アット・ザ・ゲイツ

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アット・ザ・ゲイツ
At The Gates
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基本情報
出身地 スウェーデンの旗 スウェーデン
イェーテボリ・ブーヒュース県
イェーテボリ
ジャンル メロディック・デスメタル
デスメタル
デスラッシュ
活動期間 1990年 - 1996年
2007年 - 2008年
2010年 -
レーベル デフ・レコード
ピースヴィル・レコード

イヤーエイク・レコード
センチュリー・メディア・レコード
ポニーキャニオン
トイズ・ファクトリー
トゥルーパー・エンタテインメント
共同作業者 フレドリック・ノルドストローム
公式サイト www.atthegates.se
メンバー
トーマス・リンドバーグ (ボーカル)
アンダース・ビョーラー (ギター)
マーティン・ラーソン (ギター)
ヨナス・ビョーラー (ベース)
エイドリアン・アーランドソン (ドラム)
旧メンバー
アルフ・スヴェンソン (ギター)
トニー・アンダーソン (ベース)

アット・ザ・ゲイツAT THE GATES)はスウェーデンイエテボリ出身のメロディックデスメタルバンドである。1990年に結成され1996年に解散したが、2007年に再結成し、2008年に再び解散した。更に2010年に再結成し、以降ライヴイベントに出演する。

カーカスエッジ・オブ・サニティアモルフィスらと並び、1990年初頭からメロディックデスメタルというジャンルの形成に大きく関わり、デスメタルのアグレッシブさに叙情的なメロディを絶妙なバランスで加えた1995年リリースの4thアルバム『Slaughter of the Soul』で一つの完成形を迎え、カーカスの『Heartwork』と共にメロディックデスメタルの傑作として世界中で大絶賛され、世界中でフォロワーが出現した。

その後、メロディックデスメタルは後続のソイルワークイン・フレイムスダーク・トランキュリティらによってよりメロディアスな方向へ推し進められ、メロディックデスメタルとしての完成度を高める一方、ザ・クラウンカーナル・フォージフォーセイクンらによって、アグレッシブさを保ちつづけながらも一定のメロディを盛り込んだデスラッシュというアプローチをとるバンドも現われることになった。

また、後続のメロディックデスメタル/デスラッシュバンドに大きな影響を及ぼすだけでなく、キルスウィッチ・エンゲイジザ・ブラック・ダリア・マーダーアズ・アイ・レイ・ダイングらアメリカのメタルコア勢にも多大な影響を及ぼすことになったが、これは彼らの優れた音楽性に拠るのは勿論のこと、4thアルバムリリース後のツアーで2度に渡る長期のアメリカツアーを行ったことも大きく影響していたと思われる。

このアット・ザ・ゲイツのアメリカツアーによって築き上げられたアメリカでのメロディックデスメタルのファン・ベースは、後のソイルワークイン・フレイムスアーチ・エネミーらによるアメリカ進出における成功の下地を作ったといえるだろう。

音楽的特徴[編集]

  • 1stアルバムは専任のヴァイオリン奏者が存在していて、初期の頃からデスメタルメロディを導入しようと試行錯誤していたことが伺える。ただ全てにおいてこの試みが成功していたわけではなく、ヴァイオリンによるメロディアスなパートとデスメタル部分の融合には至っていないが、その後の成長を感じさせるような部分もある。ただ、プロダクションが非常に悪いためこじんまりとした印象を受ける。
  • 3rdよりイエテボリスタジオ・フレッドマンフレドリック・ノルドストロームよるプロデュースになり、サウンド・プロダクションが大きく飛躍し、前2作に比べ音に広がりを見せるようになる。また作曲もビョーラー兄弟がメインで担当するようになり、よりストレートかつメロディアスな展開を見せ始める。1stの頃のようにヴィオラチェロを導入しているが曲に絡ませるわけではなく、メタリカが2ndアルバムで実践した、アコースティックのイントロからスラッシュナンバーに突入させたのと同じ方法論で、弦楽器による美しいイントロからアグレッシブだがメロディアスな曲へと展開させるのに使用されている。しかし次作に比べリフの重厚感は若干見劣りし、アルバム自体スタジオレコーディング6曲にライブ3曲という中途半端な内容でありアルバムトータルとしてのまとまりに欠ける作品ではある。
  • 4thアルバムではスラッシュ・メタルの色を強め、特にスレイヤーの影響を感じさせるヘヴィ&ファストなリフが多くなった。サウンド・プロダクションも一段と進化し、アグレッシブさと叙情的なメロディとの融合を高次元で成し遂げた。アルバムの構成も素晴らしく、最初の曲から最後の曲まで畳み掛けるように展開している。このアルバムによりメロディック・デスメタル/デスラッシュの完成形を提示することに成功した。

略歴[編集]

1990年、グロテスク、インフェステイションらのメンバーによりアット・ザ・ゲイツが結成される。メンバーはトーマス・リンドバーグ(Vo)、アンダース・ビョーラー(G)、アルフ・スヴェンソン(G)、ヨナス・ビョーラー(B)、エイドリアン・アーランドソン(Ds)の5人であった。1991年デモEP『Gardens of Grief』をリリース。同デモは、同年中にドロレス・レコードよりアナログレコードで再発された。1992年にもプロモ盤を作成し、イギリスピースヴィル・レコードと契約を行う。ヴァイオリン奏者のイェスパー・ヤロルドをセッションに迎え、アルバムのレコーディングを行う。同年7月に1stアルバム『The Red In The Sky Is Ours』をリリース。その後、セリオンマイ・ダイイング・ブライドらとヨーロッパツアーを行う。また、1992年の途中から1993年にかけて、ヨナス・ビョーラーがバンドを離れており、トニー・アンダーソンがベーシストとして参加している。この関係からか、1stアルバムの裏ジャケットには、トニー・アンダーソンがベーシストとしてクレジットされている[1]

1993年4月にサンライト・スタジオでとトマス・スコッグスベルグと共にレコーディングを行う(当時サンライト・スタジオで働いていたディスメンバーのフレッド・エストビー、カーナル・フォージのラーズ・リンデンらがエンジニアとして参加している)。音楽的方向性の違いによりアルフ・スヴェンソン(G)が脱退するがアルバムのレコーディングには参加、後任にマーティン・ラーソンを迎る。5月に2ndアルバム『With Fear I Kiss The Burning Darkness』をリリース。アナシマクレイドル・オブ・フィルスらとツアーをヨーロッパツアーを行う。1994年2月にイエテボリのスタジオ・フレッドマンにてプロデューサーのフレドリック・ノルドストロームと共にレコーディングを行う。4月にEP『Gardens of Grief 』を限定666枚リリース。7月に3rdアルバム『Terminal Spirit Disease』をリリース。これは新曲6曲に、ライブ3曲という変則的な構成のアルバムであった。アナシマ、マイ・ダイイング・ブライドらとヨーロッパツアーを行う。

1995年、イギリスのイヤーエイク・レコードと契約を行い。5月から7月にかけ再びスタジオ・フレッドマンでフレドリック・ノスドストロームプロデュースの元、アルバムのレコーディングを行う。11月に4thアルバム『Slaughter Of The Soul』をリリース。アンリージェッドとヨーロッパツアーを行い、途中フェスティバル出演ではテスタメントクリーターらと共演した。1996年1月にはディセクションらとイギリスツアーを行い、3月にはモービッド・エンジェル、ディセクションとアメリカツアーを行う。4月にはナパーム・デスフェイス・ダウンらとヨーロッパツアーを行い、6月にはナパーム・デスとアメリカツアーを行う。その後スウェーデンでフェスティバルに出演後、9月に解散した。解散のきっかけは、ライブ・ツアーの疲れから、アンダース・ビョーラーが脱退の意向を示したことだという[2]

2001年、ピースヴィルよりイヤーエイク在籍時の曲も含むベストアルバム『Suicidal Final Art』がリリースされた。

2007年、再結成。ライヴ限定で活動を行うが、2008年9月21日に最後のショウを行い再び解散。2010年、12月に再結成して2011年以降に、ライブに参加することが発表された。2014年センチュリー・メディア・レコードと契約し、秋に約20年ぶりとなる新アルバム『At War with Reality』をリリースした[3]

メンバーのアット・ザ・ゲイツ以外の活動[編集]

  • トーマス・リンドバーグ、エイドリアン・アーランドソンの2人は1994年にクラスト・コアバンドのスキットシステムを結成。トーマス・リンドバーグはボーカルの他にギターも担当している。1995年にアット・ザ・ゲイツが4thアルバム『Slaughter of the Soul』のレコーディング中に同機材を使用してフレドリック・ノルドストローム、アンダース・ビョーラーのエンジニアの元、EPのレコーディングを行ったりもした。その後、何枚かのEPをリリースしたが、1997年暮れにエイドリアン・アーランドソンはザ・ホーンテッドの活動が忙しくなり脱退。その後サイドプロジェクトではなく本格的に活動し始めアメリカ、ヨーロッパにツアーを行ったり、ナザムとのスプリットEPをリリースしたりしたが、トーマス・リンドバーグは他のプロジェクト活動が忙しくなり結局2004年春に脱退した。

備考[編集]

  • 2ndアルバム以前は、アンダース・ビョーラーとアルフ・スヴェンソンの2人を中心に作曲を行い、作詞は、トーマス・リンドバーグかアルフ・スヴェンソンが担当していた。アルフ・スヴェンソン脱退後は、アンダースとヨナスのビョーラー兄弟を中心に作曲が行われるようになり、作詞は全曲トーマス・リンドバーグが行うようになった。
  • 1stアルバム、2ndアルバムはピースヴィル・レコード傘下のデフ・レコードよりリリースされ、3rdアルバムはピースヴィルよりリリースされたが、いずれもピースヴィルより再発されている。
  • 2002年には4thアルバムに未収録曲、カヴァー曲、デモテイク(チューニングがリリーステイクと異なる)を追加、2006年にはアルバム制作時のことを振り返った談話や当時のプロモーションビデオを収録したDVDを更に追加し、イヤーエイク・レコードより再発された。また、このDVD付きのものは、トイズファクトリーから、日本盤もリリースされた。
  • 日本では、1st~3rdがポニーキャニオンから、4thアルバムがトイズファクトリーから日本盤がリリースされていたが、現在は、前述の4thアルバム再発盤を含めて、すべて廃盤になっている。特にポニーキャニオン盤は、現在入手困難である。
  • デモEP『Gardens of Grief』は1991年にドロレス・レコードよりアナログレコード盤がリリースされた。始めてCD音源となったのは、1995年ブラック・サン・レコードによる再発盤である。また2004年にはトーマス・リンドバーグ、アルフ・スヴェンソンがアット・ザ・ゲイツ結成前に在籍していたグロテスクとのスプリット盤として再発された。またピースヴィル・レコードからも「Souls of the Evil Departed」「All Life Ends」の2曲のみ収録した7"EPが666枚限定でリリースされた。
  • 1996年の解散前は一度も来日することはなかったが、メイン・ソングライターのビョーラー兄弟が在籍しているザ・ホーンテッドでアット・ザ・ゲイツの曲が演奏される事があり、過去のザ・ホーンテッドの日本公演で「Blinded By Fear」(『Slaughter of the Soul』収録)が演奏された事があった[4]。また、再結成後の2008年には、アット・ザ・ゲイツとしての来日が実現している[5]

メンバー[編集]

現メンバー[編集]

旧メンバー[編集]

  • アルフ・スヴェンソン Alf Svensson (G) (1990-1993)
  • トニー・アンダーソン Tony Andersson (B) (1992)
1stアルバム『The Red in the Sky Is Ours』の裏ジャケットにクレジットされているが、アルバムには参加していない。

タイムライン[編集]

セッションメンバー[編集]

  • イエスパー・ヤロルド Jesper Jarold (Violin)
1stアルバム『The Red in the Sky Is Ours』に参加。
  • マッティ・カルキ Matti Kärki (Vo)
2ndアルバム『With Fear I Kiss the Burning Darkness』でバック・ボーカルとして参加。
カーネイジを経て、ディスメンバーで活動。
  • ピーター・アンダーソン Peter Andersson (Cello)
3rdアルバム『Terminal Spirit Disease』の「The Swarm」に参加。
  • Ylva Wåhlstedt (Viola)
3rdアルバム『Terminal Spirit Disease』の「And The World Returned」に参加。
他にイン・フレイムスの1stアルバムにも参加している。
  • アンディ・ラ・ロック Andy La Rocque (G)
4thアルバム『Slaughter of the Soul』の「Cold」でギターソロでゲスト参加。
キング・ダイアモンドで活動中、デスの5thアルバムにも参加している。

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

シングル・ミニアルバム[編集]

ライブアルバム[編集]

ベスト[編集]

映像作品[編集]

コンピレーション[編集]

  • 1993年 V.A. / Deaf Metal Sampler
  • 1994年 V.A. / No Peace At All
  • 1995年 V.A. / Slatanic Slaughter

脚注[編集]

  1. ^ ただし、ブックレットの方には、ヨナス・ビョーラーがベーシストとしてクレジットされている。
  2. ^ 『Slaughter of the Soul』のDVDに収録されたインタビューでの、トーマス・リンドバーグの回答より。
  3. ^ http://atthegates.se/at-war-with-reality-released-today/ 2014年11月29日閲覧。
  4. ^ その音源は、ザ・ホーンテッドのライブアルバム『Live Rounds in Tokyo』の日本盤に収録されている。
  5. ^ その模様は、『The Flames of the End』に、3曲分のみだが収録されている。

外部リンク[編集]