デス (バンド)

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デス
Death
1989年メキシコにて
1989年メキシコにて
基本情報
出身地 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国 フロリダ州
オーランド
ジャンル デスメタル
テクニカルデスメタル
活動期間 1983年 - 2001年
レーベル コンバット・レコード
リラティヴィティ・レコード
ロードランナー・レコード
ニュークリア・ブラスト
キング・レコード
共同作業者 スコット・バーンズ
公式サイト http://www.emptywords.org/
メンバー
チャック・シュルディナー (ボーカルギター)
シャノン・ハム (ギター)
スコット・クレンデニン (ベース)
リチャード・クリスティ (ドラム)
旧メンバー
リック・ロズ (ギター)
マット・オリヴィオ (ギター)
ジェームス・マーフィー (ギター)
ポール・マスヴィダル (ギター)
アンディ・ラロッカ (ギター)
ラルフ・サントラ(ギター)
Bobby Koelble (ギター)
スコット・カールソン (ベース)
エリック・ミード (ベース)
スティーブ・ディ・ジョルジオ (ベース)
テリー・バトラー (ベース)
スコット・カリノ (ベース)
ケリー・コンロン (ベース)
キャム・リー (ドラム)
エリック・ブレクト (ドラム)
クリス・レイファート (ドラム)
ビル・アンドリューズ (ドラム)
シーン・レイナート (ドラム)
ジーン・ホグラン (ドラム)

デスDEATH)は、アメリカフロリダ州オーランド出身のデスメタルバンド。ギタリスト/ボーカリストのチャック・シュルディナー (Chuck Schuldiner)を中心とし、1980年代から1990年代を通して活動した。 当初はバンド形式だったが、アルバムを出す毎に彼を中心としたプロジェクト形式での活動に変わって行った。1995年には来日公演を行っている。

モービッド・エンジェル(MORBID ANGEL)オビチュアリー(OBITUARY)ディーサイド(DEICIDE)らと共にフロリダを中心に活動を行い、カンニバル・コープス(CANNIBAL CORPSE)サフォケイション(SUFFOCATION)マルヴォレント・クリエイション(MALEVOLENT CREATION)らニューヨーク勢と共に、1990年代初頭のアメリカデスメタルシーンの創生期を支え、世界中のデスメタルバンドに影響を与えた。

略歴[編集]

  • 1983年チャック・シュルディナー、リック・ロズ (Rick Rozz)、キャム・リー (Kam Lee) の三人で結成される。結成当初はマンタス(MANTAS)と名乗っていた。
  • 1987年のファーストアルバムリリースまでは紆余曲折あって、僅かな間だが、リパルジョンD.R.I.のメンバーがラインナップに加わっていた時期もあった。チャックはスローター (Slaughter) に参加するため、一時期カナダに渡るが、すぐにアメリカに戻り、クリス・レイファート (Chris Reifert) とデスを再結成、ニューヨークのコンバット・レコード (Combat Records) と契約し、初のアルバム『スクリーム・ブラッディ・ゴア』をリリースする。
  • 1995年に『シンボリック-Symbolic-』を発表後、シュルディナーはデスの解散とコントロール・ディナイドへの専念を宣言するが、1998年には『サウンド・オブ・パーサビランス-The Sound of Perseverance-』をデス名義で発表する。
  • 1999年、シュルディナーが脳腫瘍に倒れる。
  • 2001年12月13日、シュルディナーが死去。

音楽性[編集]

特に初期の活動は、デスメタルというジャンルの成立に大きな影響を残している。デスメタルという名前は、このバンドにちなんで付けられたとする説もある。元はスラッシュメタルからデスメタルへの過渡期に当たる曲作りを行なっていたが、後のシニックのメンバーを加えて録音された、1991年リリースの『ヒューマン-Human-』以降はテクニカル路線を強める。同時に、デスメタルとしてはメロディアスさが強調されたギターソロなど、他のデスメタルバンドとは異なる要素を含んだ音楽を展開していった。

また彼らがレコーディングに使用したフロリダ州タンパモリサウンド(Morrisound)とそこを拠点に活躍していたプロデューサースコット・バーンスが作り出すサウンドは世界中のデスメタルバンドの憧れになり、世界中から次々とデスメタルバンドがレコーディングに訪れるようになった。

Chuckの死[編集]

チャック・シュルディナーとその家族は闘病生活の中で多大な手術費用が必要となり、経済的に困窮した。私物をオークションにかけ、多くの基金や慈善コンサート、ヘヴィメタル・コミュミニティからの助けなどを得るものの、支払い能力の欠如から医療機関より必要な手術を拒まれるなどした経緯がある。

そうしたことを踏まえ、チャック・シュルディナーの死は、に侵されたテスタメントのチャック・ビリー(後に快気)と共に、多くのミュージシャンや彼の家族、そしてファンの間から、保険などの生活保障のないミュージシャン生活についての問題提起も投げかけられた。公式サイトでは、今も彼を悼む声の投稿が続いている。

備考[編集]

  • 元メンバーのビル・アンドリューズ(Dr)は現在、日本(名古屋)のヘヴィメタル専門店のレコード屋「Disk Heaven」で働いている[1][2]

メンバー[編集]

最終メンバー[編集]

チャック・シュルディナー

過去のメンバー[編集]

ディスコグラフィー[編集]

アルバム[編集]

ライブ[編集]

ベスト[編集]

  • 1992年 フェイト - Fate

その他[編集]

  • 1999年 Control Denied / The Fragile Art Of Existance
チャック・シュルディナーの別プロジェクト

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 『ビル・アンドリュースに会ったよ♪』” (2009年9月30日). 2012年11月3日閲覧。
  2. ^ massacre DISK HEAVEN公式HPでのmassacre解説文より

外部リンク[編集]