

世界遺産登録基準[編集]

この世界遺産は世界遺産登録基準における以下の基準を満たしたと見なされ、登録がなされた(以下の基準は世界遺産センター公表の登録基準からの翻訳、引用である)。

  • (1) 人類の創造的才能を表現する傑作。
  • (2) ある期間を通じてまたはある文化圏において、建築、技術、記念碑的芸術、都市計画、景観デザインの発展に関し、人類の価値の重要な交流を示すもの。
  • (3) 現存するまたは消滅した文化的伝統または文明の、唯一のまたは少なくとも稀な証拠。

参考文献[編集]

  • Petra C. Baum-vom Felde, Die geometrischen Mosaiken der Villa bei Piazza Armerina, Hamburg 2003, ISBN 3-8300-0940-2
  • Brigit Carnabuci: Sizilien – Kunstreiseführer, DuMont Buchverlag, Köln 1998, ISBN 3-7701-4385-X.
  • Luciano Catullo and Gail Mitchell 2000. The Ancient Roman Villa of Casale at Piazza Armerina: Past and Present
  • R. J. A. Wilson: Piazza Armerina, Granada Verlag: London 1983, ISBN 0-246-11396-0.
  • A. Carandini - A. Ricci - M. de Vos, Filosofiana, The villa of Piazza Armerina. The image of a Roman aristocrat at the time of Constantine, Palermo 1982.
  • S. Settis, "Per l'interpretazione di Piazza Armerina", in Mélanges de l'Ecole Française de Rome. Antiquité 87, 1975, 2, pp. 873-994.

外部リンク[編集]

座標: 北緯37度21分53秒 東経14度20分05秒 / 北緯37.36472度 東経14.33472度 / 37.36472; 14.33472

Icon of Sekaiisan.svg Icon of Sekaiisan.svg イタリアの世界遺産
World Heritage Sites in Italian Republic

文化遺産
ヴァルカモニカの岩絵群 | ローマ歴史地区、教皇領とサン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂(バチカン市国と共有) | レオナルド・ダ・ヴィンチの『最後の晩餐』があるサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会とドメニコ会修道院 | フィレンツェ歴史地区 | ヴェネツィアとその潟 | ピサのドゥオモ広場 | サン・ジミニャーノ歴史地区 | マテーラの洞窟住居と岩窟教会公園 | ヴィチェンツァ市街とヴェネト地方のパッラーディオのヴィッラ | シエーナ歴史地区 | ナポリ歴史地区 | クレスピ・ダッダ | フェラーラ:ルネサンス期の市街ポー川デルタ地帯 | デル・モンテ城 | アルベロベッロのトルッリ | ラヴェンナの初期キリスト教建築物群 | ピエンツァ市街の歴史地区 | カゼルタ18世紀の王宮と公園ヴァンヴィテッリの水道橋サン・レウチョの邸宅群 | サヴォイア王家の王宮群 | パドヴァの植物園(オルト・ボタニコ) | ポルトヴェーネレチンクエ・テッレと小島群(パルマリア島ティーノ島ティネット島) | モデナの大聖堂トッレ・チヴィカグランデ広場 | ポンペイ、ヘルクラネウム及びトッレ・アンヌンツィアータの遺跡地域 | アマルフィ海岸 | アグリジェントの考古的地域 | ヴィッラ・ロマーナ・デル・カサーレ | スー・ヌラージ・ディ・バルーミニ | アクイレイアの遺跡地域と総大司教座聖堂のバシリカ | ウルビーノ歴史地区 | パエストゥムヴェーリアの考古遺跡群やパドゥーラのカルトゥジオ修道院を含むチレントおよびヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園 | ヴィッラ・アドリアーナ (ティヴォリ) | ヴェローナ市街 | アッシジ、フランチェスコ聖堂と関連修道施設群 | ティヴォリのエステ家別荘 | ヴァル・ディ・ノートの後期バロック様式の町々 | ピエモンテ州とロンバルディア州のサクリ・モンティ | ヴァル・ドルチャ | チェルヴェーテリとタルクイーニアのエトルリア墓地遺跡群 | シラクサパンターリカの岩壁墓地遺跡 | ジェノヴァのレ・ストラーデ・ヌオーヴェとパラッツィ・デイ・ロッリ制度 | レーティッシュ鉄道アルブラ線・ベルニナ線と周辺の景観(スイスと共有)| マントヴァとサッビオネータ | イタリアのロンゴバルド族:権勢の足跡 (568-774年) | アルプス山脈周辺の先史時代の杭上住居群(ほか5か国と共有)
自然遺産
エオリア諸島 | ドロミーティ| サン・ジョルジョ山(スイスと共有)| エトナ山
世界遺産 | ヨーロッパの世界遺産 | イタリアの世界遺産 | 五十音順 | [編集]
Commons-logo.svg ウィキメディア・コモンズに、イタリアの世界遺産に関連するカテゴリーがあります。