ナーブルス
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| ナーブルス نابلس |
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|---|---|
| 座標 : 北緯32度13分13秒 東経35度16分44秒 / 北緯32.22028度 東経35.27889度 | |
| 行政 | |
| 国 | |
| 地区 | ヨルダン川西岸地区 |
| 県 | ナーブルス県 |
| 市 | ナーブルス |
| 地理 | |
| 面積 | |
| 市域 | 28.6km2 |
| 人口 | |
| 人口 | (2007年現在) |
| 市域 | 321,900人 |
| 公式ウェブサイト : www.nablus.org | |
ナーブルス(Nāblus, Nābulus, アラビア語: نابلس, ヘブライ語: שכם)は、パレスチナ自治区、ユダヤ・サマリア地区北部の都市。人口は10万人以上。 ゲリジム山とエバル山の間にある。
市内とゲリジム山麓の村にはサマリア人のコミュニティーがある。ユダヤ教の隠れた聖地の一つでもある。
目次 |
歴史[編集]
シェヘム[編集]
ヘブライ聖書にはシケム(シェヘム)として登場する。また、現代ヘブライ語でも、アラビア語でナーブルスに相当する地名をシェヘムという。
ナーブルス[編集]
72年、ティトゥス帝によりフラウィア・ネアポリス(Flavia Neapolis)と改称され、これが、ナーブルスという呼称の起源となった。ローマ帝国がこの地を治めたのち、イスラーム勢力が支配した。
1099年より十字軍による街の支配が90年近く続き、イスラム教徒、キリスト教徒、サマリア人などが街に同居した。1187年、アイユーブ朝のサラディンの軍隊がパレスチナ地区を支配すると、イスラムの戒律が再び整備され、後に続くマムルーク朝、オスマン帝国へと引き継がれた。
第二次世界大戦後はヨルダンの統治下にあったが、1967年の第三次中東戦争よりイスラエルの統治下に移った。1995年のパレスチナ自治拡大協定によりパレスチナ自治政府のもとにおかれた。2003年、ナーブルスでハマス幹部がイスラエルに暗殺されたことは、イスラエル政府とパレスチナの対立を激化させた。
建築物[編集]
- ヤコブの井戸
- ヨセフの墓 - 戦争勃発後、パレスチナ人により完全破壊された
- サマリア人コミュニティーと、ゲリジム山の神殿跡
- ゲリジム山 Mount Gerizim
- エバル山 Mount Ebal
姉妹都市[編集]
関連項目[編集]
外部リンク[編集]
- Official Nāblus website
- JewishEncyclopedia
- Gerizim - JewishEncyclopedia
- Nāblus article from the "Jewish virtual library"
- Christianity in Nāblus
- Palestine Securities Exchange
- A site explaining the reasons for the devastated Palestinian economy