ナーブルス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内, 検索
ナーブルス
نابلس
Nablus panorama-cropped enhanced.jpg
座標 : 北緯32度13分13秒 東経35度16分44秒 / 北緯32.22028度 東経35.27889度 / 32.22028; 35.27889
行政
パレスチナの旗 パレスチナ
 地区 ヨルダン川西岸地区
  ナーブルス県
 市 ナーブルス
地理
面積  
  市域 28.6km2
人口
人口 (2007年現在)
  市域 321,900人
公式ウェブサイト : www.nablus.org

ナーブルスNāblus, Nābulus, アラビア語: نابلس, ヘブライ語: שכם)は、パレスチナ自治区ユダヤ・サマリア地区北部の都市。人口は10万人以上。 ゲリジム山エバル山の間にある。

市内とゲリジム山麓の村にはサマリア人のコミュニティーがある。ユダヤ教の隠れた聖地の一つでもある。

目次

[編集] 歴史

[編集] シェヘム

メイン記事はシケムシェヘムShechem を参照。

ヘブライ聖書にはシケム(シェヘム)として登場する。また、現代ヘブライ語でも、アラビア語でナーブルスに相当する地名をシェヘムという。

[編集] ナーブルス

72年ティトゥス帝によりフラウィア・ネアポリス(Flavia Neapolis)と改称され、これが、ナーブルスという呼称の起源となった。ローマ帝国がこの地を治めたのち、イスラーム勢力が支配した。

1099年より十字軍による街の支配が90年近く続き、イスラム教徒、キリスト教徒、サマリア人などが街に同居した。1187年アイユーブ朝サラディンの軍隊がパレスチナ地区を支配すると、イスラムの戒律が再び整備され、後に続くマムルーク朝オスマン帝国へと引き継がれた。

第二次世界大戦後はヨルダンの統治下にあったが、1967年の第三次中東戦争よりイスラエルの統治下に移った。1995年のパレスチナ自治拡大協定によりパレスチナ自治政府のもとにおかれた。2003年、ナーブルスでハマス幹部がイスラエルに暗殺されたことは、イスラエル政府とパレスチナの対立を激化させた。

[編集] 建築物

[編集] 姉妹都市

[編集] 関連項目

[編集] 外部リンク

ナーブルス

個人用ツール
名前空間

変種
操作
案内
ヘルプ
ツールボックス
他の言語